64.レウリファの要求
上に覆いかぶさるレウリファの顔は横にある。
脇腹から背中に手が回され、寝台の方へ引っ張られた。
寝台に倒された後は、レウリファが腹の辺りから体重を重ねてきた。
片手は指を組まれていて、もう片方は手首を掴まれている。
頬をこすり付け、止まるたびに深い息をするレウリファの音と吐いた熱を感じる。
大きくない寝台に交差するように倒れているため、腰から下は寝台の外に出ている。
レウリファがたえず、体をこすり合わせてくる。
死の危険を感じた日の夜、レウリファに衝動的に襲いかかっていた。あの時の自分になりたくないためにレウリファを避けていた。
先ほどの押し倒された瞬間はわからないが、今は意識も残っている。
レウリファが匂いを残す動作をする間も、自分の行動を意識できている。
顔にあたる髪や耳を気にして、片目を閉じているのは自分の意思だ。
自分の衝動が湧く原因はわからない。だが、ニーシアが去った場合でもレウリファを解放する必要は無いみたいだ。
安心するより先にレウリファの心配をしなければならないのはわかる。
「レウリファ」
こちらの言葉を無視して動き続けている。
レウリファからの弱い拘束をほどき、彼女の頭と腰に手をのせ、突き放さず、抱き留めた。
「私に悪い所作がございましたか」
旅の間もその前も、レウリファが悪い行為をした事など無い。
「護衛として至らない点があれば……。指摘してもらえれば、即座に直します」
自分自身を扱い切れない事で、レウリファを追い詰めた。
「だから……」
だから、
「ですから……避けないでください……捨てないでください。……お願いします」
レウリファの震える声に、体に、こちらが追い詰められる。
解決する方法が思い浮かばない。
何をすればいいか分からない。
「自信持てない俺が悪かった。心配させて済まない」
自分に非があった事だけは伝えたい。
「レウリファに対して不満は無い。避けていたのはこちらの身勝手だ」
それでもレウリファを追い詰めていた事実は消えない。
「レウリファが安心を得られるような要求を考えてくれ、頼む」
何も思いつかない。
何かを無理やり押し付ける事は避けたい。
レウリファの希望を叶えた方が良い。
「以前のように、毛繕いを手伝って、話しかけてください」
「戻すのは当然だ。何が欲しい」
動いた顔が目の前に迫り来る。
「私は、あの時のように」
レウリファの瞳の奥が、沈み込むように大きくなる。
自分の視界が狭くなる。
「ご主人様と唇を深く重ねたいです」
衝動に流された時、あの時の行為。
今度は、進んで行わなければならないのか。
やり方は覚えている。
自分ができるのか、自信がない。
「私の言葉、私の息吹、私の気持ちを、少しでも伝えたい」
言葉と共に、熱い吐息が届く。
「私は人間ではありません。魔石を持った魔物です」
目の前の顔、その奥に魔石が埋まっている。
獣人の死体を解体して始めて、その事を知った。
「それでも意思はあります」
目の前の瞳から涙が伝う。
「人間の真似事だと扱われても、意味のない行動だとしても……。伝えたい気持ちが、取り繕う意思があります」
レウリファを意思のない存在と考えた事など、一度も無い。
「私は、レウリファは貴方をお慕いしております」
一方的に命を奪えるような相手に好意を抱けるのか。
主人と奴隷、魔道具という繋がりで縛られた関係。住んでいた場所も閉鎖的で、社会との交流も少ない。
悪い扱いをしていた相手に、
「それは……」
内容も無く、弾みで出た声で止まってしまう。
レウリファ自体を嫌った事は一度も無い。殺されかけた時でも。力が持っている事で警戒はしていたが、それは自分を守るためだ。敵対しない限り首輪は使用せず、悪い扱いも改善する気はある。
ただ、レウリファに対して特別な感情があるわけではない。
レウリファがダンジョンとそれを操る自分の事を知っているから逃がせないだけだ。自分の身に危険が及ぶため、逃がせない。レウリファでなくても、ニーシアでも同じ事だ。おそらく他の存在がいたとしても。
「いえ、……出過ぎた行いをいたしました」
口と目が閉ざされると、顔が離れ、身体にかかる重みが減っていく。
逃してしまえば、レウリファの安心も、自分が伝えた意志も失ってしまう。
「待て」
頭に置いた手も、背中に伸ばした手も、まだ離れていない。
離れようとするレウリファの体を留める。
抵抗する様子もなく、途中で止まってくれる。
「アケハ様」
レウリファが目を開いた。
「レウリファの気持ちに応える事はできない。それでも行動だけはさせてくれ」
レウリファが本当に求めているものとは、おそらく違う。
それでも、レウリファの事を心配している事は伝えておきたい。
「嘘を言えば、私は簡単に騙されますよ」
「言ったところで意味がない」
人間であると、存在を偽っている可能性がある自分が嫌いだ。
だから、レウリファにも嘘は言いたくない。
「……貴方らしい言葉ですね」
唇を舐めている、レウリファの舌がわずかに覗く。
言葉を諦めて、行動で応える。
頬まで手を運ぶ。レウリファの閉じた唇に親指を流すが、開く様子は無い。
レウリファの顔をそばまで引き寄せ、今度は自分の顔を近づける。
互いの唇を当ててから、唇を弱く食む。何度も。
時々、互いの鼻が当たる事も構わずに、向きを変えた。
舌先をレウリファの唇に沿わせる。
当てていると、ふと隙間が現れて、レウリファが応えてくる。
触れ合った事を、細まる目が伝えてくる。
離した口を再び当てて触れ合う。
次第に口の開きが増す。
レウリファと唇を合わせるたびに、舌から唾液が流れ込む。
動きに疲れたのか、レウリファが顔を離す。
その隙に溜まった中身を飲み込んだ。
目は見開き、力なく口が開く。あ然とした表情。
一変して、レウリファが歯を見せて笑う。
開いた口が舌を見せて、時間をかけて、近付いてくる。
こちらが首を動かす必要もなく、レウリファから迫り、深く唇を交わらせる。
髪が肌をかする。
頬にあたるレウリファの息は荒く、口と舌が休む様子も無い。
触れ合う舌に塗り込まれ、繋いだ唇から注ぎ込まれる。
落とされた粘液が、柔らかい舌が細かな音を立てる。
喉に落ちる事を心配して、舌の動作に余裕がなくなる。
レウリファの動きに追いつく事は考えず。
押さえる役割を失くした腕を、レウリファの開いた太腿へ伸ばす。
途切れなく、レウリファの体を両側から登る。
脇の下まで届いた腕を、背中へと回して、レウリファを締め付けた。
レウリファの口が離れ、顔がすぐ横に崩れ落ちる。
言葉が出ず、初めの音だけがレウリファの口から漏れ出す。
切れ切れに続く、なげきが混ざる、あえぎ。
音と共にレウリファが力み、微動が伝わってきていた。
静かになる。
耳元で、レウリファの深い息づかいが聞こえる。
動きを止めた、レウリファとようやく会話ができる。
「レウリファ」
音が消える。
「……はい、アケハ様」
間が空き、返事が戻る。
「俺はお前の言葉に応えられたか?」
「……はい、アケハ様」
レウリファの頭を撫でる。
「また不安があれば、教えてくれ」
「はい、ご主人様」
互いが呼吸を整えて休む間、レウリファの柔らかい体を感じていた。
レウリファが上から退くと、体勢を戻して隣して寝台に腰掛ける。
衣服の特に胸の辺りは、汗で湿りがある。着替えもしておらず、旅の汚れも染みていたはずだが、それは互いに同じか。
立ち上がり、自分の寝台のそば、床に置かれた鞄に近づく。
革の水袋を取り出して、水を含み、口周りの唾液を布で拭う。
レウリファも自身の鞄から水袋を手に取り、同じように洗う。
寝台に寝転んでみると、疲れからか眠気が急に表れたため、あくびをした。




