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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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67.獣使いの災難



 教会の2度目の鐘も鳴り終えても、城壁沿いの通りを歩いている。

 討伐組合に近づくほど違和感が増してくる。

 同じ通りを歩く探索者の視線。

 こちらを見た後に仲間同士で顔を合わせ会話をする探索者たち。

 離れているため内容は聞こえないが、他の集団でも同様の行動が見える。自分たちに関係している可能性は高い。

 魔物を扱う獣使いを嫌っている可能性もあるだろう。あるいは獣人を連れている事か。彼女だけは革兜を着けていない。

 討伐組合の施設が遠目からわかる。武装をしない人間が少なく、探索者が多く行き交う。

 それでも、都市クロスリエの時より探索者の数が見えないのは、王都内のもう一か所の施設に集まっているからだろうか。獲物を持ち運ぶ探索者も多くない。


 討伐組合の総合受付がある本館近くでは、明らかに不審な様子が多く見える。

 入る事をためらう者。建物の中に戻る者。こちらに対して反応が無い者もいるようだ。

 建物から出た一人の探索者がこちらに気付き、近づいて来る。

 前留めの革鎧の上に、収納のある胴衣を着用している薄髭の男。色あせ、小さな傷、擦った痕跡。使い込んだ様子が見える装備は、男の動きを妨げていなかった。

「そこの探索者。悪い事は言わない、今は建物に入るのをやめた方がいい」

 目の前に来た男が伝えてくる。

「理由を教えてくれないか?」

「……もしかすると、他の都市から移ってきた探索者か?」

「ああ、王都には初めて来た」

「そうか、移住なら報告する必要があるか」

 別の都市から移住してきた事実は隠しておきたかった。

 ダンジョンに暮らしていて探索者を数人殺している。自分たちが暮らしていた姿を覗いた他の探索者が、魔族と考えて追跡してくる事も考えられる。

 魔族が魔物の襲撃を起こす危険を考えれば、事前に対処したいと考えるはずだ。

 ダンジョンには特定できる痕跡を残さない事を気をつけていたが、都市クロスリエの近くに魔族らしき存在が暮らしていた事は判明する可能性はある。


 都市クロスリエから逃げてきた事実を隠すために、探索者として新たに登録する事は考えた。ただ、洗礼印を確認される可能性があるその手段は選べなかった。

 指空きの手袋をはめている事も、手の甲を見られる事態を避けるためだ。


 男は小盾を持たない方の手で頭をかく。

 言い悩んでいる様子でわずかに顔をうつむけ、首を動かしている。

「酒場の方にはお前の仲間を近づけるな。関係する言葉も言わない方が良い。声だけは絶対に上げさせるな」

 顔を動かした男の視線が、配下の魔物を示している。

 他の探索者を警戒させる距離には近づかないが、獣魔に関係する言葉が言えない理由がわからない。

 獣魔であっても魔物を近寄せたくない探索者であれば、見るだけでも問題だろう。

「ひとまず、忠告に従う事にするよ」

「そうしてくれ。組合もその方が助かるはずだ。……言いたくは無いが、嫌なら王都を離れる事も考えた方が良い」

 魔獣について組合側も気にしているのか。

「あいつとの相性が悪くて去った者は何人もいた。悪い奴ではないが灰汁が強くてな、軍が介入する事態も何度かあった」

「ありがとう」

 通りの方に歩き去っていく。

 このまま入口の近くで立ち止まるのも、探索者に迷惑だろう。

「ニーシア、レウリファ。入ろう」

「はい」

 総合受付のある本館に入る。

 獣魔登録をするために雨衣狼と夜気鳥を連れていきたい。関係する言葉を言えないなら見せるしかないだろう。


 依頼書の貼られた掲示板、受付とその反対にある酒場。埋まるほどではないが、酒場の席は多く使われている。

 受付に並んでいた探索者がこちらを見て列を離れ、受付業務をする組合職員もこちらを注視している。

 一番手前の受付に向かう。


「何だって俺がいるときに、来るんだ。こっちは負け続けてんだ」

「絶対に起きるなよ。目はふさいでおけ」「違う、耳だ! 鼻も、首もしめろ」

「縄で巻きつけろ!」

「お前らも机の上を片付けろ」

「おら! 前にいる奴は、射線をあけるか、盾を持て。まきこまれて死ぬぞ」

 酒場の探索者たちの会話が届いてくる。


 探索者が居なくなった受付に着く。

「他の――」

 ――都市から移り住んだ、と言い切る事は無く、

「静かに! ……すみません、奥の受付に来てもらえませんか」

 話を遮った受付嬢が立ち上がる。

「ひとまず、奥の部屋に行ってからでお願いします」

 受付の机をはさんで建物の奥に案内される。

 端に扉がある間取りは都市クロスリエの本館で見覚えがある。奥の扉には相談用の個室があるのかもしれない。


1つ大きな音。

視界の外。物が倒れる。鈍い、硬い、様々な音。

木が割れ、鉄が打つ。

人々の怒号、悲鳴。

その中でも響く、高い声。

連呼される、獣、もふもふ。

喜び叫ぶ、声が近い。


「いけない! 避けて!」

 音に振り向く前、扉のそばの受付嬢が叫ぶ。

 下がれば連れにぶつかる。

「ご主人様!」

 引っ張られ、盾を構えたレウリファと入れ替わりになる。


 視界を横切った、青い一閃。

 続く、破壊音と乱風。

 

 弾かれたレウリファを受け止め、一緒に床へ倒れ込む。

 静かになった建物内を見渡す。

 酒場の手前側から一直線に跡が残っている。

 床に転がっていた探索者は身を起こして、周りの探索者と同じように散らばった道具を片づけ、職員は掃除道具を持ち出して細かな破片を集め始めた。

 柱の砕けた掲示板が、隣の無傷な掲示板に寄りかかっている。

 

 雨衣狼が顔を寄せてきた。

 腕を伸ばし、黄色の布を巻いた雨衣狼の頭を指で撫でる。

 ニーシアに夜気鳥を預けていなければ、巻き込まれていたかもしれない。

「レウリファ、怪我は無いか?」

 自分の上に倒れるレウリファの様子を聞く。

「はい、怪我はありません。衝撃も大きくありませんでした」

 レウリファが上から退いた後に、自分も起き上がる。

 端にある扉は奥へ開かれており、半分ほど欠け、血痕もついている。

 扉の前に移動して部屋の中を確認する。部屋の中央には、机の両側に椅子が置かれいる他、隅には本棚や収納棚、わずかに装飾もある。

 それらの手前、扉の破片の上にうつ伏せに倒れた存在。

 広がった濃い青髪は首元辺りでまとまり、幅のある白の髪留めが目立つ。頭部の辺りから血の流れが見え、木床の隙間を進みだしている。

 様子を確認するために部屋に入ろうとすると、横から伸ばされた受付嬢の腕に止められる。

「まだ、安心できません。近づかないようにしてください」

 受付嬢は目の前まで移動して道をさえぎった。

「怪我をして血が流れていたのに問題ないのか?」

 あのまま血を流し続ければ死ぬ可能性もある。

「安心してください。あの程度で死ぬなら、百を越える始末書は作れませんよ」

 疲れ笑顔の受付嬢が部屋の中に振り返る。

「アンシーさん……。修繕費用は請求しますから。部屋の掃除はしてくださいね」

 倒れた存在からの返事は聞こえない。

 受付嬢の向きが戻る。

「それよりも、仲間や獣魔に怪我はありませんか?」

「すぐに判る怪我はないと思う」

「彼女の事で問題があれば討伐組合に知らせてください」

 レウリファに怪我があれば報告はする。

「これまでの被害には覗き、つきまといは当然。長年付き添っていた獣魔が逃亡して、最後には探索者も行方知れずになった例もあります」

 雨衣狼達が命令に従わなくなる可能性もあるのか。

「王都で住み続けるなら軍に身を寄せる事も考えてください。まだ彼女も軍には手を出していません……。この部屋も使えませんから、1階にある別の相談室に行きましょう」

 受付嬢は受付台の職員側から離れて歩き出し、自分たちも案内に従う。



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