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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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68.鍛えられた体



 討伐組合の本館、その入口の横には2階への階段と脇の通路がある。

 脇の通路を進んだ先には小部屋が並んでおり、個人依頼を受け取る際に利用する、と受付嬢は教えてくれた。

「扉を壊したのは今回が初めてです。普段は受付台にぶつかっていましたから」

 先ほど酒場から突進してきた者の事だろう。獣使いが来るたびに血を流しているのだろうか。

「獣魔に襲われた時も平気でしたし、大丈夫ですよ」

 問題行動をしているが、探索者としての活動を禁止されるような行動はしていないらしい。レウリファに助けてもらわなければ、自分が最初の事例になっていた可能性はある。

 並ぶ手前の部屋に入る。

 机と椅子があり、そこへ座る。椅子には布が張られており、座った感触は硬くはない。詰め物が少ないため沈む柔らかさではない。左右にいるニーシアとレウリファも部屋を見渡している。

 奥の扉は職員が使うものだろう。

 対面の椅子に受付嬢が座る。

「要件は何ですか?」

「移住してきた事の報告と、連れている魔物の獣魔登録をしたい」

「探索者か確認したいので、識別票をもらえますか?」

 首から外して前の机に置く。

 受付嬢は机の下から、小さな紙と筆記具を取り出していた。

 前傾姿勢のまま識別票の文字を書き出す。

「クロスリエからですか。移住目的を聞いても構いませんか?」

 識別票で登録した都市も分かるらしい。 

「王都にあるダンジョンに入ってみたい」

 数ある都市の中で王都を選んだ理由の一つだ。

 受付嬢の姿勢が戻される。

「なるほど。今まで移住された探索者の多くと同じ理由ですね。王都にいる探索者の仕事は大体が迷宮整備ですから、飽きるほど入ってもらえますよ」

 王都周辺には6つのダンジョンが存在している。これらからの襲撃を防ぐために、内部の魔物を減らす事が王都の探索者の仕事になっている。

「最初は王都内のダンジョンをおすすめします。最奥まで攻略されているダンジョンで、比較的安全な構造をしています。入口にある出張所で探索者の講習を受けてください。自然環境と異なる危険に慣れるという理由もありますが、一番重要な事は、管理されているダンジョンでの規則を学ぶ事です」

 先に資料館でダンジョンを調べるつもりだが、討伐組合の講習も受けた方が良いようだ。

「ダンジョン内にある、整備された道や建物への破壊行為は重罪で、荒らした探索者は拘束され、探索者という立場も当然失います。知らない間に犯罪を行う事がないように、協力をお願いします」

 自分がダンジョンを操作する立場だとして、建物を建てられて魔物を殺されている状況を放置するだろうか。収納機能で建物を消す事も可能で、戦力を集中させて壊す事も考えられる。

 ダンジョンも個性があって機能も異なるのだろうか。あるいは人間側で防いでいる可能性もある。

「ダンジョンについて私から話せる事は以上ですが、質問したい内容はありますか?」

 一間置いてから受付嬢が話した。

「いや、何もない」

「でしたら、次は魔獣登録ですね」

 受付嬢は部屋のすみに伏せる雨衣狼達を見る。

「見覚えの無い魔物なので、資料を確認する間、待っていてもらえませんか?」

「お願いします」

 資料にない魔物は獣魔登録できない、という事態を想定していなかった。王都内や他の探索者がいる場所で、連れ歩く事ができないとなると、探索者としての活動をレウリファだけに任せる事になる。

 王都を離れて活動する場合、ニーシアは王都で待つ事ができるが、主人である自分はレウリファについていく事になる。配下の魔物を連れず、身を守れない自分にはレウリファの守りが要る。そんな状況で魔物と戦うのは、レウリファの負担が大きい。


「いいや、お嬢さん! 私が来たからには安心していい」

 背後の扉が開く、と同時に声が届く。

 振り返ると、先ほど扉に突撃して倒れていたはずの探索者が部屋に入ってくる。

 前髪に汚れはないが、落としきれていない血の跡が服には広く残っている。

 腰に手を置き、胸を張った背後で、長い髪がゆれた。

「私の出番だと思わないかね!」

「ええ、そうですね。しっかり働いてくださいね」

 受付嬢の強く張った声が通った。

「アンシーさん。もうこの方々に突撃する気はないのですね」

「飽きたとも! ……扉には」

 言葉は途中から弱くなり、顔を背けている。

「あれは思ったより強度が無かった」

 部屋の中、配下の魔物がいない側を歩く。

「厚みを持たせるか鉄芯を入れた方が良い」

 片手を持ち上げると、拳を握り少し振る。

「他の扉もそうだが、暴徒が来た時なんかに防ぎきれない」

 机の横まで来る。腕は振り払われ拳が広がった時には、もう片方の手を胸に当てていた。

 受付嬢の方に顔を向け、た真剣な目をしている。

「そんなわけで、支部長には内密に処理してくれると……お姉さんは喜んで手伝うよ」

 受付嬢の舌打ち。

「分かりました。隠ぺいの意思がある探索者という事も報告しておきますね」

「いつも通り、飲み物とお菓子は出してね」

 アンシーと呼ばれた探索者は、言い終えた後、その場に崩れ落ちた。

 静かになった部屋内を見渡す。


 崩れ落ちて表情はわからない探索者。

 レウリファは机の横を無表情で見ている。

 ニーシアは、振り向いたこちらに気付いた後で、笑みを浮かべる。

 受付嬢は首を左右へ動かす。

 机の横から物音が出る。


 机に手をついたアンシーがもたれるように体を起こす。

「よし、……これで後処理は終わった。君たちの手助けができる」

 その場に立ち上がったアンシーは受付嬢の隣に座った。

 受付嬢が動き、空けた隙間をアンシーが埋める。

 舌打ち。

「いやあ。珍しい魔物が見られて少し興奮しただけだよ、少し」

 アンシーが机に置かれた、紙と筆記具に触れた。

「灰色の毛並みと背中にある一筋の黒。やや引き締まった足……とは反対に胴体がね、うん」

 アンシーが何か言いよどむ。

「この魔物は雨衣狼だ。雨の多い環境に広く生息していて、濡らすと灰が暗くなる。群れで活動する事が多く。強力な顎は人間の骨を容易く砕くため、現地の探索者は罠を仕掛ける事で個体数を減らす。獣魔にした例は過去に無いが、罠を学習する知能もある。こうして近くにいても襲われない時点で獣魔としては十分だ。試してみる機会が生まれたのは良い事だろう」

 落ち着いた口調で説明を始め、最後は隣にいる受付嬢に向けて話していた。

 何かを書き終えたらしい紙を受付嬢が受け取る。

 アンシーが机に両手をつく。

「その中でも、彼らは特殊個体だ! 何せ……」

 再び言いよどんだ。

「いや、野生というには体付きが違う。長距離を移動しながら生活するため、足も優れている。人間の速力を優に超え、馬でも勝てない。逃げる際に荷馬車を囮に使う事はいい手だ、数体は引き付けられる。走りに強いが跳躍力が弱い。代わりに追跡能力は高い。嗅覚も良く、足音も小さい。崖や壁を登らずに回り込んで襲い掛かる。そんな魔物だ」

 アンシーの顔が、雨衣狼達を一度見た後、こちらに向けられる。


「そう! そんな個体の中でも、彼らは!」

 途中で言葉を切ると、腰を椅子から持ち上げた。

「わずかに幸せ太りをしている」

 アンシーの隣、音。


「アンシーさん、業務妨害で口を縫い合わせますよ」

 受付嬢から平坦な声がでる。

「この後は裏庭に行こう。獣魔にできるか確認する。その間、護衛はするさ」

 顔に手を置いた受付嬢からのため息は重い。

「仕方ありませんね」

 首を振り終えるとこちらを向く。

「広い場所に移動しましょう。獣魔が指示に従う事を確認させてもらいます」

 全員が立ち上がり、受付嬢の案内に従って歩く。



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