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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
3.潜伏編:63-93話
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65.物真似



 部屋の扉を叩く音がすると、桶を抱えたニーシアが入ってくる。

「お湯を貰えたので、食堂に降りる前に旅の汚れを落としておきませんか?」

 寝台から身を起こして、ニーシアの方を見る。

 自分とレウリファの間、部屋の床に桶が置かれる。

 水面から立つ湯気が揺れる。

「食事をする人も、まばらでしたよ」

 窓に顔を出したニーシアが言う。

 排泄に行ったついでに、食堂も寄っていたのか。

 水を貰った場所は火を使う食堂だろう。

「それなら、少し急いだ方がいいか」

 食堂に来る時間が遅いと、食事が提供されない場合がある。

 体を拭くより先に食事をした方がいいが、用意されたお湯は冷めるだろう。

「手伝いますよ」

 目の前に来たニーシアは布を手に持っている。

 宿屋の夕食が貰えなくても、荷車には保存食が残っている。

「頼むよ」

 服を脱いで寝台を降りて、ニーシアが濡らした布の1つを受け取る。

 手伝いもあって素早く拭いたつもりだが、目の先にいるレウリファは着替えまで終わらせていた。

 ニーシアの体を拭き終え、全員が着替えた後は、部屋を離れる。

 使い終わった水を階毎に設けられた排水溝に捨ててから、1階へ下りて食堂に向かった。


 酒を楽しむ客が残っている食堂は、壁に取り付けられた照明に明るく照らされている。

 王都の夜は明るく飲食店も長く営業している、と食堂の料理人が教えてくれる。

 食事を頼むと、少しの時間の後で、自分たちのいる場所に料理が運ばれてきた。

 様々な大きさの気泡が集まっている断面を持つパンは、押しつぶした指の形が残るほど硬く、ちぎり取りそのまま食べる場合は良く噛み砕かないと喉を通らない。

 パンを温かいスープに浸して口に入れる。

 スープに浸すと舌で潰せるほど柔らかくなってしまうが、厚みがある皮部分の硬さは残るため、口まで運びやすい。

 麦とスープの風味を同時に感じられた。

 食事を始めた時に、対面に座るレウリファに聞き、見真似をして、食べ方を覚えた。

 視線を感じる。

 食事の手を止めたレウリファがこちらを見ている。

「レウリファ、どうかしたのか?」

「いえ、何も問題はございません」

 言い終えた後は、ちぎったパンをそのまま口に運び。

 それを見た後に自分も食事を再開した。


 食器を返した後は、食堂の壁に近寄る。

 手の届く高さにある照明器具からは、火の揺れは見えず、油の焦げた臭いもしない。

 金属の枠に収まる、滑らかに加工された石。それ自体が発光しているように見える。

「レウリファ、この照明器具について何か知っているか?」 

「はい、ご主人様。おそらく、照明石が加工されたものと存じます」

 隣に移動したレウリファが応える。

「魔石を接触させると光を放つ石で、火と違い、発熱や引火の危険がありません。煙や臭いも無く、掃除の手間が省けるため、富裕層では屋内照明として好まれています。

 自分が暮らしていたダンジョン内には、たき火の煤汚れが壁に残っていた。拭き、濡らし、削ったものの汚れは落ちず、早々に諦めていた。照明では無く料理に利用していたため、火である必要はあった。

 高価な品が置かれるような場では、照明石を使った方が良いのだろう。

 そんな照明石が王都では、庶民の利用する宿屋でも使われている。

「魔道具の中でも比較的、値段が安く。良く見かけるものだと教わりました」

 レウリファがこちらに向いた。説明を終えたらしい。

「教えてくれてありがとう」

「お役に立てて嬉しく思います」

 手を前で合わせている。

「照明石か。初めて見たな」 

 いや。もしかすると、以前から見かけていた可能性もある。

 魔石を手に入るなら探索者も持っているだろう。

「その、ご主人様。恐れ多いのですが、……私を購入なされた店やオリヴィア様の邸宅にも使われていたかと」

「それは気付かなかった」

 どちらの時でも観察する余裕が無かった。

 奴隷商店では店の外との違いに緊張して、店の案内に従うだけで限界だった。オリヴィア邸に呼ばれた時でも都市を離れる事に焦っていて気が付かなかったのだろう。

「便利とは思うが、今の自分が持ったとしても使い道がないな」

 自分には火で間に合っている。持ち運ぶ場合でも、たいまつかランタンでも持っていた方が、武器には適しているだろう。

 実際に使った事がないため推測だが、魔石に当てるだけで光る、というのは楽かもしれない。何も見えない暗さだと、火を用意する際に時間がかかる。

 照明石の説明を聞き終えて後は、用事もないため宿泊部屋に戻る。

 

 寝る準備をして、寝台に腰掛ける。ニーシアも旅の疲れがあったのだろう、すでに寝顔を見せている。

 ニーシアの眠る近く、机に置かれたオイルランプをレウリファの方へ移動させる。

 火を消した後の窓明かりだけでは、毛繕いが続けられないだろう。

 置く場所が見当たらず、椅子を移動させてオイルランプを置いた。これなら床に置くよりは陰も生まれない。

「ありがとう、ございます……」

 途中から間が増したような言葉に違和感を覚えて、目を向ける。

 眉は落ち、少し上目遣いになって不満げな表情をしているだろうか。毛繕いの手が止まっている。

 こちらを見たままでは寝る時間が減るだろう。

 朝は朝で整えるため、今夜行わなくてもあまり影響はないはずだが、約束もあり放置しておく理由がない。

「手伝おう」

「お願いします、ご主人様」

 レウリファの隣に座る。

 毛繕いを手伝い、片付けを終えた。

 レウリファが寝転がらせ、オイルランプが置かれた椅子を部屋の隅に移動させて、灯りを消す。

 わずかに見える視界を頼りに寝台に戻った。


 天井の木材も見える。部屋全体を見渡せる明るさで、朝になっている事に気付く。

 身を起こす前に、体を軽くほぐそうとして、腕に毛布と違う抵抗がある。

 すぐ横に顔が見えるニーシアに腕を抱えられている。

 軽く触れた程度は起きる様子もなく、せまい寝台の上から落ちる事を心配して、強く引きはがす事もできない。

 手を慎重に引き抜こうとするが、寝巻がめくれた状態で太腿の間に挟まれているらしく、肌が張り付いて離れない。

「ニーシア?」

 呼びかけてもニーシアが反応しない。

 急ぎの用事は無いが、身を起こして全身をほぐしたい。

 このままニーシアの目覚めを待つより、腕を引き抜く方が早いはずだ。

 ニーシアに抱えられて、動きが制限されている腕や手首を動かしてみる。

 下着の布に擦れるばかりで、抜ける気配がしない。

 腕を引っ張りながら、指を細かく動かす。

 指同士で小さな隙間を作る事で、肌の張り付きを抑える事ができた。

 それでも手を引くほど、柔らかい肌が形を変え、張り付く面が広くなる。

 指で作れる隙間は大きくない。少しずつしか進む事ができない。

 慎重に指を動かし、徐々に手を引き抜いていく。

 時間をかけて、ようやく手が寝台に落ちた。

 後は緩めに抱かれている、腕を引くだけだ。

 逃れようとした途端。

 一音だけの寝言を言ったニーシアが動き、腕を動かす余裕がなくなった。

 横向きだったニーシアがこちらに倒れてきて、腕は完全に抱え込まれている。

 腕を動かそうとしても、放れる事ができない。

「ニーシア、起きているか」

「いいえ、眠っています。アケハさん」

 ニーシアが故意に邪魔していたようだ。

 上腕にはニーシアが顔を乗せている。

 押しのける他に、腕を引き抜く方法が思いつかない。

「どうすれば、腕を離すか教えてくれないか?」

「私の邪魔をしてみてください」

 自分の邪魔をするニーシアに体勢を変えてもらう方法。

 離さないニーシアが離したくなる事をすればいい。

 目覚めないように気を遣う必要もすでに無くなっている。

「良いんだな?」

「痛いのは嫌ですよ」

「わかった」

 ニーシアの方に体を向ける。

 寝台から落ちないように、ニーシアの腰へもう一方の手を回す。

 先ほどまで手をはさんでいた股、ニーシア組まれた両足の奥に足を伸ばす。

 身動きが取れないように、下半身ごと引き寄せる。

「ア、アケハさん?」

 ニーシアを抱き寄せて、身動きを取れなくした。

「離すか?」

「いいえ、離しませんよ」

 抱え込まれている手を動かしてニーシアの肌をはいずる。

 一瞬悲鳴に似た声を上げたニーシアが耐えるようにうごめく。

 腰を下げて避けようとする動きも、こちらの足に抑えられてできていない。

 短く様々な声を並べられていく。

 ニーシアが動くたびに、腕は強く締め付けられ、互いの距離が近くなる。

「離します!」

「まだ、眠っているのか」

 前にも後ろにも大きく動けないニーシアが、隙間を作ろうと身体をねじる。

 胸から抜け出したニーシアが顔をこちらに向ける。

「い、今すぐ。離します」

 こちらからの動きを止める。

「今度は嘘では無いんだな」

 ニーシアの返答を待つ。

 返ってこない。

 こちらに向ける顔は笑っている。

「そうか」

 動きを再開する。

 寝巻は乱れ、離されていない手はニーシアの腹や足を撫でまわし。

 背中に回した腕ではニーシアの脇腹近くをさする。

 笑い声は抑えているが、動きを抑えられている。

 ニーシアの息は荒く、顔も赤い。

「本当に、本当に離しますから!」

「わかった」

 動きを止めると、腕の締め付けが弱くなる。

 拘束を止めると、腕が解放された。

 向かい合うには、低い位置にいるニーシアが口を開いた。

「アケハさんは……もう! いたずら好きにも限度があります。こんな事を私以外の人にしてはいけませんよ!」

 やり返したつもりだが、度が過ぎたか。

 それでもニーシアは優しく笑っている。耐えられないほど嫌っている様子ではないようだ。

「それに毛布がめくれて少し寒いです。アケハさんが温めてください」

「すまない。すぐに温める」

 毛布をかけなおし、ニーシアを弱く抱きしめると、ニーシアも腕を回して抱きしめ返してくる。 

 身体も動かしているため、温まるのも早いだろう。

「温かいです」

 身体も変に動かしたが多少はほぐれたはずだ。

 ニーシアが満足するまでは、寝たままで良い。

 訓練する場所も無いため、朝食の時間まで休んだ。



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