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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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70.ニーシアの予想



 討伐組合は川の近くにあり、自分たちの宿屋は川を渡った王都の正門側にある。

 今歩いている石橋の下を流れる川には太い橋脚が並んでいる。大勢の人や馬車が通れる丈夫な橋は幅もあり、上流の方にも橋が見える。

 橋から曲がった川沿いの道。その脇にある階段を下りた人が、川の水に触れる様子もなく、橋の下に隠れた。

「レウリファ、橋の下に何があるかわかるか?」

「断言はできませんが、下水路への通路が設けてあると考えられます」

 王都中の下水が集まるなら臭いも強いだろう。自分は感じないが、レウリファは気付いているのかもしれない。

 石敷きの模様は変わり、橋を渡り終えた。

 時間を告げる鐘の音の、7ある内の3が鳴った頃だ。

 日の半分はあるものの、家を探すには半端な時間だろう。

 大通りと比べて人の通りが悪い、城壁に接したこの道にも、飲食店や屋台がある。数少ない店は宿屋や住宅から目立つ外観だが、ニーシアとレウリファも立ち寄るために声をかける事は無かった。

 時々、城壁や建物に目を向けながら宿屋まで歩いた。


 宿屋に帰ると、まず初めに配下の魔物を預ける。

 ニーシアとレウリファを宿泊部屋に送った。自分も装備を外して一度休憩をした。

 部屋を出て、宿屋に頼んで獣魔の餌を買う。先まで連れていた魔物たちに与えた後は、荷車に積まれているアメーバ達の元に向かう。

 馬車を預ける小屋に移動する。

 宿泊客の馬車が置かれる各部屋には、盗難を防ぐための鍵が取り付けられている。開錠後にせんぬきを動かし、自分が通れる幅だけ片側の扉を開けて部屋に進む。

 2つの荷車にかぶせてある、ほろ替わりの布は以前の状態を保っていた。それぞれの布をめくり荷を軽く確認し終えて、樽の一つのふたを外す。

 樽の中に詰められているアメーバが死んだ様子はない。

 ダンジョンに居た頃より食事の量は減っているが、求めたり控える仕草が無い。食事の適量が分からない彼らだが、まとまって詰められている今は、個体の境目さえわからない。

 アメーバ達が樽の半分ほどまで埋まってきている。数日後には樽を逆さにして、底にある残留物を抜き取った方がいいだろう。

 食事を樽の中に入れて、ふたをのせた後は、荷車を元の状態に戻す。扉のせんぬきと鍵を閉めて、馬車小屋を後にした。


 宿屋の一階で便所に入る。区切られた個室は2階にも並んでいる。

 性別を分けて入口が設置されているが、排泄する先は同じ下水路に繋がっているだろう。ダンジョンにいた時はアメーバに処理をさせ、一部を除いて、埋め立てていた。王都ではどう処分しているのだろう。肥料として利用したり、焼却して埋めたり、これまでの村では場所によって処分方法が異なっていた。都市規模ではさらに別の方法があるかもしれない。

 海綿で洗い、便座に水を流した後は、手を洗い便所を出た。


 宿泊部屋に戻ると、自分の寝台の横に机が移動していた。鞄も近くに置かれ、王都の地図が広げられている。ニーシアとレウリファは隣して地図に顔を向けていた。おそらく家探しをしていたのだろう。

 近寄るとニーシアが寝台から立ち上がる。場所を譲られたため机の正面に座った。

 地図の上には大きさの異なる魔石が5つほど置かれ、地図の外に余りもある。

「どこに向かうか決めていたのか」

「はい、アケハさんを待っていました」

 答えたニーシアが隣に座る。

「魔石が置いてある地区を見物していくのか」

「はい、選び出している途中でした」

 選んだ地区を実際に見物をすれば、絞り込まれてくるだろう。

 2人が選んだ地区は、大きな通りから離れた場所しかない。

 教会から距離がある事を都合がいい、と考えているが過剰に避けている可能性もある。ニーシアが洗礼を受ける際に同行するとすれば入口手前までにしておこう。

「王都の貧民街や貧困区がどこにあるかわかるか?」

「危険地域に含まれると考えていました」

 ニーシアは話す間に、レウリファが手にしていた別の地図を横に広げてみせる。

 大通りに接していない、建物に囲まれているだろう場所に点々と存在しており、王城の背後にもあるが、ダンジョンをおおう形に危険地域が広く示されている。

 王都内に唯一存在するダンジョンは、今日向かった討伐組合とアンシーが勧める地区を直線で繋いだ間に位置している。

「ダンジョン周りが危険地帯なのは当然なのか」

「魔物が溢れ出る場合を想定したものと考えております」

 このダンジョンに一度は向かう様に、と討伐組合が提案していたため、問題が起こる事は少ないかもしれない。

「ダンジョンが原因だとしても危険地域は避けておきたいな」

 貴族街とその近くには危険地区が書かれていないが、身分も資金も足りない。


 休憩をしながら相談して見学する地区を選び出していく。

 選び終えた地区は王都の全体から見れば小さいものだが、歩くと数日かかる数ではある。

 宿屋を変えず時間に余裕を持たせる事を前提にして、見物する順番を決めた。

 途中で鐘の音は何度か鳴っていたが、作業を終えて休んでいた今、夕方を告げる鐘が鳴りだした。

 宿屋の食事を終え、再び部屋に戻ると眠る準備をした。

 部屋の中に干してある衣服は、明日の夕方までに十分乾く。

 

 レウリファが毛繕いをする間は照明を灯しておく。

 自分はニーシアの寝台に近寄る。

「ニーシア」

「はい、アケハさん」

 こちらを見ていたニーシアが場所を譲るような動きをしたため、隣に腰掛ける。

「洗礼を受けなくていいのか?」

 都市クロスリエにいた時は、教会が壊れていたため洗礼は受けられなかった。王都に移った今なら、王都の教会で洗礼を受けられるだろう。

 ニーシアがこちらの顔を見て止まっている。

「それは……迷っています」

 ニーシアが顔を下げた。

「教会に行けば洗礼を受けられる事は知っています」

 太腿に置いてある手の甲に、ニーシアの指が触れる。

「洗礼を受けた方が強くなれる事も知っています」

 洗礼を受ければ、魔道具や魔法が使えるようになる。討伐組合で出会ったアンシーも血が広がるような怪我を治していたし、それ以前に出会った探索者も炎を出したりしていた。

「それでも受けたくないんです」

 ニーシアの手に手首から持ち上げられて、同じ向きの手が横に並ぶ。

「アケハさんは洗礼を受けないのですか?」

 洗礼を受けられない。

 洗礼を受ける前から魔道具を使え、ダンジョンから生み出した魔物に命令できる。

 自分が魔族であれば殺される可能性がある。魔族でない証拠が見つかるまで教会に近づきたくない。

「今はしないが、いつか受けるかもしれない」

「そうですか」

 こちらの手を時間をかけて下ろす、ニーシアの抑揚のない語るような声。

「洗礼を受けて大人になれば、仕事を探す事ができます」

 両手に掴まれる。

「今より生活が良くなる可能性もあります」

 ニーシアのふとももにのせられ、彼女の顔がこちらを向く。

「それでも、アケハさんから離れる方法を増やしたくないです」

 こちらの手が体の方へ引き寄せられる。

「一人は嫌ですよ、家で待つなんて耐えられません」

 ニーシアが寄りかかってくる。

「自分が王都で働くようになれば、きっと他人に頼る事になります」

 肩に顔を預け、腕を抱きしめてくる

「弱気になった私が、アケハさんの事を話してしまうかもしれません」

 胸を一度だけ強く押し付けてきた。

「私を自由にすれば、悪い事ができる……いえ、きっと起こしてしまいますよ」

 ニーシアがゆっくりと姿勢を戻して、こちらに体を向ける。

「魔物に指示するようになった事も、戦力として役に立つためです」

 向けられたニーシアの顔は普段より眉が下がり、一瞬、威嚇するような目線を向ける。

「これからは戦闘訓練もします。ですからダンジョンに、一緒に連れて行ってください」

 上目づかいになったニーシアの声に抑揚がある。

 家を得た場合のニーシアの扱いを考えていなかった。ニーシアを家に残す場合、配下の魔物を分けられるほど戦力に余裕は無い。

 ダンジョンに入ってその日に出てくる事は少なく、ダンジョンと家との往復の時間もあるだろう。

 長期間離れるため家に貴重品の大体は残せない。ニーシアを一人にして知らない間に他人と接触させるよりは、連れて行った方がいいかもしれない。

「一緒に戦ってくれるなら嬉しいよ」

「ありがとうございます」 

 ニーシアが配下の命令を行う事になれば、自分の役割は減る事になる。

 王都ではダンジョンを設置できないため、ダンジョンの操作ができる事は自分の強みにならない。王都から離れてダンジョンを設置したとしても、防衛のために移動できず、ダンジョンに慣れた探索者に狙われてしまう。

 再び放棄する事を前提に配下の魔物を増やした場合でも、食料の確保が問題になり、獣魔として管理しきれる数でない可能性もある。

「俺の方が戦力にならなくなるのか」

「レウリファさんと獣魔たちの主で、私より力強いですから気にしないでください」

 ダンジョンにいる間も荷物持ちになるらしい。

 レウリファだけが戦うという、最初の予定と比べれば、配下の魔物がいるためレウリファの負担は減るだろう。

「洗礼を受けたくない個人的な理由できてしまいました」

 ニーシアが笑顔で言う。

「今私が洗礼を受ける場合、もしかするとかなり痛いかもしれませんから」

 悪い事をすると洗礼の痛みが増すという迷信だったか。

「いや、先に言ってくれたなら悪い事ではないだろう」

 脅された形だが、助けられたのはこちらだろう。

 顔を向けたニーシアが少しの間だけ見開いた。

「そう思ってくれますか」

「そう思っている」

 頷いた後は自分の寝台に戻り、レウリファの手繕いを待って寝た。



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