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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
79/323

79.展望



 数日分の食料や薪を市場で購入して自宅に着く、昼の鐘も既に過ぎており、夜まで2つしかない。

 玄関入ってすぐの場所には、昼前に運び入れた荷物が敷かれた布の上に置かれている。

 繋げるように奥に布を敷き置き場所を広げた後で、着ていた武具を外した。

 扉の前に荷車を停めて手渡しをするが、置き場所が少し離れているため、自分とニーシアの間に立つレウリファが忙しく往復する。

 調理場まで荷物が置かれる事が無かったため、調理の邪魔にはならないだろう。

 外出する用事もないため一階の窓を開けると、閉じた戸の隙間から漏れる程度だった外光が部屋を広く照らすようになる。

「食事を準備するので、アケハさんとレウリファさんは掃除をお願いします」

 自宅奥の窓を開けた、調理場の近くにいるニーシアから頼まれる。

「わかった」

 日が落ちた後に掃除はできない。調理場はニーシアに任せるとして、食卓と寝台を優先する。掃除道具を取りに土間まで歩いていくと、開いていた玄関の外に停めたままの荷車を見つける。

 レウリファは掃除に使う布や桶を持ってこちらに来る。

「荷車を片付けてくるから、レウリファは掃除を先にしていてくれ」

「かしこまりました」

 玄関近くでは出入りの邪魔になるため荷車を動かす。

 建物脇にある屋根だけの物置に停めた後は、荷車に残していた薪を薪棚に積む。壁が無く風が通るため。雨で風が強い日には、薪棚に布を被せておいた方が良い。隣に停まる荷車を解体するのは明日以降にしたい。

 物置の屋根を支える柱には荷車を繋ぐための細工がある。縄を結ぶ、くびれとでっぱりの部分に触れてみるが擦り減った感触は無く、指に汚れが付いた。

 庭に待機させていた雨衣狼達が柱のそばにいる。伏せて休む姿を見て、配下の魔物が使う寝床や便所を用意していない事に気付く。

 物置の屋根の下で眠らせる事を考えたが風除けの壁は必要になる。壁を張る手間があるなら、物置の隣に野営用の屋根を組み立てる事と手間や時間は大して変わらない。

 自宅に戻って荷物を見渡して支柱と紐を見つけ出したが、屋根に使うはずの布が自宅に運んだ荷物の下敷きに使われていた。

 別の布で代用した結果、予定より小さく雨除けにならない寝床になった。夜気鳥の留まる場所も寝床の隅にあるため、配下の魔物全員が夜を過ごす事ができる。

 次に便所を作るためにアメーバ達の入った樽とショベルを運び出す。魔物たちの寝床の近くに穴を掘って樽を裏返してアメーバ達を落とした。

 寝床も便所も即席であるため使い勝手が悪いが、今日だけは我慢してもらいたい。

 

 外の作業を終えて自宅の中に入る。

 調理場のかまどを使って料理をしているニーシアを一目見て、自宅の奥へ進むと、先に掃除を始めていたレウリファが寝台を整えていた。

 こちらが外で作業をしている間に掃除を済ませたらしい。

 寝台は3人で寝られるほど大きい。すのこ状の床板を隠すために布が数枚使われ、凹凸を消すためには厚く重ねてあるだろう。

 寝台を使わずに床で寝転ぶ方が手間がかからないはずだが、今は布に困っていない。配下の魔物用の寝床が作れた時点で他の用途も考えつかないため、寝心地が優先されても良いとは思う。

 話す距離まで近付くと、レウリファが体を向けてこちらを待っていた。

「寝台用の布を買う方が良いのか」

「お願いします」 

 寝台に敷くための布を買っておけば、探索者として活動するたびに寝台を整え直す必要が無くなる。

「その際に布団も揃えてよろしいでしょうか?」

 布団は保温に優れており、毛布を重ねて使うより軽い。管理の難しさがあり持ち運ぶ事はしなかったが、旅の間と違い、雨や地面の湿気で濡れる心配が無い。

「そうしよう」

 オリヴィア邸の客室にあった布団は、掛け敷き共に包み込まれる柔らかさがあり、慣れない空間であっても体を休める事ができた。

 庶民の店で売られているでも柔らかさは大きく変わらない。

 レウリファが寝台に一度振り返った。

「次はどこを掃除すればいい?」

「食卓とお手洗いと更衣室は先に整えました」

 こちらが外にいる間にレウリファは掃除をしてくれていたようだ。

 使えないほど汚れた場所は無いため、急ぐ必要もない。

「浴室はお使いになりますか?」

「いや、今日は止めておこう」

 普段通りに布で体を拭くだけなら必要はない。

 衣類の洗濯を行うとしても明日からであり、人目を気にせず水が浴びれる事以外に、用途が無い浴室の掃除は後回しで良いだろう。

「体を拭く時のお湯を用意おきたいな」

 冷たい布で体を拭くと眠気が消えてしまう。

 宿屋に泊まっていた時は厨房でお湯を貰えたが、ここでは自分で確保しなければならない。調理場の火を使うためにも、水を先に準備しておきたい。

「わかりました。調理を手伝った後で用意しますので、ご主人様は休んでください」

「そうか」

 一礼したレウリファが調理場に向かい、途中で分かれた自分は食卓の席に着く。

 窓を開けている状態でも調理場からの熱が届く。

 煮崩れるような少し粉めの芋の匂いには、食感よりも熱さが伝わる感がある。豆のスープに加えてあるらしいカラン油。若葉に似た香りが留まるように柔らかく嗅覚を覆い、他の具材の匂いを飽きさせない。

 隠し切れない家のこもった臭いは、長く暮らしていれば消えていくだろう。

 椅子に座ったまま、目を閉じて待つ。


 夕方の終わり。室内が暗くなる。

 灯火が欲しくなり席を立って玄関まで移動する。食事の盛り付けが始まっている調理場を見た後に荷物からランプを取り出す。容器にカラン油を注いだ後で調理場へ向かい、かまどで燃えている薪を運び、火を移す。

 食卓に戻り灯ったランプを置いた時に、ニーシアとレウリファによって食事が運ばれてくる。

 ニーシアが最後に席に着いた。

「少し暗くなっていましたね」

 ランプの灯りでニーシアの顔を照らされる。

「作ってくれるニーシアには助かっているよ」

 向けられる笑みが柔らかくなる。

「食べようか」

「はい」

 宿屋の明るさも人混みも無い。

 3人が食事を始め、目の前だけで音が聞こえる。

 食事を終えて食器を洗い終えると、就寝の準備を進めた。


 着替えを持って入った更衣室には、お湯が溜められた桶が置かれている。蓋はされているが伝わった熱で室内が温められている。

 持ち込んだ照明を脇にある棚に載せて、着替えを棚に預ける。

 脱いだ服を部屋の隅にまとめて置いた後で、桶の蓋を外す。

 湯気が見える水で濡らして、温まった布で体を拭う。

 桶に蓋を乗せて、腰掛けを買う事を覚えながら寝巻を着える。

 照明を残して部屋を出た。

 更衣室より暗い居間へと進み、食卓の方を見るとレウリファが立ち上がる。

 自分が来た道を譲るとレウリファが近寄ってくる。

「腰掛けを用意した方がいいかもしれない」

「明日も市場の方に向かいますか?」

「その方が良さそうだな」

 レウリファが通路に入るのを確認して、自分は食卓に向かう。

 壊れている家具は無いため処分の手間は省けている。足りない家具を買いに行く必要があるが、街の方に向かう機会は何度もあるため、深刻には考えていない。

 椅子に座ると、浮かない表情の、ニーシアが隣に見えた。

 膝にのせた寝巻の上で手を合わせている。

「温まった体が冷えてしまいませんか?」

「そうだが、先に寝てしまうのも悪いと思った」

 薄暗い場所に一人残しておく事は避けたい。

「私が寝巻になる頃には、寝床を温めていてくださいね」

「わかった」

 窓明かりに頼っているのは、節約を考えているのだろうか。薪を燃やし切るために残していた、かまどの火が消えてから時間は経っている。

 話題は無く、顔も覗かずにいた。

 つかの間の無音が消えて、レウリファが通路から現れる。

「体を拭いた後は隣に寝ますから、アケハさんも寝台で休んでいてください」

 一言告げて立ち上がったニーシアが、通路へ進んで姿が消える。

 扉の閉まる音を聞いてから、自分は寝台に向かった。


 寝台の中央に移動して寝転ぶ。

 レウリファは玄関から箱鞄を運んでくると、部屋の隅に置き道具を取り出す。

 寝台に腰掛けて背中を見せているが、腕が静かに動く様子が見える。

「首輪を確認してもいいか?」

「お願いします」

 身を起こして膝で歩く。

 レウリファの背後に寄り、首へと手を伸ばす。

 肩にかかる程度の後ろ髪を避けて、喉の方から首輪に触れた。

「問題無いな」

 魔道具の首輪に十分な魔力が溜められている。忘れずに確認している間は問題ないだろう。

「はい、首輪の管理は怠っておりません」

 背後を許しているレウリファからは、こちらを殺すような考えを感じられない。首を絞められた時も、こちらに対しての殺意は抱いてなかったらしい。

 今触れている首輪が無ければ、殺されていた事は確かだ。

「あの、ご主人様。いかがされましたか?」

 伸ばした手にレウリファの手が重なり、肌へと押し付けられた。

「いや、何でもない」

 手を抑えながら引いてレウリファの元から抜け出す。

「毛繕いを手伝おうか?」

「よろしければ、お助けください」

 櫛を受け取り、寝転ばせたレウリファに毛布をかけた。

 腕で支えながら軽く持ち上げて、毛並みを整えていく。

 毛繕いを終えて道具の片づけをした後は、レウリファに就寝前のあいさつを済ませ、寝台で仰向けに寝転ぶ。

 ほどなくニーシアが照明を持って現れ、寝台脇の机に置いて、火を消す。

 ニーシアが寝台に上がり、自分の毛布に潜った。

「おやすみなさい」

「おやすみ、ニーシア」

 狭い寝台でも落ちた事はない。寝相が多少悪くとも、両隣に迷惑にならない程度の間隔は保っているため、気にせずに眠る。



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