75.王都の住宅紹介:後編
便所と更衣室がある通路を出る。
正面には寝台が置かれている。玄関からの視線を防ぐ壁はあり、棚や机が置かれている。
壁には窓もあり、目覚めた時に日光を一番に浴びる事ができる。
そんな大きな寝台が1つ。3人が並んで寝られる。
「上の個室にも一人用があるけど、この家の寝台はその2つだけだね。……まあ、増やす場合は手前は空いているし、2階にも空きがあるよ」
アンシーが自分たちを通り抜ける。
便所や浴室に向かう通路の横、建物の隅にある階段に向かう。
「次は2階だね」
アンシーを追いかけて、階を上がった。
「まずは、部屋の紹介だったね」
2階は家具が少なく、板間が大きく広がっている。
外に繋がっている正面の扉から離れて、一階の土間側に進む。
離れて2つ扉がみえる。
「手前が客室で、奥が書斎だね」
そういって客室の扉を開けて、中を勧めてくる。
棚と机と寝台、宿屋の1人部屋という具合だ。窓は2か所あり、片方では王都の景色が見られるだろう。
「……風が通りやすい部屋だね」
アンシーも見た目以上の説明が無いらしい。
隣の部屋は両側に棚が並び、奥に机が置かれた書斎だった。本を使わない人なら、地下室と同じように物置代わりになるだろう。
アンシーの説明も同じような内容だった。
「最後は物干し場だね」
部屋を出て、最後に残した扉から出る。
石の床で手すりの付いた物干し場は、日が良く当たり風も良く通る。
ここから望む景色には、王都の一部と城壁、外の自然がある。
少し離れた隣の建物でも同じ景色を楽しめるだろうか。
「この地区からは、王都が変わっていく様子が見えるのが良い。一日の変化もいいけど、ここ十数年でも、一帯の屋根の色が変わったり鐘塔が増えたり、大きな変化は沢山あったよ」
アンシーは手すりに触れながら、こちらを向いている。
「この住宅の説明はこれで終わりだ。家探しで協力できるのは、ここまでだね」
話を止めたニーシアとレウリファが、アンシーに顔を向けた。
「まだ他の地区を見物する予定はあるのかい?」
「いや、ここで最後だ」
「そうか、なら私は下に降りておくよ。紹介している間は会話も長くできなかったはずだ。3人で話し合う時間を作った方が良い」
アンシーが客室のある方に顔を向ける。
「都合良く長椅子も置かれているし、王都を眺めながら楽しむのも良いと思うよ。飲食も多少は問題ない」
長椅子が壁に寄せて置かれていた。
「遠くから観察するから獣魔の事は安心して構わないよ。大丈夫、決して触れない。何なら上から監視しても良い」
アンシーは言い終えると扉を進み建物の中に去った。
扉を開けた時に一度だけこちらへ振り返っていたが、その表情は分からなかった。
ニーシアもレウリファも離れる様子はない。
「とりあえず、座ろうか」
「はい、そうします」「お隣に失礼します」
背負っていた鞄を足元に降ろして、真ん中に座る。隙間を残して2人が両隣に座った。
視界の手前に物干しの柱や手すりが見えるものの、広く自然が見える。
「都市で生活した事が無かったから、良い家を選べる自信がない。二人はどの家が良かったか教えてくれないか」
ダンジョンに暮していた時とは生活が違う。
広い自然は無く、配下の魔物に狩りを命令する事もできない。食料や薪を買う機会は増え、人間と接する時間が長くなる。
長く暮らす場合は管理の手間も考えなければならない。
一つしかないダンジョンの時と違い、家は多くから選択できる。違いのある中から一つを選べるが、優先すべき項目がわからない。
自分が持っている基準は、2人に比べれば粗雑なものだろう。
どの家を選んだとしても、料理の際に荷台を押して食器と食材を運ぶ手間は無くなる。
「この地区の3軒に絞って比較していいですか?」
「そうしてくれ。獣魔が動ける広い庭があるのは、この地区だけだった」
配下の魔物でも夜気鳥は空を飛べるが、雨衣狼は走る場所がない。
2人に譲れない条件はこれだけだろう。
「2軒目の住宅は3人とも個室を持てる部屋数でしたが、居間や寝室まで区切られていて掃除や移動が面倒だと思います。人を雇わない限り、馬車小屋まで扱いきれません」
ニーシアの主張だと、2軒目の家は不適らしい。
掃除をせず長く放置された家はほこりや土が積もる。今居る建物もそうなっていた。探索者のように城壁の外へ向かう人は、家に戻れない期間が長いため、掃除の手間は少ない家の方が良い。
「レウリファはどう思う?」
「ニーシアさんの意見に同意します。この住宅については獣魔が動ける広い庭はありますが、眠る場所を用意しなければなりません」
1軒目は住宅のすぐ隣にあった小屋で荷車を預け獣魔も休める広さがあった。
「確かにそうだな」
この建物も獣魔が過ごすには問題がある。
小屋が無いため、家の中か外で眠らせる必要がある。
足しか汚れない夜気鳥は家を広く使えるが。雨衣狼の場合は腹回りが土で汚れるため玄関近くにいてもらいたい。
排泄場所は外と考えると扉を常に開ける事になるが、盗難や強盗の危険が増すだろう。
「風雨を防ぐなら布を張る事はできないか?」
旅の間も雨を防ぐために屋根を張っていた。長期間、設置する場合は風も防ぐように組む事もできるだろう。
「できます。……ですが、獣魔が増える場合は小屋がある方が良いと考えました」
レウリファの言う事は理にかなっている。
「獣魔が増える可能性か……」
こればかりはレウリファでも想像ができない。
ダンジョンを操作できる自分なら、勝手な判断で獣魔を増やす事ができてしまう。
こちらの考え次第で適した家が変わってしまうため、レウリファも選びきれないのだろう。
「増やす気はないな」
ダンジョンを設置する事自体はどこでも可能だが、少し離れた場所に住宅があるため、迷宮酔いを感じる範囲に人が立ち入る可能性がある。
迷宮酔いと呼ばれる、ダンジョンに誘われる感覚には独特な快感がある。ダンジョンを知る探索者でなくとも違和感を覚える程度には感じるだろう。
ダンジョンが周辺に存在する王都なら、迷宮酔いの噂が流れるだけで、ダンジョンに慣れた探索者が噂を確かめに来ても驚かない。
ダンジョンから魔物を生み出す気は無いし、深紅の鳥のように寄ってくる事は少ないだろう。
「可能な場合は答えるから、聞きたい事があれば質問してくれ」
「個人的な理由でも構いませんか?」
遠慮を含んだニーシアが目を伏せて話す。
「構わない」
膝に置かれた両手の指が動いているのが見える。
「1軒目も2軒目でも、庭が道に広く接しているので、道を歩く人の視線が届きそうで怖いです。この住宅なら奥まった場所にあって道からは直接見られません。隣の家の住民でも顔を知れば少しは安心できると思います」
「それなら、この住宅に決めるか」
気が休まる場所の方が良いだろう。自分は視線が向けられる事に警戒してしまう。避けたい条件は似ているだろう。
「レウリファも個人的な意見があれば教えてくれ」
一緒に暮らす以上、レウリファにも聞いておいた方が良い。不満を残していても困る。
「私も周囲からの視線は気になるので、この住宅が良いです」
旅の間も他の獣人を見ていない。
レウリファは兜をつけないため獣人の耳が目立つ、視線も集まるだろう。
「そうか、この住宅を買う事に決めて、下に降りようか」
2人の返事を確認して、長椅子から立ち上がる。
建物に入り1階への階段を下りた。




