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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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87.ダンジョンを知る:後編



 入る際に通った坂を上り、ダンジョンを出た。

 日は昇り切る前、鐘も1度鳴った程度だろう。小規模なダンジョンとは知っていたが、実際に行ってみると予想より早く終わった。

 足並みを崩さない内に、顔を下ろす。

 空堀と木柵に取り囲まれ、奥の石壁に抜け道は無い。柵の隙間からは数人の兵士が見え、こちらが出てきた方へ注意を向けている。

 出現する魔物に対して、防御が過剰だ。

 膝丈も無い魔物ばかり、目立った凶器も無い。一人で抑えられる程度の数で、往復する時間もかからない。金属鎧を着ていれば、寝られるようなダンジョンだろう。

 資料で知ったのはダンジョンの内部だけ、管理の方法までは書かれていなかった。実際に来てみると、魔物を生み出す場所が、脅威として認識されている事が分かる。

 現状は街の住人でも対処できる脅威でしかなく、壁を作った事でダンジョン自体が守られているとも感じる。事実であり、先を見越して管理されているのだろう。

 成りたての探索者なら、ダンジョンに向かう以前に外を歩く事が危険であり、戦いに慣れるために訓練の場所が欲しい。周囲の安全が確保されながら魔物に相対できる場所として、このダンジョンは有用に違いない。

 背中を見せるレクターは、ダンジョンの管理と、新人を指導する立場を兼ねている。

 木の柵を抜けるとレクターは武器を納め、組合の建物のそばで止まった。

「属する団体は決めてあるのか?」

 解散する前にレクターから話題があるらしい。

「団体自体を知らない、」

「ああ、まあ。移住ならありえるか」

 納得したらしいレクターが続けて話す。

「ダンジョンを進む場合の探索者の集まりだな。数十から百人程度が役割分担をする事で、長期間の活動を可能にしている」

 ダンジョンの規模が大きいほど、管理に人手が必要な事は予想できる。活動範囲を決めておけば、魔物を捜索する場合の無駄足も減るだろう。

 買取の行列と酒場を除けば、探索者が集まる様子を見た事が無い。街中で集まる理由がないだけで、ダンジョンでは団体を見かけるだろうか。

「商隊のように輸送馬車を揃え、武装の整備や治療の専門も加わった集団で、探索者の中でも軍に近い形式を組み込んでいる。組合から半ば独立した団体もあるから、傭兵団といってもいい」

 レクターが一間置いた。

「新人育成に熱心な団体だと、戦闘訓練や講習を行っている。荷運びを任されれば、護衛付きでダンジョンを経験できるはずだ」

 配下の魔物とレウリファに頼る現状よりも、集団に混ざって活動した方が安全だ。加えて、複数のダンジョンで奥まで進めるなら、資料以外の知識が得られるかもしれない。

「行動を縛られたくない探索者の方が多いが、一度試してみると良い。団体によってかなり方針が違う、大手の団体を次々と移るような物好きがいたぐらいだ。まあ、獣使いとなると扱いが難しくなるが、逆に喜ばれる場合もあるだろう」

 王都で獣使いの探索者を見た事が無い。獣魔を連れて歩かないのか、元々少ないのか。

もう一つある討伐組合の施設に行けば、出会えるだろうか。

 アンシーが両方の施設を利用するなら難しいかもしれない。

「何にしても、探索者が増えるのは嬉しい。俺は所属した事が無いから、勧める団体は無いが。良い噂は多いから、体験談でも聞いてみると良い」

 資料館で探すよりは、人に尋ねた方が情報を集められるだろう。

「考えてみるよ」

「よし、教えられるのは、このぐらいだろう」

 呼吸をしてみせたレクターが、体勢を緩めた。


「あの後、アンシーが暴れたらしいが。問題は無いか?」

 王都の討伐組合に入った時の出来事を、人伝で知ったのか。それ以前に出会った探索者といえば、建物の入口で忠告してきた探索者だろうか。

「直前に助言してくれたのは、レクターだったのか」

「おう」

 今は兜で顔の一部が隠れている。とはいえ、気付かないのは不注意だった。

「特に怪我は無かった。話もしたし、助けてもらった事もある」

 獣魔登録と自宅探しの時には、アンシーの手を借りている。魔物に詳しい様子なので、話を聞いたりと、今後も関わる事はあるだろう。隣人という意味でも、おそらく。

「それなら良かった。負担でなければ、気にかけてやってくれ。憂いているのか、寂しげな表情をしていたからな」

 付き合いの長いレクターからすれば、違う印象を受けたのだろう。

「決まって組む仲間がいない分、拠り手は少ない。俺が入った時と違って、人を避けている印象があってな。誰にも知られず姿を消していた、なんて事にはしたくない」

 探索者が死ぬ程度はありふれた話だろう。記録として残らない事もある。魔物の資料でも、誰が死んだまでは書かれていない。犠牲数と年代程度だ。

 詳細がある場合でも探索者の特徴は、技量や特技と少ない。特定以前に似たような記述はたくさんあった。

 自分も探索者の一人でしかない。

「憶えておくよ」

「ありがたい」

 レクターは目を閉じてから、小さく頷く。

 目の前にいるレクターよりも、探索者業を続けているアンシーの見た目。自分やレウリファより年上だが、数年程度の違いと予想していた。実際年齢はどのくらいなのだろう。

「レクターは探索者を何年続けているんだ?」

 アンシーの事か、とレクターが呟く。

「少し待て、……俺は遅れて探索者になったが、20年以上前だ。その時点でも熟練や長生きと言われていた、から。……30、いや、35年は続けているだろう。洗礼が12歳として、今は47歳になるのか。孫どころか曾孫がいても不思議でないな」

 レクターが探索者になった時点で、アンシーは長生きとして扱われていたらしい。

 数年で長生きに入るかもしれないが、孫を持つような外見はしていない。子連れの親と比べても若く見えるはず。

「いやいや、あの時点で化粧の話で盛り上がっていたぞ。子持ちの方々が集って、植物から魔物まで揃えて、薬を作っていたはずだ。となると、50は……あるはずだ」

 集まっていたのは組合の酒場だろうか。自分が見た限りでは、数人程度の集まりしか見た事が無い。昔は女性の探索者も多くいたのだろうか。

「年齢は気にしない方が良い。組合に記録があっても、教えてくれはしない。アンシーは年齢を気にしなさそうだが、女性は若く見られたいものだ。知らなくてもいい情報だ」

 レクターから大体の年齢を伝えられたが、言う行動と内容があっていない。

「先月も、移りの探索者が事件を起こしていた。アンシーを初心と勘違いして、連れ去ろうとした。結果、抵抗を受けて故郷に帰った。そんな年齢にしておこう、か」


 レクターが荷車の方へ顔を逸らした。

 事件を起こした探索者と同じ予想でいいらしい。自分にとっては、ほとんどの探索者が先達である。

 レクターの顔が留まっていたため、同じ場所に顔を向ける。

 荷車には小型の魔物が1つだけ。敷いた布には血が広がっている。一匹のために荷車を使った事になるが、獲れ高次第なため。同じ光景は今後も見るだろう。

 レクターが倒した魔物であるため、このまま持ち帰る事はできない。

「この後は組合に寄るのか?」

 筋狸は食用として好まれない魔物であり、組合に預けて金に換えるだろう。レクターがこの後も待機するなら、質が落ちない内に買い取りを済ませたいのだろう。

「代理で運んでもいい」

「いや、講習の間に狩った魔物は、基本的に受講者へ配られる。この場で貰えるなら、裏で荷車も洗える」

 組合まで移動する用事が無ければ、往復の手間が省ける。換金できるなら問題はない。

「買い取ってもらえるのか?」 

「即金は難しい。講習で獲物が無かった事は少ないからな。講習の報告をするついでに、買取った事も伝えるつもりだ。代金を組合に預けるのは、明日の朝になるがそれでもいいか?」

 金に余裕はあるし、買取も大した金額にならないだろう。

 ニーシアとレウリファへ顔を向け、同意を貰う。

「そうしよう」

「交渉成立だな」

 レクターが 

「早く来たからな、普段は2、3はいるものだが。相場より高めで買い取っておこう」

 あの大きさだと土貨に届かない可能性もある。受け取れる額なら得だろう。


 水場に移動してから、レクターが獲物を受け取ってもらった。

 桶に汲んだ水で荷台を洗い、濡れた車体を拭き終え、絞った布を荷車の側板に干した後、少し休憩する。乾燥はしないが、道に水が滴らない程度には乾くだろう。武装を付けたまま洗車していたが、ダンジョンから魔物は出てこなかった。

 討伐組合の建物裏には解体場所があり、干す場所まで設けてある。レクターは魔物の解体を終えて、毛皮の肉削ぎをしているところだ。

 隣に行って話を聞くには、このダンジョンの待機では解体の手間賃を稼げるらしい。レクター以外も同様で、食事も済ませるのが普通のようだ。

 他のダンジョンでは組合の建物が大きく、宿泊や依頼確認、買取まで行えるという。

 専門の運び人や解体士を雇っており、鮮度を保った状態で王都まで運べるため、その場で預けた方が買取金額が高くなるらしい。

 作業を終えたレクターに声をかけてから、ダンジョンを離れた。


 乾ききっていない荷車を押す。

 自分たちの後ろで門が閉まる音を聞きながら、歩いて進んだ。

 迷宮酔いが消えていくと、頭痛と疲労が増してくる。ダンジョンにいる間、緊張していた事も影響しているだろう。

 迷宮酔いの間は、体の異常に気付けない可能性もある。長期間留まったために、無理に動き、取り返しのつかない失敗をするのかもしれない。

 魔物との遭遇も多く、探索者自身の油断も増えるなら、壁の外を歩くよりも危険だろう。

 ニーシアとレウリファに声をかけて、広場の端の方で足を止めてもらい、建物の壁を背に休憩する。

 行きと変わらない光景が見えた。

 石壁の周りに多く集まる浮浪者のような姿。迷宮酔いを感じているだろう。頭痛と疲れが増すため、離れないのかもしれない。

 ダンジョンの中でも痛みや疲れは感じる事に変わりない。ただ、普段と違う状態に違和感を覚えてしまう。知らない人間は無意識に誘われるのだろう。討伐組合が管理する場合でも、結局探索者が立ち入る。壊さない限り、近付く人間は尽きないのかもしれない。

 体をほぐして、体勢を整える。足を止めた事を2人に謝るが、気にした様子も無かった。

 帰り道は、レウリファが荷車を押してくれるらしい。

 午後の予定は無いため、時間に余裕がある。早めに食事をして眠るかもしれない。



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