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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
94/323

94.通い慣れたダンジョン



 4日間の休みを終えて、通いのダンジョンへ向かう。

 辺境と比べると野生動物や植物が少ない。幅が広く、際にある草が生え整った道は落ち着いている。足跡を数え、平時の人通りと比べる手間は不要だ。魔物や賊への警戒が薄い事も納得できる。

 中央を馬車が走り、両脇を人の足が通る。道の右側を歩きながら、見える道の先。互いが表情をうかがえる間隔には納まっている。

 時々、追い越した時に容姿を見る。行商のような鞄を背負った一人。大人が押す荷車の上で歌う子供。探索者にしては装備が薄い若者。戦いの気配は感じられない。


 王都とは大体3日距離。交易馬車や行商より荷物が少ない自分たちは、半日ほど早くダンジョンへ着く。肉体労働か、そうでないかの違いかもしれない。

 ほろ張り荷車を馬が引く。商隊の積荷や護衛が無ければ、自分の足より早いだろう。

 糞を集める下男が背負う商隊の紋章は、道の外に停まる移動販売でも見かけた。ダンジョンに向かう間に村は1つあるものの、旅慣れない人間には遠い。食料と水を補給できる場所が間にあると安心できるだろう。

 大工まで連れており荷車の相談まで可能というのは、人が多く収入が見込める道ならではの販売方法だ。通りがかった人に助けを求めるより低価かもしれない。

 用事になる前兆が見られない。作りは丈夫で、通る道はなだらかで不意の抵抗も無い。ただし、薪となった古い荷車と同じ期間は利用している。突然壊れるとすればダンジョンの中になるため、修理とはいかず検査してもらうのも悪くない。

 自宅に貯金しているため大きな出費は避けたいところ、買い替えるとすれば王都に戻ってからだ。検査するとしてもダンジョン前の探索者村の方が良い。


 夜は野営の明かりが点々と広がる。

 星の数より少ない集団でも、両外を照らされた夜道は迷う心配が無い。照明を持たずとも進めるかもしれない。実際、たき火の番をする間に道で動く明かりを目にする。周囲への警戒は不要で、足元が確かであるなら不都合にならないのだろう。

 そんな日没後を2回過ぎると、ダンジョンのある村に着く。


 見える防壁は都市と比べ低い。滑らかな石材が積まれた壁は登りにくいものの、大人2人が背伸びすれば上に届くほどの高さである。

 始めて訪れた時は、魔物の侵入を警戒をした。物を投げたり、登り上手な個体なら村に被害が出るだろうと。

 4度目となる今は、心配していない。住人からすれば喜ばしい事である。壁の周囲に群がってくれるなら、鮮度の良い肉が手に入る。村にある討伐組合へ届ければ、ダンジョンで出会う獲物より、少々高く買取してくれるという。

 日に一体来るか、という頻度でしか魔物は現れない。専門に稼ぐには足りず残念と語るくらい、戦い慣れた者が多い。ダンジョンに入る探索者からすれば、魔物一体では弱いだろう。


 探索者村の出入りに税は不要で、識別票の確認と荷物検査を済ませる。連れ人である、ニーシアとレウリファも一緒に門を進む。子供を連れて戦うというより、獣人を戦力とする探索者を想定している可能性がある。見かけた事は無い。

 ここのダンジョンは最奥まで攻略されているため、出現する魔物の種類は全て知られている。王都の資料館で、先にダンジョンの情報を確認しており、実力に合った場所まで進んでいるのが現状だ。

 資料の項目外の魔物も、時には現れるらしい。周辺のダンジョンが壊れたり、成長した場合となると数年に1度という頻度となる。新しいダンジョンの噂も無く、攻略した話も聞かない。弱い自分が関わる可能性は少ないはずだ。出現情報が入るにしてもダンジョンの奥であり、影響も少しずつしか広がらない。出会うより先に噂を耳にするだろう。

 奥から魔物が逃げてくる事はあり得る。レウリファや雨衣狼たちを控えさせて、普段から戦力に余裕を残している。向かってくる数が少なければ対処する、あるいは、肉や荷物を捨てて逃げる選択をする。とはいえ、奥に進んでいる探索者が解決する可能性が高い。


 ここのダンジョンが成長した記録は複数あり、資料以外の証拠も不確かにある。

 迷宮酔いの範囲が村の一部の施設に届いているという事。王都の探索者がダンジョンに慣れているとしても、人を引き寄せる効果を放置するとは考えにくい。

 アンシーの語りでは、長期間ダンジョンを歩くと悪影響が出ると考えられる。規律の乱れや集中力の低下は、危険地帯にいるなら当然避けたい。魔物との戦闘、警戒を保ったままの侵攻。迷宮酔い以外の要素があるとしても、少しは関係しているだろう。

 入口を囲む防壁は、王都に唯一存在するものより広く作られている。最初の内は迷宮酔いも囲いの内側だけであり、徐々に広がった結果、外でも感じられるようになったと予想している。防壁を築き直す様子がないのは、資金面か人手が足りないのか。仮説に確証は無い。


 規模が大きいダンジョンほど引き寄せる効果が広範囲になる、という可能性はあるだろう。

 実際に見たダンジョンもこれまでに3つ。内一つは中で生活して構造も操作できるものであり、現在いる場所も資料を読む程度の理解しかない。比較するほど実例が無くても、理にかなう部分があるため、大きな間違いは無いはずだ。

 ダンジョンが魔物を使って人間を殺す。空間が広いほど人間を収容でき、魔物も自由に動ける。大量の人間を連れ込むにも、小規模なものでは簡単にダンジョンコアを壊されてしまう。


 建物の影は小さく、並ぶ建物が明るい。

 幅のある通りに混む様子は無い。両手を広げ歩く事も、それぞれが身に着けている武器を振り回す事さえ可能だ。

 道の真ん中を避ける人が多い理由は、店が両脇にある事以外に、早朝と夕方に大量の馬車が通るためでもある。消費する場所が近く、消費する相手も集中する。安全が確保できる拠点内は売り場として効率良い。こだわりが無ければ、必需品はすべて揃う。

 客が混み合わないように、取り扱う品が店ごとに分かれており、接客の忙しい消耗品を売るような店は大きい。客足が少なくても大きい店はある。荷車はその一つだ。これについては、物自体の大きさか、在庫を多く溜めるためだろう。

 商品自体を飾った看板も多く見え、都市の通りとは異なる、雑で露骨な通りだ。


 自分の他にも荷車を押す者がいる。剣や盾、槍や弓。防具にも個性があり、仲間内で塗装を合わせている者もいる。様々な装備と容姿、実力を含めて探索者の見本市だ。

 休みの日に王都の市場に似ている。麦の品評を演説していて、口の開いた麻袋が並んでいた。国内の麦でも、作られた場所によって味や見た目が異なる。病気や気候の他、農業従事者の質も関わってくるだろう。種類によって焦げ色の粒だったりと、語り部が違いを紹介していたのだ。

 探索者村には語り部までは用意されていない。個性ある姿が通りに並んでいる事は似ている。同じように見回す他の客に隠れて、一部を見逃してしまう事も含めて。


「アケハさん? 遅れていますよ」

 歩幅を正して、ニーシアへ向く。

 兜と鎧。革で身を包み、戦いに移る最低限の準備は出来ている。

「後は油を買うだけですから」

 言い終えると、隣で歩き出す。

 進む先にはレウリファがおり、こちらとの間に雨衣狼達が歩いている。砂を巻いたような道で、荷車の細かい振動に耐える2体の夜気鳥。他の探索者と問題を起こさないように、獣魔は列の間に配置している。獣使いは少ない。


 一度だけ、手に乗る獣魔を従えた弓手と出会った。穏やかな鳥類の魔物で偵察を任せている、夜気鳥と同じ運用方法だ。罠や弓を準備して潜伏する間に、獲物や敵の情報を教えてもらう。数年の付き合いと聞いた。

 いわく、故郷では躾けや育てる慣習があり、子供でさえ獣魔を飼っているという。獣使いという意識も無く、獣魔登録の事も知らずにいた。探索者になって始めて都市の決まりを知ったらしい。国境に位置し、道から外れて存在する村とは教えてもらった。

 こちらから夜気鳥を見せると、いろいろな鳥類の名前を探していた。王都に来るまで度々会っていた深紅の鳥についても、彼女の知識に頼ったが良い反応は得られなかった。

 

「部屋に泊らなくてもいいのか?」

 相変わらず、と言ったニーシア。ため息を見せてきた。

「もう4度目ですよ。少しでも節約できるなら構いません」

 少しでも散財を抑えたい事と、矛盾した提案をしている。

 ただ、体調が悪い場合に言い出せずにいる可能性は減るかもしれない。死ぬ危険を考えれば、2人も隠す事はしないはず。とはいえ、自身の身にも関わる事だ。

「獣魔は納屋に預けられるとしても、宿泊費は無駄です。雑魚寝部屋を選ぶより野営ですよね、アケハさん」

 自宅を出て帰るまでの約10日間。村内で野宿をする事が普通だとしても、満足に眠れないだろう。ダンジョンに向かう前夜だけでも部屋で休んでもらいたい。

 宿代は高めとして一泊する費用は草貨3枚。事前の準備を含めると、稼ぎを越える。

獣魔を屋外に放置するわけにもいかず、部屋と野宿で分かれる事も難しい。野営をする場合、番をする人間が必要になる。交代するとしても3人は欲しい。

 治安は比較的悪く、盗難や暴行は少なくない。思いつきや衝動で探索者が問題を起こす事はあるのだ。稼ぎの安定は難しく、ダンジョンの中でさえ、探索者同士のいざこざが絶えない。

「大丈夫です、襲われても獣魔をけしかけますから」

 集団で襲われない限りは、雨衣狼達に任せられる。野営の間は武器も手元にある、反撃も早く行えるだろう。


「お店に着きましたね。待っていてください」

 レウリファが足を止めて、こちらへ振り向く。

 ニーシアは荷車から樽を持ち上げて、店に入る。レウリファが続いたため、荷物番は自分になる。店の入口側に壁が無い。店の奥まで覗くと、様々な壺や樽が机や棚、床にまで並んでいる。量り売りを頼む以外にも、容器ごと購入する客はいる。

 照明用の油は、移動の間に消費する。オイルランタンはダンジョン内でも使う。

 ここのダンジョンは、日光は届かない地下に広がっている。

 ダンジョン特有の建材が生み出す、薄明るい光では頼りない。地図を読むには暗いでは問題であり、進む場所によっては土砂や岩で光が隠れる事もあるため、別に照明を持ち込む。小火1つでも、薪を着火できる。

 火打石と樹脂の着火剤があるため、火を都度用意できる。照明用の油は節約したい。


 獣魔がいるためか、他の探索者は自分と荷台を避けるように通りを進む。

 探索者同士の間隔は、武器を持たない人間と比べて広い。荷台に近づかれると盗みを疑ってしまうため、助かっている。

 ダンジョンを進むのに必要な道具や食料がある。樽が一つ無くなるだけでも困る。食料を詰めたもの、照明用の油、飲料用とその他の水。命に関わるため、油断はできない。

 アメーバも樽に詰めて持ってきていた。

 珍しい事でもなく、他の探索者の中にも、陶器の壺や金属の容器に持ち込む者はいる。ダンジョンに住むアメーバから放置されて病気が広がった自体もあり、解体後の処理に規則が作られた。分解能力を利用すれば死骸を埋める手間が無いのだ。

 質の悪くなった食材から獲物、汚れた布や水まで。不要な物を大体処理してくれる、便利な存在だ。

 ほとんどのダンジョンで手に入り、獣魔登録の必要が無い。

 魔石が無いため討伐する利点は無い。動きが遅く、身近に利用されている面はあっても油断はできない。ダンジョン内で寝る場合に体を溶かされる事故は過去にある。

 扱い方を知っていれば、便利な存在である。


 店を出てきたレウリファが樽を運んできた。ニーシアも来て、後は夕食と寝床の確保をするだけとなる。

 寝床の位置は村を囲う防壁のそばを選ぶ。建物は少なく、延焼の可能性が低い。

 王都で探索者活動を再開してから、野営生活の質は向上した。たき火台や腰掛けといった、不必要だが便利な小道具を買い揃える。数をこなすほど利点を実感しているため、今後も使い続けるだろう。

 たき火を作ると、2人が料理を始める。

 人混みを避けるため酒場には行かない。特に食事時は混む。複数ある酒場では、ダンジョンから得た食材を使った料理が提供される。王都に運ばれるものより鮮度も良いはずだ。

 寝床を整え、夕食を済ませる。

 

 この村には鐘は無い。

 眠ろうとする時間でも村の中心は明るく、人の影が動き続ける。

 定期的に見張り役が壁の足場を通り、人より高い位置にある、松明の灯りが良く目立つ。

 薪を足して、人の数を数えて時間を過ごした。



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