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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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77.ニーシアの要求



 取り出した歯磨き道具は壊れている。

 先に詰めてあった毛束が外れ、木の棒となった歯磨き棒。今朝壊れ、予備があるため後回しにしていた。替えの物を荷車から持ってこなければならない。

「歯磨きを取りに行ってくる」

「はい、……あ! 壊れていましたね」

 ニーシアの返事を聞いてから寝台から立ち上がる。レウリファも聞こえただろう。

 壊れた道具を部屋のごみ箱に捨ててから、部屋を後にする。


 宿屋の裏庭まで出て馬車小屋に向かう。夕食後も客が泊まりに来る可能性はあるため、

小屋は施錠されていない。

 小屋の中を進み、借りた馬車部屋に入って荷台を探る。

 日用品の予備は荷車の持ち手側にまとめて置いてある。明かりは持ち込まなかったため暗いが、ほろ替わりにかぶせた布の隙間に腕を伸ばし、歯磨きの替えを取り出せた。

 替えの道具が壊れていないか確かめた後、部屋の扉を閉じてかんぬきを戻して鍵を閉める。

 馬車小屋から離れて、明るい宿屋の建物に移る。

 部屋の鍵を宿屋側に預けてから、階を上がり、宿泊部屋に戻ってきた。

 扉を叩き、入る声に返事が来た事を確認してから、部屋の中に入った。


 ニーシアとレウリファは着替え終えて、寝巻姿になっていた。

 毛繕いの手を止めたレウリファも、ニーシアと同様にこちらを見ている。

 何かを待つような目線を向けられているが、忘れている事はないだろう。

「今戻った」

 言い切った後で、自分の寝台まで動いて腰を下ろす。

 座った横に置かれている寝巻は、部屋を出る前に鞄から出したものだ。

「おかえりなさい、アケハさん」

 ニーシアが隣に寄ってくる。

「歯磨きをしますか? それとも体を拭きますか?」

 部屋の真ん中に移動された机には置かれた2つの桶はそれぞれ使用前と使用後の水が溜められている。今日は衣服の洗濯をしないため水は普段より余る。

 ニーシアから問われたが、残っている水の量を考えると、どちらかを諦める必要はないはずだ。

「どちらもするつもりだが」

「はい、わかりました。……うん?」

 驚くニーシアが頭をひねる。

 短い言葉をいくつか散らした後で、

「あ! そうですね、レウリファさんも手伝ってください」

 レウリファの方へ振り向いた。

 顔を向けられたレウリファが毛繕いの道具を置いて、立ち上がり、こちらに寄る。

「ご主人様、失礼します」

 自分でするのではなく、される側だったらしい。

 ニーシアに呼び寄せられたレウリファが正面脇に立つ。

「自分でするから手伝う必要はない」

「しても嫌いませんか?」

 2人には多くを頼ってはいるが、足りない部分を補ってもらいたいだけだ。たが、仮に望んでいない体の管理を任せたとして、自分に影響があるだろうか。

 2人に対して警戒もしておらず、現に2人も武器を持っていない。意識がある間はレウリファにも対応できる。身に危険がおよぶ可能性は少ない。

「嫌う事はない、……はず」

 探索者として活動を始めると2人の負担は増える。王都までの野営のように疲れを癒すだけの余裕のない睡眠時間になるかもしれない。今の間に好きな事をさせた方が良い。一時的なものだ。

「私がしてもいいですか?」

「今回だけ頼む」

「はい、わかりました。先に歯磨きからしますね」

 ニーシアが靴を脱ぐと、寝台に上がる。


 背後へ回り込まれ、持っていた歯磨き道具が手から抜き取られる。

 隣に座ったレウリファが顔を向けてくる。手に水の容器がある。

「ゆっくりと体を傾けてください」

 背中はニーシアの手の支えもあって、時間をかけて傾けていく。

 太腿に頭が乗った後で、ニーシアの衣服に視界が遮られた。

 姿勢を直したニーシアが今度はこちらを見る。

「口を開いてください」

 頭を反らして口を開ける。

 ニーシアの寝巻が目の前でゆれる。

「舌を回している時があるので、食後でも思っていたより綺麗ですね」

 こちらを覗くニーシアの手が額を撫でてくる。

 舌を回す癖がある事は気付かなかった。

「歯の外側から磨いていきますね」

 立てられた先端が口の中へ差し込まれていく。避ける気を抑え、近付く手を見る。

 下の奥歯に毛束が当てられ、細かく動くニーシアの手。磨かれる歯の裏では、口内の粘膜が擦られて頬が動く。

 磨かれる位置が手前に移ると、道具の向きが次第に横へと変わり。視界から去った手が再び戻り、持ち方を変えて差し込まれていく。

 加減は変わり、手の動きに戸惑いがある。手鏡を持って自身の歯を磨く時とは、違いがあるだろう。

 反対の奥歯まで届いた後は、動かす向きを変えて始点に戻った。

「アケハさん、舌を退けてください。うまく当てられません」

 ニーシアの邪魔にならない場所に舌を下げて、動く様子を眺める。

 噛み合わせの部分を磨くようになると、時々見えるニーシアの顔に余裕が生まれていた。

「これで終わりです」

 上の歯も磨かれて、ニーシアの手が離れた後に身を起こした。

 レウリファが水を持っていたため、含んで口内を巡らせて、立ち上がる。

 机に向かう間に、顔を傾け、舌で歯をなぞり、歯を洗った水を桶に出す。

 駆けつけたニーシアが使った道具を洗う。

 歯磨きの道具の個人で分けてあるため、拭き終えた道具が鞄に入れられた。

 向き直ったニーシアは笑顔で、隠し持っていた布を見せ、近寄ってくる。

「今度は体を拭きますから」

 話すニーシアから寝台へと下がる。

「ご主人様、こちらへ。どうぞお座りください」

 振り返ると、今度はレウリファが寝台の上で待っていた。

 

 ニーシアが運んできた桶に、布数枚と2人の手が漬けられる。レウリファに上半身を脱がされると、2人で協力し素早く拭かれていき、体が冷えない内に寝巻を着せられた。

 お湯は時間も経っていたため湯気は見えず、温められた布や手は人肌ほどだっただろう。伸び始めた爪は切られなかったが、指先まで丁寧に、下半身も残らず拭かれた。


 2人は水を捨てにいったため部屋を出ている。排水溝は通路の端にあるが、同じ階であるため時間もかからず戻ってくる。

 体を拭く際に使われた布は、部屋の中に3人のものが分けて干されている。


 就寝の準備を2人任せたが、普段と違う状況に慣れず、普段以上に疲れがある。

 複数の場所を触られる事に目が追い付かず、ニーシアとレウリファとわかっていても、死角に回された腕がいつ危害を加えてくるか警戒していた。

 対処できるだろう相手でさえ目を離せない。布一枚すらない状態は論外に、守りに自信が無い状況で他人と会う事は、相手が無手であろうと避けるべきだ。

 自分が人間か確かでないため、素の体を見られる事で人間に無い異常が見つかる可能性がある。自分の異常を他人に知られ、気付かない間に逃げ場を失う経験はしたくない。

 ニーシアとレウリファはこちらが異常である事を知っているが、生活を急に壊すような事はしないだろう。不自然な行動や特徴があれば注意してくれると考えている。

 体を拭かれたという今回の経験から、外見では人間らしくない部分を簡単に見つけられない事が推測できる。

 2人でなければ自分の身を預ける事はしなかっただろう。今の生活をする上で欠かせない存在になっている。


 寝台に寝転んでいると扉の叩かれる音が聞こえ、ニーシアとレウリファの2人が帰ってきた。

 ニーシアが空の桶が壁際に置いてから、自身の寝台に座る。レウリファは机を移動させてオイルランプを灯すと、途中で止めていた毛繕いを再開した。

「アケハさん」

「ニーシア、どうかしたのか?」

 向くと、毛布を肩からかぶっているニーシアが顔を向けている。

「私の行動を、迷惑と感じませんでしたか?」

 こちらが行うはずだった歯磨きと体拭きを、任せるように迫った事だろう。

「思ったが、助かった事はある」

 ニーシアが嬉しそうに頬を緩める。

 窓よりもオイルランプからの光が強いのか、揺れる明かりがニーシアの顔に届いている。

「あと一つ迷惑をかけて良いですか?」

 目線が下げられているため、普段より弱っているように見えた。

 ニーシアの胸の前、交差して毛布を掴む腕が隠れる。

「何がしたいんだ?」

「体が冷えてしまったので、アケハさんのすぐ隣で眠りたいです」

 毛布から出て作業をしていたため当然体は冷える。あくまで口実だろう。

「寝ている間に落ちないでくれ」

 せまい寝台で2人が寝ると、寝返りでも落ちる危険がある。

「ありがとうございます」

 静かに寝台を移ってきたニーシアが、毛布を重ねて潜り込んできたため、こちらも身を倒して毛布の隙間を減らす。

 寝返りで落ちる事を防ぐようにに、寝台の外に体を向けると、レウリファが毛繕いを続けていた。



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