63.王都ミトレイ
正門前の広場までいくと王都の奥まで続く通りが見える。
王都の立地、高低差によって一度に見える建物の数が平地のそれとは違う。
活気のある正門通りに隙間なく並ぶ建物。柱が見えるものの、収穫直前の麦色をした壁が広がる。一階の多くにガラス窓が見えるのは、店舗だろうか。庶民の通りに高価な装飾が使われるほど豊かなのだろう。
その先から始まるなだらかな登り坂では、建物に個性が現れ始め。他の建物から飛び出した形や色がみえる。
山肌と傾斜の途中に集まる建物。その奥、城壁より高い位置に建てられた巨大な城と塔は、王都内のどこからでも見えるはずだ。
「広いですね」
眺めたまま、足を止めてしまっていた。
呼びかけてきたニーシアも王都の光景に驚いているのだろう。
「宿屋を見つけないとな」
大きな通りを歩けば、宿屋も見つかるとは思うが、聞いた方が確実だ。
街中を歩く兵士にたずねると、地図屋に行くように勧められる。
門前広場のすぐそば、店舗にある大きなガラス張りの中には、歪んだ円が描かれてている。
大通り、目印になる建物と現在位置、危険な地区。文字が読めなくても、色分けされた範囲を覚えておけば普段の生活には困らないだろう。
配下の魔物とレウリファを残して地図屋に入る。
通りで宣伝していた売り子が誇る理由も理解できる。旅人に限らず住人まで購入しているという地図は、店内の至る所に張られてある。壁は当然、複数立てられた掲示板に地図が張られ、どの地図にも客が留まっている。
呼ばれた店員が客が示す地図の番号を書き上げると、客を連れて会計台の方に向かっていく。
「アケハさん、この地図はどうですか?」
ニーシアの示した地図には、表通りにある宿屋が記載されている。
道中でも荷車や獣魔が預けられる場所は限られていたので、宿屋を聞きまわる手間が不要になるのは助かる。
価格も大きさで分けられていて、4つ折りで手の広さになるものは品切れと書かれている。
「便利そうだな。住処を決めるまでは使いそうだ」
「それとダンジョンまでの道が書かれた地図も、販売されているみたいですよ」
ダンジョンが王都の近くにあるとはいえ、場所によっては数日歩く事になるはずだ。道を知っておいて損をする事は無い。
「どこにあるんだ?」
「探索者であれば購入できる、と会計奥の壁に書かれていました」
「それは、欲しいな」
探索者以外が侵入しないように、工夫はしているのかもしれない。向かう探索者を追う気があれば、先に探索者になっているだろう。あるいは洗礼前の子供が近づかないようにしているのかもしれない。
「値段だけ気になりますね」
店内に貼ってある地図は、色付けされたものから黒一色のものまで様々にある。値段も同様で土貨数枚から木貨に届くものまであり、貼られていない地図の値段も予想がつかない。一枚買えば共有できるため高価な可能性もある。
「まあ、買えない場合でも何とかするさ」
討伐組合の資料館にも置かれているだろう。書き写す手間が増えるだけだ。
大まかな王都全域が書かれた地図は初めから買う事に決めていた。宿屋の書かれた地図は数区画ごとに売られていたため、王都の複数ある門の近くだけを買う。王都全体の商店街の位置が書かれた地図、ダンジョンの道のりの地図を買うが、草貨数枚で足りた。
地図屋を出て、レウリファの待つ場所に戻る。
買った地図を広げて、3人で見る。
「この後は宿屋に向かうつもりだが、その前に問題があったら言ってくれ」
「私は何もありません」「何もございません」
3人で相談して宿屋を選ぶ。他の客と同じ場所で寝る、雑魚寝だけの宿屋もあるらしい。地図を買っておいて良かった。
部屋に空きが無い可能性を考え、複数の宿屋選び取った後で向かう順番を決める。
宿屋に向かう途中、城壁近くに並ぶ街灯に火がともり始める。
はしごを抱えた人が人混みをすり抜けて次々と作業を進めていくが、通りの先からも灯りが増えてきた。
最初に向かった宿屋で部屋を借りる事ができたため、早く休憩する事ができる。
窓の向こうには王都の町並みではなく、巨大な城壁が見えている。この宿屋が面した通りでは、同じように荷車を押す姿がある。
荷車を持った状態では、人の多い通りを歩きづらく、飲食店にも入りにくい。
宿屋を選ぶとすれば、王都の端に位置するものとなる。城壁付近に建物が無いため、通り自体の幅が広く、人混みも気にしなくて良い。
3人部屋を借りたが、荷物で埋まる事態にはなっていない。これまでの宿よりも部屋自体が広く、3人とも床で寝転がる事もできる。
部屋の手前に寝台が並ぶ事は以前の宿屋とも変わらない。
奥には机と棚が設置されていて、机にはオイルランプが設置されている。
この宿屋では馬車を倉庫内の部屋に格納するため、荷車をそのままの形で預ける事ができた。
宿泊費が高くなるが、荷物を運び入れる作業で疲れる事が無い。
貴重品は背負い鞄に入れて部屋に持ち込んであるため、荷車が無くなっても生活は続けることができる。
建物の4階にある部屋でも城壁と比べれば低い。
冷えた空気が届く窓を閉めてから、寝台に腰掛けた。
「あの……」
今、この部屋にはレウリファと自分しかいない。
「ご主人様」
レウリファの方に顔を向けると、彼女が顔を下げた。
「どうかしたか?」
「いえ、……何も問題はございません」
レウリファから声をかけてくる事は少ない。気にした方が良いだろう。
言いかけた内容を聞き出したいが、無理やり聞き出す事は避けたい。
何をきっかけにするべきか。
ダンジョンがあった頃は、夜に首輪の状態を確かめた後は2人で話をしていた。旅が始まってからは体力も時間も余裕がなく、野営の見張りでも睡眠時間を延ばすために一人ずつだった。
「首輪に触れて良いか?」
今のところレウリファに異常は無いが、見えないところで我慢をしているかもしれない。
首輪が締まった場合に近くにいなければ、そのまま死ぬ可能性はある。
「はい、お願いします」
寝台から立ち上がり、レウリファの前に移動する。
膝を曲げて、腰を下げる。
こちらを見てくる。レウリファの顔に触れないように慎重に手を伸ばす。
奴隷の証、使役の首輪に触れ操作を行い、魔力が十分に溜まっている事を確認する。
ダンジョンにいた頃は、雨衣狼を部屋の前で待機させていた。宿屋にいる今は、配下の魔物たちは別の建物の中にいるため、呼び寄せられる距離にはいない。
レウリファに対する警戒も下がり、2人きりの場合でも近づく事ができている。
無意識の内にレウリファを信頼していたのか。目の前で命を救ってもらった事も関係しているだろう。あるいは長く一緒に暮らしたため慣れてしまったか。
「大丈夫そうだな」
首輪から手を離し、レウリファから遠ざける、
「待ってください!」
事ができず、声に反応して、動作を止めた。
レウリファが声を上げた事は少ない。
自分を襲った時以来だろう。
何か問題があるはず、だが分からない。
問題を起こす事は避けるようにしていたが。
「嫌でしたら、構わず首輪を絞めてください」
レウリファの覚悟をきいて、息を飲み、警戒する。
武装もしていないはずだが、それでもレウリファの能力は脅威に変わりない。
音を立てず、膝の上から持ち上がってきた手。
こちらが伸ばす指輪をはめている手、その腕が掴まれる。
レウリファの視線が、掴んだ辺りから、こちらに戻ってくる。
襲う対象に警戒を告げる事はしないだろう。
「レウリファ?」
少し止まっていると、息を長く吐いた、レウリファが手を離した。
何か決心したか、気が落ち着いたらしい。




