8.ニーシアの住んでいた村
道を進んでいく。夜気鳥を飛ばす事で、進路上に人間がいないか調べさせる。
今回はゴブリンも多く連れているので、人が道を通る場合は離れた林に隠れなければいけない。人間でない存在に護衛をさせている自分を見て、襲われていると誤解される可能性もある。それ以外にニーシアが逃げ出す可能性も残っている。
村も森に囲まれているようなので隠れる場所には困らないそうだ。夕方には村に辿り着くとニーシアは言っていた。
日をまたいでの外出なので、ゴブリンには食料や薪を持たせている。自分は歩き慣れていないため、荷物は無い。
ほとんど変化のない道が続く。
周囲を警戒する事だけを考えて歩いていると、時々配下の鳥が戻ってくる。人間が先にいるという事も無く、慣れない道を歩く。
道の先に建物が見えてくる。軽く柵で囲われているのか、門が見えている。
「あそこに見えるのが私の村です」
近付くのを止めて、最初に夜気鳥を飛ばす。
「柵があるってことは獣が入ってくるのか?」
「はい、畑が荒らされないように取り付けられたものです」
村に異常が無ければ、村の中で夜を過ごした方がよさそうだ。明日は一日かけて村を調べるつもりなので、夜の間に獣に襲われる事は避けたい。
「明日は村の中で作業をするけど、大丈夫か?」
「……アケハさんは優しいですね」
偵察に向かわせた鳥が戻ってくる。他の気配は無い、という合図を返される。
「村の中に人はいないみたいだ」
「そうですか」
扉が開けられたままの門を抜けて村に入る。
木の板を組み合わせた家がそれぞれ離れて建てられている。ところどころで壁が壊れているが、このままでも住めそうな住居もある。
ニーシアの腕が震え、拳を握っている。村の中央に残る炭と灰。殺された村人は埋められたり、燃やされたりしたのだろう。血の跡も降った雨で消えたはずだ。
彼女が動き出すまで待つ。
「アケハさん、近くにいなくても、私は逃げませんよ」
振り返ったニーシアには、特に変わった様子はない。
「確認していない場所を見に行きましょう」
ニーシアの案内を受けて村を歩く。
村の中にある木のそばまで来るとニーシアがしゃがむ。
「木の根元に隠しておくんです」
立ち上がると、ルクス通貨が入った小さな袋を見せてくる。
「徴税官が来るときは村の人も真似をするんですよ」
盗賊に荒らされた後でも残っている物もあるらしい。明日は村の家をまわって運べるものを回収する。
「この村も私たち以外に人はいませんし、残った物は自由にもらって行きましょう」
村の物を持ち去る事に抵抗はないようだ。
村の大体の状況を歩き回って確認した時には、日も落ちてきた。食事の準備のためにもニーシアが住んでいた家に入る。
「すこし待っていてくださいね」
奥の部屋へ行くのを家の入口で待つ。
木が擦りあう音、布がかすれる音が聞こえた。
「アケハさん、どうですか、似合いますか?」
麻袋から着替えたようだ。
やや白めの亜麻服らしきものを内に、胸当てのついた前掛けを着ている。服も縫い目がしっかりしており、長く使える印象がある。肌の見える腕を振りながらまわると、ズボンの後ろへ手を回して、上半身をこちらへ傾ける。
「本当は洗礼の後に着るつもりだったんです」
姿勢を戻すと胸に手を置く、やや俯き視線を逸らしている。
「もう両親も居ませんから、そんな約束も無くなりました」
ニーシアの目が明るくなる。両親に対して思うことがあったのだろう。
「明日は忙しそうですし、今夜はこの家で休みましょう」
家の中を一通り案内してもらう。
目を覚ますと、布の敷かれた寝台から身を起こす。手のひらの砂の感触をふり落としてから、同じ寝台で寝ているニーシアを見る。
木で出来た寝具は動くと軋む音が鳴る。音を抑えるように立ち上がり、薄い掛布が腹の高さまで降りているのを掛け直した。
家の外に出ると習慣にしている棍棒の素振りを始める。昨日はかなり歩いたが筋肉痛になることも無かった。
井戸も生きている事は昨日の内に確認してある。
家の炊事場には火が付いている。調理道具も残っていたらしく、村長の家からも拝借してニーシアが調理をしている。使い込まれた様子の銅鍋に具材を入れて火にかけており、口ずさんでいる。
「もう少しで出来上がりますよ」
木の器に料理を移して持ってくる。良い香りのするスープで芋や野菜を刻まれ加えられていて、肉は持ち込みのものを使用したらしい。
温かい液体が喉を通る感触に驚き、熱いまま飲み込んでしまう。急いで水を含む。
「大丈夫ですか?」
「何ともない。熱いスープなんて飲んでいなかったからな。おいしいよ」
豆の風味が残った、とろみのあるスープだ。
「そうですか、作れて良かったです」
スープの味がしっかりしている分、慣れた味も普段より美味く感じた。離れたところで配下たちが焼いた肉や餌を食べている。
ニーシアに食器の跡片付けをまかせて、自分たちは家を回り荷物をまとめる。荷車やほとんどの食料は持ち去られていたが、衣類や農具は多く残っていたので集めていく。
ゴブリンにも背負子の他に、袋や籠を持たせるようにして運べる量を増やす。これだけ道具や物を持って帰れば、ダンジョン周りの資源も扱いやすくなり、暮らしも良くなるはずだ。
都市に行くことも考えて通貨が残っていないか探すが、自分では見つけられない。地面に埋めてあるものを掘り出せるニーシアに驚く。
家の中には血の黒が残っている場所もあり、この村で起きたことを教えてくれている。激しい抵抗をした痕跡が残る室内を、注意深く調べていく。
「ここの奥さんは煮豆を作るのが上手だったんですよ」
振り返ると作業着に着替えたニーシアがいた。一緒に物を探していると、家ごとに住人の話をする。人付き合いは広く、村人同士で協力していたらしい。
「4歳年下の子で、井戸の周りを走って怒られていました」
淡々と話している、死が身近にある環境だと、このようになるのだろうか。あるいは盗賊に襲われたことを思い出して、変調をきたしているのか。淡々と話す彼女の正気を疑ってしまう。
「会えたとしても、以前のように話はできませんね」
最期は彼女自身に言い聞かせるように呟いていた。
盗賊が持ち去らなかった物品は、床や地面に散乱していているものも多く、持ち帰る前に洗ってしまうことにした。特に衣類は乾ききった泥が付着しているため、このままでは袋に収まらなかった。井戸を枯らす勢いで水を使い洗浄してから、干していく。日も照っているため明日までには十分乾くだろう。
洗った衣類を乾くのを待つ間に日が暮れてきたため、食事の準備を始める。
「食料さえあれば、ここでも暮らして行けそうですね」
「洞窟よりは家具も揃っているからな」
大きな家具は運べそうになかった。ここで住む場合は、ニーシアの言った食料が問題になる。盗賊も戻ってくる事はないだろう。
「村が無くなるなんて、誰も考えられないですよね」
「そうだっただろうな」
この廃村に住むよりはダンジョンの方が安全だろう。自分たちだけで管理できる広さではない。人が移り住んでくる場合、会話ができない配下の魔物たちを村に近付けられなくなるだろう。
静かな村には自分たちしか居ないため、持ち帰る荷物を整理していく物音が目立つ。早く出発するために、調理の手間が少ないもので朝食を済ませた。
配下たちはこちらが動くのを待っている。自分も荷物を背負う。
「もう村には帰れないが、いいのか?」
今はもう廃村になってしまったが、ニーシアの暮らしていた場所には変わりない。
彼女が村に残りたいと言えば、ここで分かれるかもしれない。違う、自分には配下の魔物がいる。ニーシアの意思は、口外する危険を残す理由にはならない。彼女の意思を無視して、無理やり連れて帰るだろう。
「はい、あの洞窟に帰りましょう」
都市まで近いと聞いているが、人が来ない事が気になる。元から人の往来が少ないのか。向こうからこの村人しか使っていなかったのか。そんな事を考えながら歩く。
一日歩く距離にある村でも、意識すればダンジョンのある方向がわかる。迷う心配はしていないが、行きと同じ経路を使う。
人が道を通っている事もなく、道を外れて林を進んでいく。
「やっぱり、この洞窟はいいですね」
住処であるダンジョンまで帰ってきた。
自分が感じていた、ダンジョンの外特有の不快感も薄れていく。
「折角、布もあるんですから、最初にアケハさんの寝台を整えてしまいましょう」
そう言ってニーシアがダンジョンの中に入っていく。
疲れを感じさせない動きに、自分と彼女の体力の差を感じてしまう。
自分たちも中に入ると、背負っていた荷物を降ろして休憩をする事にした。