95.希望
討伐組合が設置した杭は、主要な道を離れた事で目にしなくなる。
等間隔に並んだ杭の光は、通路の距離を測る事ができる。
途切れない光に従う者は深部へ向かえる。
実力者の行動から、自分たちは外れた。
雲に太陽を隠された明るさは、通路の奥ほど床と壁の境界が薄れている。
歩くには困らない。床にある少ない土が踏み崩れる中、聞き慣れない足音を探す。
歩幅は確かだろう。3人の足並みは揃っている。自分の前、ニーシアは手押し車を運び、レウリファが先導をしている。周囲を動き回る雨衣狼は、敵に襲いかかる時だけ音を残す。
荷物の立てる軽い音、車軸の薄いきしみ。
拍子を取るように小さく響き、足の速さが変わらない事を示す。
目印となる物は、曲がり角の他に見当たらない。壁や床、おそらく天井も。滑らかだが抵抗が残る、石のような質感に囲まれた中を進む。
現在位置を確認するために、照明を手に地図を見る。大きさは開いた手を隠す程度、地上の探索者村で売っていた、革紙に焼き写された物だ。
植物紙と比べれば厚く、重たい。旅の道具としては劣る素材である。実際、売り場には革紙以外で作られた地図が並んでいた。
革紙は丈夫で、火に強い。というのも、材料である魔物の毛皮から鎧が作れる。
何の毛皮か、具体的な種類までは知らない。引き伸ばしたり踏んだり、粗雑に扱っても破れずにいる。ダンジョンに持ち込む道具としては適した素材だろう。
売り文句は、夜盗の放った矢を受け止める、地図があればダンジョンから出られる、という内容だった。後者の話はこの地図の象徴に使われている。
読めない地図に苦戦している、とある探索者が魔物の群れと遭遇した。不意の遭遇であったにもかかわらず、迷いなくその場を離れる。
助かった事に安堵し、休憩しようとした時に気付く。鞄や武器を置き去りにした事を。戻ろうにも、中層の魔物に髭剃り用の刃物では力不足である。
地図も読めない、現在地も分からない。とにかく動き回る。地図は見ず、魔物から隠れながら、ようやく上への道を探し出した。
一層上がったところで空腹に気付く、水袋は腰に下げていたが、食料は無い。手にある地図は革で出来ている。つまり食べれると。
自分が元いた層の地図は不要で、小型の刃物で食べれる大きさに切る。地図の通路が無くなっていく様子を見て、歩いた跡を削れば現在位置が分かる、と探索者は考えた。
坂道を示す記号は知っていたため、居場所を数ヶ所に絞り込む事はできる、その後は曲がり角の向きを確認すれば、現在地を確かめられる。
探索者は曲がり角にくる度に、地図を切り取り食べる。
右曲がり、左曲がり、あるいは両側。間違っていた候補の周辺をくり抜くと、最後に正しい道だけ残った。
地図の読み方を覚え、探索者は地上への道を探し出す。
不要になった部分を刃物で切り、地上へ向かう間に食べ進めていった。層を上がるほど逃げ足に余裕ができ、地図を食べる量も減っていった。
探索者は、地図の読み方を覚え、命も助かったという。
地上に出た時に食べる最期の一枚には、ダートルの葉が書かれている。香辛料のひとつで、臭み消しの他、防虫にも効果がある。刻印されているだけで、食べても香辛料の風味は無い。
話の内容に疑問な点は多くある。組合の杭は無い、他の探索者の姿も無い。中層から地上まで武器を無しで行くより、道具を取りに戻るだろう。そもそも何故一人で挑んだのか。
真剣に考える必要は無い。少し考えれば誰でも嘘に気付く。危険な真似をさせないための作り話である。
考えるほど意識してしまい、こうしてダンジョンを進むために購入していた。革の質は良いものとは言えない。表面は染色されず、自然のしみや色むらが見えている。
革紙の弾力を指を感じ、表面を保護する柔らかい膜を撫でる。この地図も食べる事はできるらしい。
小さく切れば、そのまま噛み砕ける。鍋があれば大き目で構わない。茹でて倍ほど膨れた辺りで、噛み千切って食べられる。先に水に漬けておくと膨れ方も良くなる。
食いちぎる時はもろい海綿を破るような細かく高い音が鳴ってしまう。店の壁に食べ方の注意書きが貼られていた。異常な食感に驚かないためのものだろう。説明書きは革紙では無かった。
ダンジョンの構造は、方体を組み合わせた形に近い。枝分かれや木の根と表現するほど自然ではなく、職人が作る細工でもない。積み木を乱雑に繋げて、隙間を埋めたような迷路だ。入り組んだ平面だけでは足りないのか、所々に下り道を加えて迷路を伸ばしている。
層構造をしているおかげで、地図一枚は見やすい。坂道を下る度に地図をめくれば、深さも把握できる。
通路が線で表され、杭の数まで書かれている。杭の間隔を覚えていれば、各層の広さは大体予測できる。
地図上の両端を移動するには、壁を突き抜けても、丸一日は要する。道を曲がる事を考えると、予想の半分増しで良いだろう。
自分は表層部分しか持っておらず、全体を記録したものとなると20枚以上になる。
深い場所へ進むなら途中の地図は不要で、全てを揃えている探索者は少ない。ダンジョンの入口は3つあり、内1つは進んだ先に直下の空洞がある。中層まで下りる昇降機を使えば、途中の地図は不要だろう。杭に従うだけなら地図は要らない。
通路の幅は、人丈5つほど。動き回るには十分ある。高さは2人分低いが、跳ねたところで手は届かない。飛ぶ魔物がいない浅い層に、これほど高さを設ける意味はあるだろうか。
夜気鳥が音もなく、飛んでくる。
差し出した腕に着つと、短く鳴き声を出した。
照明を消した後、ニーシアの隣に行き、声をかける。
「魔物だ」
手押し車を止めて、ニーシアが武器を構える。
レウリファはすでに足を止め、体勢も変わっていた。
自分も夜気鳥を荷台に移して、剣を抜く。
杭の道を外れると、探索者の姿は減る。端の通路ほど魔物が排除されず、溜まり続ける事がある。表層の場合は稼ぎを狙って向かう探索者が現れる。魔物も大きな群れになると餌を求めて移動をするらしく、痕跡をたどれば追いつけるらしい。
中層へ降りた以降は、杭から遠く離れる事はできない。一度に交戦する魔物の数が増え、分岐から飛び出す以前に、出会うだけでも危険である。質量のある魔物が相手では、防具に頼る事も出来ないだろう。
資料を読むかぎり、倒せる気がしない。
それでも、最深部まで到達できる探索者がいる、対処できているのだ。地上の村では群れの数や種類、武勇伝を語られる。倒す方法は、数あるのだろう。
奥から現れた石肉豚の群れ。5体の塊が近づいてくる。
成体になると人間の体重を優に越える、短く太い毛に覆われた魔物である。走りは遅くても持久力があり……というのは、獣で珍しくない特徴だろう。魔物の中では強くない存在で、下の層では他の魔物に食べられている光景を見られる。
ダンジョンが生み出した魔物同士で争うなら、共食いに近い。
個体数が減るほど駆除は楽だ。群れに遭遇する可能性が減る分、探索者が死ぬ危険が少なくなる。一度に対応できる敵の数に限りがあるため、人間は壁や遠隔武器を用いてきた。弱い魔物であっても数が多ければ脅威に変わる。
余裕がある探索者からすると勝手に死なれて儲けが減るのは嬉しくないだろう。ダンジョン内の魔物が戦い方を学習されると面倒かもしれない。
勢いをつけて息を吐き威嚇音を鳴らしている。石肉豚たちは、歩き寄る間に突進する素振りを何度も見せて、最後に止まった。広がろうとした個体を雨衣狼が防いだため、道の中ほどでこちらと魔物が対峙している。
初心者より実力があり、収入を増やすため層の端に進んでいた。街中以上に探索者同士の間隔は離れ、戦っている者に近寄る者はしない。手負いを横取りするのは頼まれた時だけ、喧嘩は避けるのが普通だろう。
他の探索者とは遠い。
ダンジョンの魔物に向かって叫ぶ。
「寝転がれ」
何度も試したが結果は変わらない。このダンジョンでは諦めていい。
石肉豚は威嚇を続け、雨衣狼は変わらず警戒している。
「殺そう」
近くにいる2人に言った。




