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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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69.道楽者



 討伐組合の本館裏には裏庭があり、そこで獣魔の確認を行った。

 受付嬢から頼まれた命令内容は単純なものが多く、ニーシアでも指示できるものだった。

 待つ、呼び寄せる、特定の方向に向かわせる。それに加えて、途中で行動を止めさせる事ができれば十分らしい。

 獣魔の役割は戦闘以外にも、運搬、偵察、愛玩などがあり、役割とは別に、登録をする時の組合によっても命令内容が異なるとアンシーが教えてくれた。

 最後の確認として、逃げるアンシーを襲わせ途中で止めさせる、という命令内容を受付嬢に頼まれ。硬化、治癒魔法が使えるため頭さえ守れば何とかなる、と防具を着けたアンシーも同意。命令内容が危険であるためニーシアではなく、自分が命令する事にした。

 ルト、ヴァイス、シードが一斉に走り出して、逃げるアンシーへ素早く迫ったが、追い詰めたところで引き返させる事ができた。

 アンシーは無傷を喜び叫び、膝立ちになって両腕を空に掲げていた。


 獣魔としての能力確認を終えた後は、本館の裏口を通り、元居た相談部屋に戻った。

「獣魔の印を持ってくるので待っていてください」

 受付嬢が奥の扉から部屋を出ていく。

 椅子に座って待つ間、何もする事が無い。

 対面で休んでいるアンシーは布の多い服を着ている。激しい運動には適していないだろう。

「獣魔との関係は良さそうだね」

「そうなのか」

「見たところではそう感じるよ」

 配下の魔物たちの気持ちはわからない。名前を付けた後も個性に気付く事があっても、個体の気分までは分かっていない。

「獣使いとして優秀な部類だし、獣魔も賢い」

 単純な命令をした程度で、優秀か判断できるのか。

「君は笛を使わないのかい?」

「使っていない」

 音を鳴らして獣魔に指示をする獣使いもいるのだろう。

「命令する手段は複数用意した方が良いよ。騒音に囲まれて、言葉をつかえない状況もありえる。音以外でも、身振り手振り、直接触れて指示する者もいる。遠距離から指示する場合は光も有効だね」

 他の獣使いは、自分たちよりも工夫を重ねているらしい。

「他の探索者と協力するなら、細かい命令を覚えさせた方が良い。弓や魔法の支援を受けるなら必要な能力だろう。相手の注意を引かせたり、あるいは罠に誘導したり。こればかりは獣魔との相性があるから限られてくるけどね」

 自分が配下の魔物に命令する際は、話し言葉と魔物に命令する言葉で2種類を選べる。

 魔物に命令する言葉は、ダンジョンに関係しているため、探索者として活動する間に使うか決めていない。細かい指示ができるという利点もある。

「過去には変な獣使いに出会う事もあったよ。命令した言葉の意味と獣魔の行動が合っていないのは興味深かった。同じ命令でも、毎回違う言葉を使っていてね。飛べ、後ろ、爆発、なんて関係のない言葉で命令するんだ」

 王都であれば、ダンジョンを目的に遠くの探索者が集まってくる。その中には獣使いもいたのだろう。住んでいた土地によっても獣魔とその扱い方に違いがあるのかもしれない。

「人間を相手にするなら有効な手段だと思うよ。相手が最初に混乱するのは当然。気付いたとしても言葉に意識が向いてしまう。隠れて命令するより面倒だろう。ついでに命令を受けた獣魔は餌を貰っていたよ」

 聞こえた相手が混乱するなら、仲間も慣れるまでは混乱していただろう。

 アンシーが話を終えて腕を椅子の近くに戻した。


「あー、仕事が少なくて暇だ」

 ダンジョンとは関係ない仕事をしているのか、時期が限られているのか。魔物を狩る仕事ではない可能性もある。

 アンシーが腕を持ち上げ、指無しの手袋を付けた手を向かい合わせた。ほぐすように、それぞれの指を細かく動かす。手の開閉を繰り返した後、最後に腕を上に広げて背伸びをした。

 高いうなり声を終えたアンシーは姿勢を落ち着かせる。

「うーむ、事務処理だけは時間がかかるか」

 夜気鳥は知らないが、雨衣狼を獣魔にした者がいなかった事が関係しているかもしれない。そうでない場合とも変わらない可能性はあるが。

 床に置いた背負い鞄には地図が入っている。見る間に受付嬢も戻ってくるだろう。

「王都の生活には慣れたかい?」

 アンシーから声がかかる。

「いや、まったく慣れていない」

 2日目だ。王都に入った時が夕方近くだった事を考えれば一日も過ごしていない。

「どこに住んでいるか教えてくれないか?」

 覗き、つきまといを行うために聞いている可能性がある。今の宿屋を伝える事は避けた方が良い。

「……宿屋を移動しながら滞在するつもりだ」

「組合の宿泊所だと獣魔は預けられないから、そうなるよね。獣魔を預けられる宿屋は高いし、獣使いには暮らしづらい都市だよ。王都は古い建物も多いから仕方ないか」

 こちらの居場所を詳しく知る気はないようだ。

「宿屋で暮らしていける資金はあるの?」

 あるなしと問われるなら、あると答えられる。ただし、他人に話す事ではない。資金を正確に教えたとしてもこちらが滞在する宿屋を見つける事はできない、と思いたい。

「稼ぎがない状態でも、しばらくの間、滞在できる資金は持っている」

「そうか!」

 アンシーが即座に反応する。

「家を買うつもりはないかい?」

「考えた事はある」

 探す予定はあったが、まだ相談もしていない。

「王都で獣使いに適した家は少ないよ。獣魔とはいえ魔物がそばにいるのを好まない人もいる。建物の大体は、密集していて中の部屋もせまい。獣魔が身体を動かす場所は無く、騒音で疲れる場合もある。一軒家を探す場合も、探索者に適した門近くは空きが少ない」

 探すのは難しいという事だろうか。

「獣使いに都合がいい地区があるんだ。王都でも低い側は平坦で建物も密集するから人気だが、反対の城側は貴族街の印象もあってか、寄り付く人が少なくて騒音が少ない」

 王都に住み慣れた人の意見は参考になるはずだ。

「参考にするから場所を教えてくれないか?」

 鞄から地図を取り出して、机に広げる。

 王都は城壁で歪んだ円形に囲まれ、奥に城があり、手前に一番大きな門がある。左右の門は中央より下にあるため、城側に住む場合は不便ではある。

 上から流れる2つの川は王都を3つ縦に切る様に進み、半分を過ぎたあたりから左右に広がる形になっている。王城の下、貴族街は両側の川まである。

「この辺りだ」

 腰を上げ前傾になったアンシーが指で示す。

 貴族街から左へ向かい、川と城壁の間に指を当てている。

「高低差や市場から離れている事は普段暮らしには面倒だが、長期間外で活動する探索者なら影響が少ない。食料を買い込めば往復する機会も減らせる。城壁近くで門は近い。道は広く、貴族街から離れているため馬車は少ない。一軒家で庭付きが多い。さあ、どうだ!」

 実際に歩いてみないと想像はできないが、その地区の不動産屋には寄ってみよう。

「ありがとう。参考にするよ」

「向かう時には私を連れて行った方が良い。紹介の方が信用されるだろう」

 アンシーが地図からこちらへ向く。

 片目を一度閉じ、口角を上げ笑顔を見せる。

「こうみえて顔は広く、良識人として覚えられているからね」

 アンシーが地図から指を離して、机に寄った体を椅子に戻した。

 討伐組合の設備を壊す事は良識とは思えない。

「当分は酒場か資料館で寝ているから、獣魔……は入れないか。揺すって起こしてくれれば、不動産屋についていくよ」

 当分がわからないが、数日は問題ないだろう。


 奥の扉が叩かれる音。

 後に受付嬢が盆を持って入ってきた。

 机に置かれた盆から、獣魔の印と書類を受け取る。

 書類は持ち歩くか家に保管する者で、獣魔の印を紛失した場合の再登録に必要で、新規登録の場合より料金が少なくなるらしい。

 獣魔の印は、指の長さも無い小さな札だった。鈍い茶色をしており、指で叩くと硬く鈍い音がする。両端に紐を通す穴があり、見える場所に巻いたり、取り付けるものらしい。

 雨衣狼は首に巻いた布の上に巻けるが、夜気鳥は場所がない。聞いてみると、小さい獣魔には取り付けず探索者が持っていて良いそうだ。

 用事を終えたため、部屋を出て討伐組合を後にする。



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