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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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82.暮らし慣れた自宅



 アンシー宅から戻り、朝食を済ませた。

 食卓に残る食器を調理場の洗面台まで運び、レウリファに渡す。洗われた後に受け取り、水気を拭き取り、かまどの上に並べていく。

 レウリファが使う桶は水かさが減っていき、洗面台の汚れを取り除いて空になる。最後は立てかけて乾燥させる。

 手拭いを仕舞ったレウリファがこちらに寄ってきた。

「ご主人様は、先に着替えましょう」

 途中で訓練を抜け出したため、水浴びをしていない。

「外で浴びた方が良いか?」

「浴室で構いません」

 水浴びをする隣で洗濯はできないだろう。

「悪い事をしたな」

 訓練で使った防具も、ニーシアが拭いてくれていた。

「これからも頼ってください」

 レウリファも支えてくれる。

「助かっているよ」

 頼るほど生きる力を失うという、極端な考えが消えない。暮らしは不安定だ。存在が知られたら居場所を手放す。頼る場面は増え続けている。

 できる事は少ない。生きる術を教わりながら、2人の意思が離れないように気を付けるだけ。依存する事は避けられず、脅し従わせる力は無い。

 魔物や人間、あるいは討伐組合、軍や光神教。王都に暮らす時点で死ぬ可能性はある。3人が協力した程度で解決する問題ではない。

 思いつく策は、使い切ってしまえばいい。

「ご主人様」

 髪を流していた手を下ろす。顔を上げたレウリファが上目使いをしてくる。

 相手の言葉と仕草を頼りに想像する事しかできない。敵意を隠していようが関係は無い。

「臭い移りしないか?」

「気にしません。慣れました」

 こちらの肩に、再び頭を預けてくる。

 旅の間は満足に水浴びできず、探索者として外で活動する場合も同じだろう。生活を選べないなら慣れるしかない。水浴びをしたい事に変わりはない。

「とりあえず、体を洗ってくる」

 背中に手で合図して、レウリファに離れてもらう。調理場を離れ、片付いた食卓を見かけた後、更衣室に進んだ。

 棚の中に着替えを用意してある。隅にある籠の1つに脱いだ服を入れ、浴室を使う。


 布を濡らす水が冷たい。食事の後は特に。

 自然な岩壁が見える窓。目を閉じて下げた頭に桶の水をかける。ダンジョンで暮らしていた時も、最中に襲われた事は無いが、警戒を忘れた事は無い。

 全身を拭き終えて、布を絞る。

 桶1つに限っていた時より、水の無駄が多い。床に広がる水滴を溝まで除けるが、洗濯を行うまでに乾かないだろう。

 更衣室に戻り、緩めの服に着替えて、通路に出る。


 広い寝台に合う敷布団は無い。管理の手間を考えると買う気はない。住宅の以前の持ち主は特注したのだろうか。揃えた3人分の寝具は中央に寄っている。

 寝台の床板は布で覆っているが、下の感触は隠せない。

 並んで座る、ニーシアとレウリファに近付く。

「待たせて悪いな。ニーシアもありがとう」

「いえ、早く終わらせて休んでしまいましょう」

 2人は更衣室で道具を持ち、浴室に入る。

 水洗いを終えた衣類を桶に積み、2階の物干し場まで運ぶ。

 重たい桶を足元に置いてから、物干し台に紐をかけて、端で結び留める。衣類を桶から取り出し、叩き伸ばした後で、張った紐に吊るす。

 次の衣類に手を伸ばすのは、洗濯ばさみを差し込んだ後だ。

 木の棒の上下で切り込みの幅が異なり。交差する切り込みの先。片方を区別できるように目印の穴が刻まれている。

 小道具店でレウリファが勧めてきた理由だが、最初に頼ったきり今は必要としていない。洗濯ばさみを掴んだ際に、切り込みに触れる事で上下の判断ができる。覚えるまでの助けにはなっていた。

 服の収納にいれた洗濯ばさみが尽きる前に、桶が空になる。浴室に戻れば、洗い終わった衣類が積まれているだろう。


 洗濯物を干し終えた後は、自宅の中で過ごす。

 訓練を日中続ける事はしない。自分とニーシアの体力が続かない他、悪い癖がつく、とレウリファが教えてくれた。

 消耗品を買うために、数日に一度は街に降りる事になるが、暇な時間を自由に過ごす。探索者として活動し始めたとしても、王都の外から帰ってきた時には、似た生活をするだろう。

 外で活動するための物は買い揃えたが、あくまでつもりだ。実際に経験してみないと確実でなく、後になって気づく事もありえる。

 用事は無く、可能な事も少ない。

 ニーシアは聖女物語を読んでいる。聖者と聖女が魔物を操る魔族を殺す話がある、とレウリファに教わった。中身を読んだ事は一度もない。

 魔石を売りに行った後に資料館に寄った。自分とレウリファが資料を読んでいる時に、写本をしていた。

 寝台に寝転ぶニーシアの横、物語が書かれた紙が重なっている。一度しか向かわなかったが、一冊を写し終えたのだろうか。途中から図鑑を読む補助をしてくれたが、資料館に再び行く事を要求しない。


 食卓の椅子に座っているだけでは体が冷える。体を動かす事にも飽きてくる。

 隣で座るレウリファは目を閉じているが、起きている。こちらが立ち上がった時に動きがあり。耳に手を近づけた今、尻尾が風なく揺れる。

「クテカ茶を作るが、一緒に飲まないか?」

 振り向くだろうレウリファから手を遠ざける。

「いただきます」

 上半身を向けて答えてくれる。

「ニーシアの分も茶を作っていいか?」

「はい、お願いします」

 紙から視線を移していたニーシアが話す。

 土間に行き、玄関脇から地下室に入る。入口の板を全て外したため、明るさは問題ない。

 並ぶ棚は隙間が多く、食料や利用の少ない道具を収めた今でも、場所に余裕はある。

 奥の棚の足元にはダンジョンコアが隠してある。布をかぶせた木箱に手を伸ばして、中に触れる。溜まっているDPを感じる。


 ダンジョンを設置できれば、DPを使用して食料を生み出せる。

 雨衣狼3体と夜気鳥2体しかいない配下の魔物を増やす事で、探索者の活動も楽になるはずだ。生み出した魔物に指示を覚えさせれば、ニーシアも扱えるようになる。獣使いの探索者として討伐組合に認識されているため、獣魔が増えても問題はないだろう。

 使えない手段だ。

 ダンジョンを設置すれば周囲で迷宮酔いを感じるようになる。人が少ないこの地区でも誰かひとりが気付くだけで噂は広まる。魔物は脅威だ。城壁で守られている住民が放置してくれる事はない。王都の中に1つだけあるダンジョンは、討伐組合に管理されている。2つ目が残されるか確かでなく、壊されないとしても、触れる事はできなくなる。

 使うとすれば見つかるまでの短い時間。DPを溜める時間は無く、使い切る事になるだろう。自分が魔物を操れる存在だと知られた時に、王都から脱出する場合の助けである。

 地下室に隠しておけるだけ、身の安全を保つ事ができる。


 変化が無い事を確認して、布をかぶせる。

 部屋の手前の棚から壺を取り、地下室を出た。


 調理場に行き、茶葉の入った壺をかまどの端にのせて、棚から小鍋を取り出す。水道の水を注いだ後に小鍋をかまどにのせる。

 勝手口の脇に薪置きがあるため、外の薪棚に行く手間が省ける。貰った枝木をかまどのたき口で重ね、薪置きに置かれた壺から麦わらを取り出す。

 火打ち石で種火を作り、枝木に火を移せば待つだけになる。

 それぞれ2杯ずつ、一人でも飲みきれる量のお湯を作る。煮えたぎる鍋の水に、クテカの茶葉を詰めた布の茶袋を落とす。

 かまどの火は消えてもなお揺れ動く茶袋。染みだしてくる赤黒い色は、獣の解体を終えた後で床に溜まっている血に似ている。疲労も無く生まれる達成感。生きられるという虚勢が増す。

 お湯全体に透けのある赤が広がると、気が失せて冷静になる。

 茶袋をすくい取り洗面台に置く。袋は洗って再利用するが、出がらしの茶葉は捨てる。前回は料理に使われていたが、自分にその腕はない。そのまま食べられるか後で聞きたい。

 熱いクテカ茶を水差しに移し替えて、使い終わった鍋をすすいで軽く洗う。

 棚から3つ木の器を取り出して、水差しと一緒に運ぶ。


 食卓には2人が対面に座り待っていた。

 ニーシアは物語を読んでいたが、紙を持つ手を下げて、こちらを気にする。

「まだ熱いから、気を付けて飲んでくれ」

 器を並べ、水差しを置く。

 2人の返事を待たずに調理場に戻り、先に片づけをする。



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