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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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93.喪失感



 指先まで動かせる。

 反対の手で触れる。熱を感じる。肉の厚みもあり、脈も確かにある。

 触れそうな距離にいるニーシアとレウリファが見つめる中、自分の体を確かめた。

 異常が残る片腕以外は、普段通りだ。生活する上で問題は無いだろう。

 痛みはすでに無い。何か足りない。

 おそらく、アンシーの言う喪失感だ。原因の板は床へ落としてある。触れたくない。


 最後の魔道具に触れる。

 何も光らない。

 先ほどの経験を再現できない。

 経験した事が無い以上、知っている動きをしても意味が無いのだろう。

 魔力の制御ができず、魔法が使えない。

 魔道具を扱う時に、異常を感じた事は無い。制御が下手でも、魔力の操作に問題はないはずだ。

 使役の指輪を操作する時のように、体を動かす。


 板は光らない。

 それでも、肩が重みを伝えてきた。

 皮膚の張り、小さな脈動、冷えた空気。

 在る物を、確信を持って感じる。

 手首の冷えを自覚したと同時に、四角い明かりが見えた。


 照明にさえ使えそうな光だ。

 ただ、明るく。模様のひとつさえ無い。洗礼の印を描いていたアンシーと比べようもない。

 単純な操作だろう。

 この板が間接的に教えてくれるだけで、実際に何が起きているかまでは知らない。

 ただ、少し笑える。

 レウリファの命を預かる魔道具が、それを操る指輪を操作する何かが。

 板が点滅するのだ。

 この程度の操作ができる程度で、魔法を覚えようと考えたのか。

 明暗の間隔を変える。

 首輪への魔力供給、期限の設定、距離、主人の追加。

 明るいまま光り続ける。

 一番単純な操作、主人が最低限持つべき操作だ。


 確かに魔道具は便利だ。魔法に必要な細かい操作が不要になる。

 自分の知らない間に、何が起きているか知る必要がない。

 板が単純に見せているだけ、かもしれない。

 そうであろうと変わりない。操作を例える基準ができたのだ。

 魔法ひとつ、剣のひと刺し、人間を殺す方法は想像できる。

 奴隷は、この明かりひとつで足りるのだ。


 顔を持ち上げると、ニーシアとレウリファがいた。

 落ちている魔道具を避けて、近くにいる。

「アケハさん?」「ご主人様?」

 消失感を受けた魔法使いは同じような考えをするだろうか。

 名前を呼ぶ2人。遠く隔たりを感じる。

 手を伸ばせば届く、その程度の距離でしかない。

 拷問を終えた後、この経験をするのだろう。


 椅子を降りて膝を着ける。

 目の前の存在、それぞれ高さを合わせてくれる。

 足を動かして、前に向かう。

 腕を伸ばして2人の胴体を引き寄せる。

 触れるのは不快だ。でも温かい。

 背中へと回された、それぞれの手。

 自分ではない、操作できない存在。

 寄りかかりたくなる。

「少し……、このままでいさせてくれ」

 少し寂しい。





 乾く間も待たずに、離れた。

 床に落ちた3つの板を集め、布に包んで棚にしまう。椅子を食卓のそばに戻した後、服の収納から使役の指輪を取り出して、指にはめた。レウリファに首輪の状態を確かめてもらい、こちらからも首輪に魔力を送って、確認を終えた。

 照明の火を消して寝台に戻る。

 2人の間に寝転んで、ひと息つく。

 ニーシアが体を動かし、こちらへ向いた。

「これからも訓練を続けるのですか?」

「ああ。諦める気は無い」

 諦めたら、生きる手段を増やせない。

「2人の負担を増やす事になる、先に謝る。ニーシアもレウリファも、必要な時は頼ってくれ。できる限りの事はするつもりだ」

 魔法の訓練に必要な時間は分からない。長期間になるほど、監視の負担は大きくなる。魔法の有無が探索者活動に関わるとしても、2人が得る者は少ない。

 揃った許可がきた。

「……でも、アケハさんから抱きしめられるのも、悪い気はしませんよ。貴重というか、久しぶりというのか」

 笑顔を見せながらニーシアが話している。

「他に頼る相手もいませんし、一番接しているのは私たちですよね。2月以上。期間としては短いかもしれませんが、依存しあう仲で険悪でもありません。私は触られた程度で、嫌いになりませんよ」

 眠気を消さないように、控えめな声が続く。

「私たちの間なら無防備で良いです。警戒されていると寂しいです。自宅にいる間だけでも……」

 こちらの手を取り、指まで絡めてくる。

「私が武器を持ったところで、素手のアケハさんにも勝てませんよ。ほら、洗礼も受けていないですし、魔法も使えません。肌に当たった程度で、身に危険はありません……。いえ! 不意を狙ったとても、負ける自信があります」

 実際のところ、武器を持つニーシアに素手では負ける。不意を打たれても簡単に死ぬだろう。

 今すぐ敵になるとは考えていない。ニーシアもレウリファも、こちらを殺す機会はいつでもある。殺されない確信は無くても、敵意を向けていない事は分かる。

 それでも、いつ関係が変わるか分からない。

 魔物を操る存在である事は、2人も知っている。生きるために命を狙う敵を殺すのは仕方がないだろう。だが、王都の人々を殺す結果になれば、変わるかもしれない。ダンジョンの存在がばれた時、逃げるためなら門番や戦えない人間まで殺すだろう。その時に敵対するかもしれない。

 敵対した時は対処すればいい、という場当たり的な考えはできない。自分はそこまで器用ではない。必要な状況でも、気持ちの切り替えができないだろう。

 会話を止めたニーシアがこちらを見ている。

「アケハさんは避けませんよね。内心は知りません」

 握ってきた手が離れ、腹を過ぎて、横腹を掴む。

 にじり寄ってくるニーシア。重みが腕にかかる。

「こうして抱き着いても、抵抗してくれない」

 片足が乗り上げてくると、代わる様に、胴をまたぐ腕が登る。

「安心してください。嫌われるほど頼りにしますよ」

 定まらない語り。

 横腹から胸の間を進み、鎖骨と来て曲がる。肩を包んだニーシアの手。

「だから、アケハさんの欲しいままに行動してください」

 首筋まで沿うと、肌から離れた。

「魔法でも、剣でも。たくさん試して、たくさん諦めてください」

 頭へ移った手が、髪を撫でる。

「後ろで支えて、応援しますから」

 耳やその裏、あごの下まで。指先がまとわりつく。

 熱を補うように何度も、丁寧に扱われる。


 撫で続ける手が止まった。

 片頬を包んでくる手。親指を唇に重ねてくる。

 指の腹を上や下、隙間に沿わせ遊ぶニーシア。

 こちらの唇を小さく押すと、親指をわずかに浮かせた。

「アケハさん」

「ニ、……ニーシア?」

 閉じた歯に親指が当たる。開いた唇を自由に動かされる。

 手を離した後、ニーシアが体を持ち上げる。

 冷えた風が布団の中を通った。


「……ニーシア」

 かすめる程度。別の布団にいるレウリファが声を出す。

「レウリファさん」

 動きを失くしたニーシアが返す。

「そうでしたね」

 勢いのある声で告げる。

「レウリファさんも含めて、密着して寝させてください。かなり熱いですけど、今夜だけで良いですから」

 頷いたすぐ、ニーシアが動きだす。

「よし! 急がないと朝になりま」

 言い切る前に潜った。

「ご主人様、失礼します」

 レウリファが、布団を半ば重ねて寄る。音と風を抑えて。

 左右に動く隙間は無い。ニーシア側は腕を持ち上げる事も難しい。寝相が良いとしても、身動きのひとつはするだろう。布団から追い出してしまうかもしれない。

 布団の下が熱く、短い内に汗をかく。

 レウリファが腕を動かし、布団が持ち上がる。自身のいる側を風の通り道にして、外の空気を取り込んだらしい。

 布団が動いて、こちらの胸元にも隙間ができる。

 熱く湿った風が、顔を通り過ぎた。



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