表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
72/323

72.不純な気持ち



 討伐組合から宿屋までの道も半分を過ぎた辺りだろう。

 街灯と建物の間を進んでいると時々、外側の道を馬車が走る。探索者が獲物の積まれた荷車を押す姿が見えないのは、正門以外から討伐組合の建物に向かうためだろうか。

「アケハ、他の国に行った事はあるかい?」

 隣にいるアンシーが話しかけてきた。

 資料館でも探した事はない。この国の地図の外は知らない。

「一度も無いな」

「資金が要るけど見物した方が良い、違う点があると面白いよ」

 王都にも慣れていない、行くとしても相当先か、逃亡先になるか。

「魔物、食文化、宗教観、寿命、美的感覚、獣魔、自然環境、……意識できない事でも記憶には残る。後々実感できる事もあるから、違いを経験しておいて悪い事は無い。まあ、価値観が壊れる事が少なくない事は問題かもしれない。それでも演じれば解決する」

 アンシーも価値観の違いを意識して演じているのか。

「具体的には言わないけど、宗教の違う国に行く事を勧めておくよ。壁の外を歩く力が無ければ難しいけどね」

 光神教以外の宗教でも洗礼はあるのだろうか。魔物の侵入を防ぐ場合でも魔法は必要ではない、洗礼の無い国もあるかもしれない。

「アンシーが特に印象的だと思った事は何なんだ?」

「それは……、言葉の意味が経験の差で変わるだろうけど、まあいいのか……」

 アンシーが考え込むような、うなる声を続けている。

 最後に落ち着いた頷き声を出した。

「言語もそうだけど、あの空気は今でも思い出せるよ。慣れない自分が異物だと思い込んで疲れていたけど、慣れていた事に気付いた時の高揚感……というのかな。変われる自分に期待が持てた。根拠のない自信が得られるんだよ」

 異物感なら自分は感じている。

 ダンジョンを操作でき、洗礼を受ける前から魔法が使え、生み出した魔物に命令できる。同じような存在はまだ見た事が無いし、聞いた事もない。

 似ているかもしれない魔族という存在も、断定できるほどの知識は持っていない。


 アンシーは、先ほど握手に使った腕を浮かせて、手を開閉させている。

「本当に力も無くて何もできない時には、……私を頼ってもいいよ。外に連れ出すだけなら造作もない。その後は保証できないけどね」

 手の動きを止めて、こちらを振り向いた顔には、笑みは無い。

「その一度だけだ。以降は手を貸さないよ」

 周りの騒音も、ニーシアとレウリファの声さえ聞こえない。先ほどまであったはずだ。

 異常だ。アンシーの対応も、獣使いの探索者だから助ける、という事ではないだろう。何か知られているのか、討伐組合がこちらを調べたのか、アンシーが知らされている可能性もある。

 アンシーから顔を背けられない。

 止めていた口を動かす。

「それは、……助かると言っていいのか?」

 視線の先、目が丸くなる。

 歩いているアンシーは顔を背け、手で目を覆い隠して、笑う。

 歯の閉じた、溜めたような笑いは、聞き慣れていない。

 手をどけて、口を開けて笑うようになったアンシーが顔を上げ、こちらを向いた。

「いい、……いいよ。生き残れて来れて、楽しい事は多くないとね。たまには」

 言葉を強めた、耳に残るような声が届く。

 アンシーが普通の探索者では無い事はわかる。何であるかを確かめる方法は無い。聞き出そうとすれば機嫌を損ねる可能性はある。

 今アンシーから攻撃されれば無傷ではいられない。配下の魔物も連れておらず、武装をしているが戦えるのはレウリファだけだ。そのレウリファでも対応できないだろう。

「私はまだ、何も知らないよ。何かを隠している君が話してくれるまで待つから。今のところは君と私だけの秘密だ」

 周囲の音が近付いてきた。


「確か、アケハが身に着けている使役の指輪も、最初は国の外から輸入された品だったはずだ。今では国内で生産されているけど、品をたどってみると意外に外の物が受け入れられている」

 購入した使役の指輪はゴドの民が作ったものだ、と奴隷商人は言っていた。国内であれば討伐組合の資料館に資料があるかもしれない。

「向こうは光神教とは違ったはずだ。国外の資料は手に入らないから、直接行って楽しんできたらどうかな、その時はみやげ話を頼むよ」

 アンシーが満足するような話があるだろうか。道中で出会った魔物を覚えておけば、獣魔好きであれば興味があるかもしれない。

 先の事を想像しながら道を歩く。


 宿屋についたため、宿屋の主人に鍵を貰って、裏庭の獣魔小屋に向かった。

 鐘の音は2回目が過ぎており、住民も家を出ている時間だ。裏庭には誰もいない、獣魔を遊ばせても問題ないだろう。

 獣魔小屋に入り、自分が借りた部屋から配下の魔物を連れて、裏庭に出た。

「ああ、雨衣狼だ。触れてみてもいいかい?」

 裏庭に待たせていたニーシアとレウリファと異なるもう一人。アンシーは両腕を持ち上げおり、こねる動きをする指がこちらを向いている。突進する事は無いらしい。

「危害は加えないでくれ」

「もちろん」

 アンシーの方へ向かう。

 連れてきた配下の魔物の様子、自分の肩に乗せた2体の夜気鳥は別として、雨衣狼達の動きが悪い。自分を陰にしてアンシーから逃れようとしているように見える。

「奴に触れられたくなければ、俺の後ろに隠れてくれ」

 ルトとシード、2体の雨衣狼は明らかにアンシーを避けている。

「ヴァイスは構わないのか?」

 黄色い布を巻いた雨衣狼、ヴァイスが隣の方に来るとこちらを見上げる。

「嫌だったら逃げていい」

 ヴァイスはアンシーの元に歩いていく。

 アンシーがこちらに顔を向ける。

「触れても?」

「慎重にな」

「わかった」

 アンシーはヴァイスの顔を見ながら、警戒させない動きで、地面に膝をついた。

 地面から浮かせた手に、ヴァイスが近寄るのを待ち、ヴァイスの口の高さに徐々に合わせていく。ヴァイスは手をわずかに避けて近寄り、アンシーの手が首に届く。

 おそらく触れているだろう。

 アンシーの表情は緩い。細目で口角を浮かばせ、優しい笑みが見える。

「いい触り心地だよ、きっと毛質も良いだろう」

 変わらずヴァイスの方を見ている。

 さらに寄った雨衣狼の体に、腕がそえられる。

「うん、気持ちいいよ。整った強い毛並みだ」

 腕ごと動かして、背中の毛並みに触れている。

「体調を気づかう余裕があるんだね。いいなあ」

 ヴァイスは体を預ける事はしないが、逃げる様子は見られない。アンシーの撫で加減が良いのだろう。

 両手を使いヴァイスの顔や背中へ手櫛を流す、アンシーを眺めた。


「十分に堪能できたよ。ありがとう」

 アンシーが手を放すと、ヴァイスがこちらに寄ってきた。

 下げてあるこちらの手に頭部をこすり付けてくるヴァイス。垂れた尻尾は揺れている。

「ありがとう、ヴァイス」

 ヴァイスに感謝の声をかけておく。通じているかは知らない。

 アンシーの方は立ち上がり、衣服を軽く振り、はたく。手で膝当ての汚れを落とした。

「雨衣狼に触れたのは初めてだが、よく手入れされているね」

 先ほどまで部屋に閉じ込めていたために、雨衣狼達の毛並みにはゴミが付いている。ヴァイスの体に残る、麦わらや土ぼこりをアンシーは気にしていないようだ。

「時間がある時には彼ら自身で直していたし、櫛を使う事もあった」

 ヴァイスの後頭部を手で揉む。

 人間一人分の大きさを持つ獣なら、近寄られる事に脅威を感じるのが普通だろう。

 見知った獣魔でも無い初対面に近い関係のはずだが、アンシーは慣れた様子で、ヴァイスの全身の動きを確かめながら撫でていた。

「櫛が使えるのは獣の特権だね。彼らが慣れてくれるまでは大変ではなかったかい?」

 アンシーの話を聞きながら、ヴァイスの耳周りを指で遊ぶ。

「いや、従順だった。むしろ、俺の方が慣れていなかった」

「そんな事もあるのか。まあ、私が触れる事を許したぐらいだから、あり得ない話でもないか」

 ダンジョンが生み出した存在が、普通の魔物ではない可能性はある。

「ついでに触れさせてくれた彼女の名前は?」

「ヴァイスだ」

 黄色の布で覚えているため、布が外した場合は見分けが付かない。布を洗う場合も時間を分けて対応しているが、一度に洗う事態もあるかもしれない。それぞれの名前で反応してくれる事を期待しておこう。

「ヴァイスか、……良い経験だったよ。ありがとう」

 アンシーはヴァイスの方を向いて話したが、ヴァイスはこちらを見上げていた。

 かがんでから両手を使ってヴァイスを撫でる。首を自由に動かし体も寄せてくるため、向けられた部分を満足してくれるまで曲げた指で揉みほぐす。

 横向きに腰を下ろしたヴァイスの各所に残るゴミを落としながら、軽く撫でていく。

 ヴァイスの顔がアンシーの方を向く。

「あー、うん。私も未熟だったよ」

 ヴァイスは持ち上げた顔を降ろして、地面へ完全に伏せる。

 このまま撫でていてもいいが、忙しいままでは触れ合う時間も少なくなる。家探しの用事を終えた時に獣魔たちに応えた方が良い。

 撫でる手を止めて、ヴァイスの体から離す。

「ヴァイス」

 声をかける。ヴァイスが伏せた身を起こし、邪魔にならない横へ移動した。

「よし! 終わったみたいだし出発しようか」

 アンシーの提案に従う。

 裏庭にある水場で手を洗った後に、獣魔を連れて宿屋を離れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ