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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
2.逃亡編:38-62話
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62.初めての王都



「この村に来る機会があれば、寄ってくださいね。アケハさん」

 先ほどまで受付にいたはずの宿屋の娘が、こちらに来て声をかけてくる。他の客は食事中だったため、仕事に暇があるのだろう。

 宿屋の前、道には荷車が2つ。ニーシアとレウリファも出発を待っている。

「通りかかった時には、また利用させてくれ」

 荷車を押して宿屋を離れる。

 王都を逃げ出す事態になれば、この村を通る事もあるかもしれない。

 

 人混みを避けるために他の客より早く出立したつもりだが、門の辺りでは、すでに宿屋を出た旅人たちの流れができている。

「早起きした意味が無かったな」

「それでも次の経由地まで早く着けますよ」

 独り言だったが、隣を歩くニーシアが返してくれる。

 長い距離を歩いた事で、自分の体力や疲れ方を実感できた。

 次の村までの道のりは、ダンジョンからこの村までのと比べれば短い。これまでよりニーシアの負担を減らせるはずだ。

「そうだな」

 門前広場まで来ると、人の流れに混ざる。

 防衛上の都合なのか道幅より小さい門になっているため、通るために混み合い、足が遅くなる。

 村に入った時のように昼に通る方が良かったかもしれない。

 獣魔を連れた自分たちは、馬車と同じ間隔を空けてもらえたため、他の旅人と比べれば楽に通れた方だろう。

 門を抜けて少し歩けば、それぞれの速さで旅を進めるようになる。

 追い越していく馬車や人をながめ、乱れる歩幅を抑えながら、変わらない風景の中を進んだ。


 その次の日の休憩中に深紅の鳥が飛び去って行った。

 元々配下の魔物でもなく、命令に従う必要も無く、留まれと命令した覚えも無い。

 道中で出会った時も、一時期とはいえ、旅に同行する事さえ予想していなかった。

 それに配慮もしてくれたのだろう、人の多い村や道などの場所で飛び去らず、喜んでいたニーシアには新しい羽根を残していった。


 旅の仲間が減った以外にも変化がある。

 ニーシアが雨衣狼たちに対して命令する事が可能になった。

 移動中に黄色の布を巻いた雨衣狼が近くにいる時間が長い事に気付いて、他の個体にも意識するようになった。その個体は休憩中にも他個体よりも多い頻度で寄ってきて、少しの間撫でると離れていく。

 首に巻いた布、唯一見分けがつく部分に注目していくと、撫で方好みの他にも、餌の食べ方、移動中の位置、が異なっていた。

 他の旅人から獣魔だとごまかすための布だったが、個体を区別する事が可能になり、彼らの個性を知る事ができるようになった。ニーシアもレウリファも以前から知っていたらしい。

 2人に相談すると呼び方を決める事になり、食べ物や木の名前しか思いつかない自分に、あきれたニーシアが3体とも名前を付けた。

 赤のルト、黄のヴァイス、緑のシード。

 命令を試していく間に、雨衣狼たちも呼ばれ方覚えたらしく、個体ごとに異なる命令ができるようになった。

 配下の魔物に命令する言葉は理解できていないものの、命令の中に加えられた名前の部分は聞こえるらしく、ニーシアも名前を使って雨衣狼達を呼び寄せる事ができた。

 最後には合図や言葉を決める事で、ニーシアも簡単な指示が可能になった。

 レウリファの指示する事は可能だが、奴隷という立場が関係しているのか、遠慮をするらしい。護衛をしてくれるなら問題は無い。

 夜気鳥に関しては、目印をつける場所がない事や偵察の際は細かい指示が必要ないため、名付けをしていない。


 村では数日滞在し都市は避けるという旅を続けて、長い距離を歩いた。

 先に見える高い山脈。ふもとから中腹に登るように点在する塔や城などの建物群が王都の特徴だ。

 ふもとの建物を隠す王都の城壁。その周囲で包み込むように広がる若青い麦畑は、石壁や木の柵によっていくえにも守られていて、自分が歩いている道はその中を分断するように続いている。都市クロスリエを始めて見た時は城壁の高さに驚いたが、王都は城壁外、周囲にある穀倉地帯に目が向かう。

 遠くにある王都が見えている。

 真上にいる太陽も、自分たちが王都の門に近づく頃には、大地の先に触れているかもしれない。

 馬車が並んで走れる道は交通量も多く、今は端を通るようにしている。王都の手前で野営をする事になったとしても、これだけ人数がいれば、魔物や動物に襲撃される可能性は低いだろう。

 それに生息する魔物の数は都市クロスリエよりも少なく、ダンジョン周辺に偏っているらしい。

 荷台を押すニーシアの意見を聞いて、道から外れて休憩を行う。


 樽から水を汲みだして器に注ぎ、ニーシアとレウリファに渡してから、自分の分も用意する。

 すぐ隣にいるニーシアは足を伸ばしている。

「夜までに王都に入りたいですね」

「ああ。荷車も軽くなってきたから、自分の番で王都に着けるはずだ」

「軽くなったといっても、水と食料ぐらいですよ」

 笑うニーシアが、つま先をほぐしていた動作も止め、手を後ろについて空に顔を向けた。

「これで旅も終わるんですよね」

 まだ安心する事はできない。

 王都から離れた場所にダンジョンを作る事を考えていたが、ここに来て難しい事がわかる。

 王都へ続く道は人の途切れる様子が無い。道から逸れた程度では往復の様子を見られ、他人を引き寄せる可能性がある。

 山脈の途中に作る場合でも障害物となる木々や岩が少なく、生活するための明かりが目立つ。移動も楽ではない。

 ダンジョンコアを持った状態で、王都の検問を通れる確信は無く、作ったダンジョンが見つかる事、作る以前に住む場所を見つけられない可能性もある。

 ニーシアに顔を覗かれる。考え込むのは不自然か。

「王都で暮らせるか分からない。山奥に閉じこもってでも生きるつもりだ」

 ダンジョンの入口を閉じれば、探索者が侵入する手段も無いだろう。水と食料も最低限は生み出せるはずだ。旅の間より悪い生活になる事は確かだが。

 たとえ生きていけなくても、簡単に死ぬつもりはない。

「アケハさんらしいですね」

 笑っている。反対する気は無いみたいだ。

 自分も少しの間見上げる。

 薄い雲が各所に浮いていて、風も弱く吹いている。

 遠い足音は聞こえるが、陽の光がなければ、外で過ごすにはいい天気だ。

 軽食を食べた後に、王都への歩みを再開する。


 人が多いため、配下の魔物たちを2台の荷車の間に歩かせる。雨衣狼の黒い体表は、地面の草や土色から目立ち、人の衣服の色でも無い。対向する人の視線が集まるのは仕方がない。

 壁に囲まれた道を進み、王都に入る列に並ぶ。

 道の中央を行き交う馬車は豪商の隊か、あるいは貴族か。空いている場所を歩く人間は売り子くらいだろう。飲み物、軽食は保存食に飽きた旅人が時間を潰すには都合がいい。

 

 正門は金属の柵と扉の2重で閉ざされている。城壁はそれ以上に頑丈に作られているだろう。城壁の下部に作られている傾斜は、道具なしに登れるものではない。

 城壁の手前は広く場所が空けられて道になっている。道の片脇に見える穀倉地帯の石壁は酷く小さく頼りない。

 前の列が進み、自分たちも城壁に近づく。

 正門の脇に並んぶ小さな門をくぐり抜ければ、王都に入れる。

 兵士に誘導されて、手前にある検問所のひとつに入る。

 6人の兵士は顔をさらして待っている。

「装備を外してもらえますか?」

 机の上に武具を置いて、離れると兵士たちが近づく。

 身体検査をする兵士は性別に合わせてくれるらしく、ニーシアとレウリファの方に女性の兵士が近寄っている。

 倍ほどの体格を持つ兵士の両腕で衣服の上から触られる。兵士が押し潰そうとするなら、こちらの抵抗に意味は無いだろう。

 身体検査を終えると、兵士たちの手で荷台の荷物が確かめられる。

 保存食が入った壺を開けて中身を覗くのは、時間のかかる作業だろう。

 自分たちも手伝う事に決め、検問所の机に布類をのせ、荷車に残った入れ物、包みをすべて開けていく。

 兵士たちも机と荷車に分かれて検査をする。

「この都市に来た目的は何ですか?」

「移住とダンジョン攻略です」

 首にかけた探索者の識別票を持ち上げてみせる。

 荷車の検査を終えたらしい兵士は、離れた場所で待機させた配下の魔物たちを見ている。

「獣魔登録はしていますか?」

「いいえ、まだしていません」

「獣魔と判断できるように布が巻かれていますが、街中では不十分です。討伐組合に行き、獣魔登録した際に受け取る、獣魔の印を着けてください」

 討伐組合で獣魔登録ができるらしい。

 ダンジョンを利用する前に討伐組合には行くため、ついでに登録すればいい。

「このままの状態であると、問題を起こした場合に、野生の魔物として処分されてしまいます」

 武力となる獣魔が簡単に処分しない制度があるらしい。

 獣使いを見る機会は少ないが、保護されている事で多少は安心できるだろう。

「わかりました」

「治安協力に感謝します。荷物を積んだ後は、案内に従って門を進んでください」

 ダンジョンコアは隠さなかったため、兵士たちに見られたはずだ。飾りと思われたか。壊される前のダンジョンコアでも気にされないのかもしれない。

 ダンジョンコアを持っている事を検問をした兵士が外部に報告する可能性はあるが、対策はできない。盗まれる事だけ警戒しておけば、抵抗する機会はあるだろう。

 ニーシアもレウリファも荷車に積み直す作業をした後、武具を身に着けた。

 検問所の先にいる兵士の指示に従って門を進む。


 加工された石を積み上げた城壁は厚い。

 途中でたいまつが灯されているが、暗い足元を照らす役割を果たすにはまだ早い。

 城壁の中では先から見える、町並みの白がよく映えている。

 多分城壁に入った頃からだろう、石敷きの地面に変わり、荷車の騒音に抑揚がついている。

 検問を終えた旅人が城壁に入ったところで、自分たちは城壁を抜けた。



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