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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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89.帰宅:後編



 二人は席に着いて、こちらを待っている。革鎧を着けない姿は、自宅の間しか見れない。

 食卓に温かい料理が並ぶと、帰ってきた実感が増す。スープと焼き料理は取り分けられており、座るだけで食べ始める状態にある。残った携帯食だけでない事に、ニーシアのこだわりだろう。決まって料理ができるとすれば自宅にいる間だけだ。

 かまどの明かりは遠く、室内が暗い。夕日を取り込んでも足りないのか、食卓の上でオイルランプが灯されている。湯気が見えるのは、窓を開けているからだろう。

 金属の器から立つ照明の火は、見慣れている。


 探索者が仕留めた獲物で、換金できるのは一部だけ。大体は捨てたり、自分たちで消費する。預ける場所が遠く、運搬が難しい場合がある。高価な部分しか取り出さず、捨てる事がある。

 移動の間に生身が腐らないように、保存薬を持ち込むのだ。香草や実を砕いた粉あるいは濁液と様々あり、加工された肉は数日越えて、ひと月は保つ。

 肉屋が保存薬を売る事がある。売り物の肉を気に入れば、探索者の客に買われていく。獲れたての肉に使われて、移動の途中に消費される。討伐組合の倉庫に持ち込まれる事があれば、なお良い。鮮度が良く、余計な加工が無い肉ほど買い値が高い。他所の味付を買い取る同業者は少なく、結果的に安く手に入る。


 その日に得た魔物の肉を削ぎ落し、串に刺した後に香料をふりかけてから焼く。スープの小鍋に投下する場合もある。持ち込みの調理器具は少ないものの、食材の鮮度は高いだろう。

 火を囲んで食事を行う事は珍しくないが、食材と食器の質が釣り合わないのは、探索者にありふれた話だ。

 収入となる肉を消費するため、壁の中と比べれば収入も少なく、道具を揃える機会が減る。整備を諦めるなら、最低限だが暮らしていける。

 そんな探索者も調理の火を用意できない時には、出来合いの食事で済ませてしまう。携帯食、加工無しの食材を食べる事もあった。


 城壁の外は危険にあふれている。魔物が生息する場所では、たき火が照らしきれない夜を、見張る必要がある。

 星明かりに頼る視界は、輪郭のない影しか見えない。障害物が遠い平原であろうと、動く存在を探し続ける事は疲れる。夜襲を受けた事は無い。それでも噂は有るのだ。

 ベニソラの葉を取り出し、噛んだ際の酸っぱさで眠気を洗う。干し肉の脂と硬さに飽きてきた場合には気分転換になる。

 臭いは風向き次第、耳をすませて遠くを探る。薪を足す時は、たき火を見つめない。火の番にとっては体を温めるため、寝る者にとっては武器を掴むため。

 捕食者を引き寄せている。人間は隠れ潜まない。


 野営をする他の姿を見かける。日が落ちる前に挨拶を交わし、場合によっては取引を行う。互いに顔を見せて、信頼や牽制をしておく。

 暗黙の了解がある。夜は距離を保ち、緊急でなければ近付かない。火が消えるだけでも、他者の注意を引いてしまい、危険を誘う原因となる。魔物や野獣だけではない。

 夜盗の類と間違われる行動は避ける。王都周辺でも少なからず事件は起きている。門に似顔絵が貼られ、売り子は歩き回っている。

 外で会う存在は、魔物に関わらず危険だ。


 小分けに並べた薪束を1つ減らすと、役割を交代する。寝ている相手を起こす時は、名前を呼び、体に触れる。相手は目を開け、小言を呟く。後は静かに身を起こしてくれる。

 たき火に移動して隣で留まり、相手の眠気が覚めるまで待つ。温めておいた水を互いに飲み、短い会話をして離れる。寝床に残った人肌に集中して、外の事を忘れる。


 体を拭く事さえ満足にできない。汗や泥、血の臭いが消えない事も当然ある。防具を脱いだ隙に怪我を負いたくないし、水の消費を抑えたい。

 樽に汲む水は飲用とその他で分け、飲み水を基準に行動する。今まで枯らした事は無い。枝葉や金属の棒、炭を入れるのは腐り止めが目的だ。荷車を動かすと積まれた樽の中から鈍い音が聞こえてくる。軽い音が聞こえてくるなら、帰る暇もないだろう。

 水は貴重である。流水を見かけても利用できるか分からない。加熱しても悪い水はある。途中の村で井戸を借りたり、水売りから買ったり。旅の間は街よりは苦労する。

 ダンジョンの中となると別だ。買う事も難しく、決まった場所でしか手に入らない。

 他の探索者から水を貰うのは難しい。滞在期間に関わる以上、収入を減る。余裕があっても売る事は難しい。値段も相応になるが、探索者村より奥でも水売りは現れるらしい。


 浅い場所で活動している現状は、入口の組合施設とダンジョンを数回往復する程度である。小型の魔物が手で数えられる程度、獲れ高は少ない。

 慣れるという目的以外にも、深い場所に向かう備えは行っている。

 組合施設には熟練らしい探索者も寄る。素材の買い取りは当然、都市に帰る前に休息したいだろう。ダンジョンでは昼夜が確認できない場合もある。水や食料、獲れ高によって探索者が戻ってくるため、酒場に休みは無く、客が切れる事も無い。

 そんな場所で聞き耳を立てたり、話を買う。高くても酒の数杯か人数分。荒れている探索者には近づかないなんて事も教えてもらった。

 資料に書かれない情報が得られる。組合職員が報告をまとめているとしても、資料館に全ての資料が置かれる事は無い。

 生み出される魔物や、探索者の動向次第でダンジョンの状況が変わる。強力な魔物が入口付近に移動する事は正常な事態だ。避けたり、挑んで死ぬ事さえ珍しくもない。

 自分たちは、安全を重視する探索者というだけである。


 食費を稼ぐ事で精一杯、貯金は減り続けている。

 足止めになっているのは自分とニーシアだ。死体相手に刃物を扱う事には慣れ、動く相手には対応できていない。

 ダンジョンの浅い部分は、比較的弱く小さい魔物が生息しており、脅威にならない魔物もいる。周囲の安全を確保できれば、魔物相手に訓練が可能な場所である。

 ダンジョンの入口には壁や監視がある。外の魔物が侵入してくる事が無く、魔物の数が多くても外より安全な場所なのだ。

 配下の魔物とレウリファに守られた環境で、殺傷能力を持つ魔物を含めて、実戦経験を増やしている。実戦とその後の指導を含めても、魔物を探している時間の方が長い。


 自宅の庭で行う訓練も内容が増え、時間も長くなった。筋力は増え、剣の扱いも改善している。他の探索者と見比べると、依然として細い腕だ。


 レウリファとの対人訓練でも時間が延びている。剣先は滑るように動かされ、腕力で押し負け体勢を崩してしまう。とどめを示された後は、力を抜いて無抵抗を示す。

 まともに戦えた事は無い。刃を潰した剣でも衝撃は届き、訓練を終えて身を洗う際に、肌に跡を見つける。レウリファの加減が変わったという事は、鍛えられている証拠でもある。

 このまま鍛え続ければ、荷車を買い替えるかもしれない。そうでなければ、生活を変える事に必要がある。

 先払いをした家賃の事は後回しだ。

 比較的安いとはいっても一軒家の中であり、家賃自体は高い。獣魔を預けられる宿屋の宿泊費はそれ以上に高く、人間用の雑魚寝部屋があっても獣魔用は無い。

 戦力の都合で必要な配下の魔物、結果的に家賃を抑えられている自宅。両方揃っている事が生活の前提になっている。

 探索者の活動が行えなくなれば、王都の中では暮らせない。


 落ち着いた食事を終え、片付けを始めた。周囲を警戒しない状態は久しく、体力にも余裕がある。

 手洗いした食器を積んでいき、一段落したら、上から順に海綿で拭う。隣に置いた浅い桶には水が張ってあり、洗い終えた食器を最後に水へ通す。ニーシアに手渡した食器は、布で拭き取られ、棚に並べられる。

 手洗いの後だとしても、海綿には汚れが付く。時々、揉んだり指で押したり、表面の汚れを落して作業を続ける。

 水受けの中が桶ひとつになったあたりで、レウリファが空の鍋を持ってきた。火が残るかまどから隣に移したもので、お湯を作っていた。沸き立つ音が収まった辺りで、レウリファに運ばれたため、適温に冷まされ浴槽の桶に入れたらしい。

 受け取った鍋の底を確認する。ダンジョンに向かう前に、煤を落としたため、削るほど汚れはない。手洗い程度で洗いを済ませる。

 洗い物を終えた後、水受けの汚れを集めてごみ箱に入れる。調理の際に出た食材の切れ端も入っている。

 ごみ箱を持ち、勝手口から外に出て、アメーバを溜めた穴へ中身を落とす。

 本来なら量を溜めた後で、牧場や埋め立て場所に運ぶ。庭で焼却するなどの、ごみ処理の手間すら無いアメーバには助けられている。探索者の活動中も、樽に移して持ち運ぶほどだ。傷んだ食料から獲物の残滓まで、選り好みせずに分解してくれる。


 自宅に戻ると、レウリファが体を拭く順番を聞いてくる。ニーシアは最期を希望するのは普段通りだ。

 レウリファに先を譲り、浴室に向かわせた後で地下室に下りた。

 隅にある箱の布を取り払い、ダンジョンコアを確認した。

 留守中に盗まれないように隠す事はしている。地下室の入口も布で覆い、わらをのせている。

 壁外に持ち出すよりは安全だと思う。魔物から逃げる際に、荷物を捨てる事があれば取り返す事は望めない。他の探索者を雇う場合、ダンジョンコアを見られる可能性がある。高い報酬に留まらず、襲われる事まであるだろう。他人の目が集まるような事は避けたい。

 

 ダンジョンを操作し、構造を変えたり、生み出した魔物を従える存在。討伐組合が公開している資料を読んでも、自分について書かれた内容が見つからない。

 探索者によって壊されたダンジョンはある。ダンジョンを守るような存在から抵抗を受けるとしても、魔物を従える姿しか見えないのかもしれない。

 魔物を従えるだけなら魔族という分類に当てはまる。あるいは魔物に利する獣使いだとしても区別できない。魔族がダンジョンを操れるといった情報は無く、断定できる情報は手に入っていない。

 自分という存在を確信できない以上、魔族を見つけられる教会には近付かない。

 自覚せずに人と違う行動をしている可能性があるため、人との交流も最低限に留めたい。配下の魔物を支持する言葉を、ニーシアに指摘されたのがいい例だ。

 

 ダンジョンコアを再び隠して、地下室から出る。

 明日はさらに忙しくなる。汚れた衣類の洗濯、道具の整備、食料の買い足し。旅の後片付けが残っている。

 休息日は5日以上と長く決めているため、明日を過ぎれば時間に余裕があるだろう。朝の訓練も十分にできて、柔らかい布団の中で眠れるだけでも、自宅は良い。

 レウリファが寝巻姿で現れてから、自分も浴室に向かった。



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