71.アンシーの予想
6日間で選び出した地区の見物と不動産屋を訪問し終えた。
不動産屋に行く前に数も絞られたが、紹介された物件自体も満足できるものでは無かった。
建物は集合住宅が大半で、地区によっては獣魔の受け入れもできないという結果だ。それでも人混みや道の狭さ等を妥協して、数か所の候補が残している状態にはなった。多くない候補も他の移住者に先に契約される可能性が残っているため、決めるなら早い方が良い。
ニーシアとレウリファも、良い家が見つかる可能性を諦めきれていない。
獣魔登録の際に世話になったアンシーの伝手も借り、最後に山側の地区にある不動産屋にも行く事に決めた。
朝の鐘がなる前に宿屋の食堂に下りて、普段より食事を早めに終えて、宿屋を出発した。
家探しの間、配下の魔物は連れていない。獣魔だろうと危険な魔物に変わりない。歩く人が距離を取り、通りの混雑が増すような事態は避けたい。
配下の魔物を獣魔小屋から出したのは、夕方前後の鐘一つ程度で、その短い時間で普段以上に運動する雨衣狼と焼き鳥達の様子を見ていた。
長く閉じ込めている事に申し訳ない気持ちがあるため、今以上に妥協する可能性はある。盗難を心配して荷車を確認する機会が減るほどだった。
アンシーがいるだろう討伐組合の本館に入る。
受付に並ぶ探索者の姿はなく、応対の職員も少ない。
掲示板の辺り、少ない探索者の隙間から依頼書が残っているのが見える。王都に定住するようになれば依頼書を見る機会もあるだろう。
酒場の方へ進む、並ぶ円卓は空いているものが多い。奥の壁側の座席には、掲示板の辺りを見る武装の無い数人。依頼人か、あるいは戦闘役以外の探索者かもしれない。
深い青色、円卓に伏せているアンシーに近付く。眠るには適しているのか、壁際だが中ほどに位置している。入口近くの円卓は利用が多いため避けたのだろう。そばまで来ると騒音が遠く感じる。
アンシーが身を起こして、こちらへ向いた。
「やあ、獣魔はいないのかい?」
「宿屋に預けてある」
「雨衣狼を獣魔登録する際には、お世話になりました」
ニーシアが横から話すと、アンシーが間延びした声をだす。
「あー。まあ、いいよ。近くで見れたから。……という事はこれから向かってもいいのかい?」
口約束だったが覚えてくれていたようだ。
「頼む」
「向かう前に君達の宿屋に一度戻ろう。環境を好むかは獣魔を連れて行かないとわからない」
アンシーが眠気の感じられない、よどみない動きで立ち上がる。
「宿屋に向かう間に、獣魔たちの話でも聞こうかな」
武器も鞄も持っていない探索者は他にいないだろう。服に武器を隠している可能性はあるが、緩めの外套の中は、太腿を出すような守りの薄い服装だ。
討伐組合にいなければ探索者と考えられない。魔法があれば防具が不要という事はないはずだ。アンシーが休業しているという事は本当なのだろう。
「こらこら。私の肌を覗くぐらいなら、そばにいる妙齢の子を誘いたまえ」
円卓を離れて立っていたアンシーが呆れた表情で話す。
「いや、探索者に見えない服装だと考えていたんだ」
「そう……見えるのか」
アンシーが自身の体を見る。
背中を確認するように体をねじり、外套の前を広げたり、靴まで確認している。
「まあ、戦闘は嫌いだし、戦えると思われなくていいか」
考え込むような腕を組んだ姿勢から、片腕を外に放った。
組合の設備を容易に破壊する相手だ。加えて戦闘が出来ないとは言っていない。
「それに、一人逃げるくらいの備えはある。気づかう程度で構わないよ」
腰を叩く動きをした後、止まる。
「そういえば、自己紹介はしていなかったか」
首を傾けたアンシーが姿勢を正す。
「アンシー=バベルだよ。こう見えて20年は探索者を続けている。年齢的に引退も考えているから、良ければ、暇な時に話し相手になってくれ。生活にうるおいが増す」
アンシーが胸に置いていた手を差し出してくる。
老いた外見ではない。自分より身長は低いが、年齢も低いと言われたとしても嘘とは考えられない。
長年探索者をしているなら、同業者や魔法について教えてもらえる可能性があるだろう。
自分の年齢は知らない。レウリファと同程度と考えているが確認する手段を知らない。
「……ああ、とうの昔に廃れたものが形式的に残っているんだ。アンシーと呼んでくれ」
こちらが考え込んでいた事を気にしたアンシーが告げた。
家名があるが貴族として活動していないらしい。
「アケハだ。探索者になって1年も経っていない素人だ。今後も頼る事があるかもしれない。その時はよろしく頼むよ、アンシー」
アンシーの手に握手を返す。
敵意の無い表情をしたアンシーの口が開く。
「うん……、長い付き合いになる事を期待しているよ」
言い終えたアンシーが手の力を抜いたため、こちらから手を放した。
「君達も教えてくれないか」
前に出たニーシアにアンシーが体を向ける。
「ニーシアです。アケハさんに命を救われてから、一緒に暮らしています。探索者になっていない子供の身ですが、よろしくお願いします。アンシーさん」
「よろしく、ニーシア。長く暮らせる家を紹介するつもりだけど、十分に確かめて欲しい」
アンシーから手が出される。
「はい、期待します」
握手を終えたニーシアが下がり、今度はレウリファが向かう。
「レウリファと申します。アケハ様の奴隷で、護衛をさせていただいております。この度はお力を貸していただき、ありがとうございます。アンシー様」
「君の主人とも君とも、悪い関係になるつもりは無いから、安心してくれ」
アンシーから握手を誘われてレウリファが受ける。
「ありがとうございます」
「私は気にしないから、普段通りで構わないよ」
向かい合う2人は、目の高さも合っている。
腕が降ろされ、レウリファから離れた。
「ようし! これで出発できるな」
こちらに向き直したアンシーは片手を腰に当て、笑顔を作る。
「さあ、アケハ。私を獣魔の元へ連れて行ってくれ」
獣魔を見た途端に暴走する事がないと思いたい。獣魔に怪我はさせないと思うが、宿屋の修繕費用を払ってくれるだろうか。
並ぶ円卓の横を進み、建物から出る。
自分たちが離れていく建物に向かう探索者たち。その視線が、一度は隣のアンシーへ向けられる。
「昔は女の探索者もそれなりにいたのに、どうしても男だけが多くなる」
歩く間にアンシーが話し始めた。
「筋力で負けても、魔法という隠し持つ武器があった。今の社会に移ったのは女の一派が強かったからだ。今は安定を望む人が増えているけど、いい指標になると思うよ。」
今の社会ですら多く知らないが、昔に男女の関係で変化があったのだろう。
「どういう意味なんだ?」
「異質な存在がまぎれ込む状況に慣れたら終わり。群れは惰性に弱いんだ」
アンシーが顔を向けてくる。
「私は獣使いが増えて欲しい。この国では難しいけどね」
別の国ではすでに獣使いが増えているのか。
「人間と魔物の違いは、男女の違いと比べれば、異質すぎるのか」
「いや、まだ用途が定まっていないだけだよ。それに魔物という分類では個体差が大きすぎる。魔石を持たないという分類なら、人間も道端のねずみも同じ扱いになってしまう」
魔物自体は資料では細かく分類されているが、一部しか獣魔として適していない。それを確かめている段階なのか。
「獣使いと獣魔が今より細かく分類されて、認知されれば社会にうまく組み込める。人間も魔物も個体差があって、慣れるには時間がかかりそうだけどね」
アンシーの顔は道の先に向いている。
良くわからないが、獣使いが増える時期がくれば、獣魔が暮らしやすくなる可能性があるのだろう。
宿屋に向かう道では視界の一部を埋める城壁が見える。橋もすでに通り過ぎ、細かく見なければ変化のない景色だ。
鐘の音が鳴り、終えた後も歩き続ける。




