86.ダンジョンを知る:中編
通路の分岐に差しかかると、レクターは腕で停止を示してくる。
剣を鞘に納め、帯にある収納から道具を取り出した。
指1つ程度の幅しかない手鏡が、分岐の方へ伸ばされる。
「奇襲を防ぐために、曲がり角や死角は警戒しておけ」
かざした次には仕舞われ、剣が手に戻った。
「知恵を持つ魔物もいる。音、臭い、容姿、騙す技術はいくらでもある」
レクターが分岐へ進んだため、後に続く。
「奥の物音が止んだ時や、待ち伏せを疑う時には持っておいて損は無いぞ。手鏡を使う探索者は少ないが、伸ばした顔を攻撃された探索者はいる」
通路の幅が広いダンジョンなら、分岐から距離を置いて覗く事もできる。
対応する手段は様々あり、手鏡を使う事も内の1つでしかない。レクターも状況によって対応を変えるはずだ。
「盾を持つくらいの気構えがあれば良い。このダンジョンなら剣を手放さない方が安全だからな」
会話をしながら進むのも、あくまで指導としてなのだろう。
魔物の姿は無く、奥の方に杭が立てられ、行き止まりが見えている。
警戒するように周囲を見渡しながら、端まで辿り着く。
レクターは触れない距離から、杭の方へ体を向けた。
足元で重りに支えられて、立つ金属製の杭。
上部には照明石が取り付けられ、固定部分にある刻印が目立つ。印の溝に着色する事で、強調されている。
討伐組合の設置物だと、探索者なら誰でも気付く。
照明石が光っているのは、魔石と接触させているのかもしれない。
「この杭は順路を示したり、地図の目印にも使われている物だ」
剣を納めた、レクターが杭の説明を始めた。
「他のダンジョンだと、もう少し明るく光るが、ここは弱いな」
「照明石か魔石の質が違うのか?」
「いや、質の違いは無いぞ。量産物で選別もされないし、魔石も不要だ」
ダンジョンの構造物から放たれる光は、昼の屋外より暗いものの、見渡せる程度にはある。
照明石が自然に放つ光は、足元を照らす程度でしかない。
魔石の接触無しに、照明石を強く発光させているらしい。
「ダンジョン周辺は、照明石が強く光る。数ヶ所ダンジョンに潜ると実感できるが、深部に向かうほど明るくなる。照明石で自分の位置を確認できるほどだ」
照明石を持ち込めば、ダンジョン内の照明に困らないかもしれない。
「それ以外にも、巨大なダンジョンほど光が強まる。先達の教えで俺自身ができるわけじゃないが、入口の時点でダンジョンの深さが判る、というのは聞いた事がある」
レクターが視線を上げ、顎を撫でている。
「照明石を持ち歩く探索者は少ないから、話が集まらない」
照明以外の用途で火を使うなら、油や薪を持ち込む。道具を増やすような面倒はしないのかもしれない。
「探索者は消費が荒いからな。装備も道具も使い捨てる場合が多い。一生に1つなんて、高価な物は、まず買わない」
探索者という活動は、稼ぎはあるが消費も多い。誤って怪我をすれば、貯金頼りの生活になる。長期的に得するとしても、買う手が伸びないのだろう。
「照明石の産地の1つにダンジョンがあって、直接採掘に向かった奴もいた。原石のままでは使い物にならず、加工費を知って、最後は諦めたらしい」
レクターが杭に顔を向け、淡々と告げる。
「杭は盗むなよ。衛兵でなく国軍に拘束される」
外で起こった事件なら、対応が違う事もあるだろう。
「過去に盗んだ探索者がいたのか?」
「戦線を後退させたという処刑理由だった」
魔物の存在で人間の活動範囲が広がらないため、当然の理由でもある。
「魔物に警戒しているのは、周辺の国も同じだ。魔物に利する人間は追放される。組合に対する信用低下は国勢に影響してくるからな」
自分の行為は、杭の盗犯よりも問題だ。ダンジョンを操作した事や、探索者を数人殺している事。追放どころか、人間として裁かれない可能性がある。まず殺されるだろう。
「壊れた杭を見つけたら、組合に報告してくれ。探索者の制限や誘導をする場合もある」
何であろうと探索者である間は、組合の指示には従う方が良い。
「杭の説明はこんなところだ」
こちらの反応を待った後、レクターは歩き出す。
来た道を戻り、途中の分岐へ戻った。
入口から続く通路を進み、突き当たりまで歩いた。
曲がった先。奥にダンジョンコアが見えている。
最深部を目前に達成感は一切ない。魔物はレクターが戦った以降、見かけていない。
レクターはダンジョンコアから距離がある場所で足を止めた。
「ダンジョンコアはあれだ」
ダンジョンコアの外見。台座に納まる様子に見覚えがある。
透けた青に染まり結晶が埋められたような球体。腰の高さほどの台座。以前暮らしていたダンジョンと変わらない。
「壊さないのか?」
「壊せない。組合が管理している場合は許可がいる」
魔物を資源として考えた場合、数が確保できるダンジョンは利益になるのだろう。
「コアを破壊する行為は、周囲に影響が出る。残っていた魔物が逃げ出したり、地形が崩れたり。近くのダンジョンで出現する魔物が変わるなんて長期的な影響もある。事前に避難や派兵を済まないといけない。自由に壊す事はできないな」
ダンジョンが壊れた影響が、他のダンジョンに及ぶという事は始めて知った。
自分が操作した限りでは、内部でしか生物の位置を調べられず。ダンジョンの壁を伸ばす場合でも、視界が確保されるだけ。別のダンジョンが近くにあれば、知る事ができるのだろうか。
大きなダンジョン同士が繋がっている可能性がある。入口は一つとも限らないし、ダンジョンコアが複数存在するかもしれない。
ダンジョンを操る者がいて、探索者をしながら生活している可能性もある。探索者なら他のダンジョンの情報も手に入る。近くのダンジョンが壊されたなら、守りを増やしておくだろう。
目の前の状態を見れば、自分と同じ存在がいるとは思えない。操る者がいない、あるいは壊されても問題ない生活をしているのだろうか。
「報告前のダンジョンは探索者の判断で壊せる。個人で攻略できる程度なら早く対処した方が良いからな。管理に向かない場合は、組合から探索者に紹介する事もある」
探索者として慣れてくれば、杭が無い場所まで向かう事もあるだろう。先の話だ。
「ダンジョンを発見したら、まず組合へ報告しておけ。安全に報酬が手に入る。中の魔物を確認しようとして、仲間を殺された者もいる。最初の調査は専門に任せた方が良い」
新しいダンジョンを発見した場合は、報告すべきだろう。
自分の実力は弱いどころか、探索者の中で最低に近いはずだ。配下の魔物無しに戦いを挑む気は無い。ニーシアとレウリファを連れていたとしても、資料の無いダンジョンに入りたくない。
「攻略済みのダンジョンは、ダンジョンコアを囲うように建物が作られる。組合の監視員が滞在しているが、探索者は侵入も避難できない。ダンジョンコアを見れるのは、近隣ではここだけだな」
無断で壊せば、杭を盗むより問題になりそうだ。
「大きなダンジョンなら、避難先として探索者村の位置を確認しておけ。宿代は高いが、防壁に囲まれているだけ安心できる。襲撃の際に協力して対処する慣例があるから、見捨てられる事は少ない」
拠点で物資の補給ができれば、少人数でも奥に進める。広く探索させるなら、中継地点は要所になるだろう。
「この場で説明できるのは、この程度だな。後は外に出てから話そう」
レクターの指示に従い、ダンジョンの出口へ向かう。




