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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
2.逃亡編:38-62話
59/323

59.獣魔の宿屋



 雨が止んでから、3日かけて村まで辿り着いた。

 都市と比べると低い石壁。建物の3階に届くような、はしごを使えば侵入できそうだ。

 正面の門は開かれていて、通る人々に立ち止まる様子はない。

 検問は行われず、ダンジョンコアが見つかる事もない。安心して村に入れる。

 門のそば、5階に相当する高さを持った、木のやぐらには監視が立っている。村を遠くで見ていた時は正面奥にもやぐらが見えていたため、大きな入口は2か所だろう。


 都市と違い門の辺りで速度を落とせないため、村に入る流れに乗れば、門前広場を抜けるまで相談ができない。先に休憩をした方が良い。

 後ろを歩く2人に声をかける。

「ニーシア、レウリファ。村に入る前に一度、休憩をさせてくれ」

「はい」「かしこまりました」

 道から逸れると、後ろから向かってくる旅人が先へと歩いていく。

 荷車を並べたニーシアが隣に立つ。

「ようやく、着きましたね」

 指を動かして、手をほぐしている。

「ああ、少し達成感があるよ」

 地図に書かれていた、多くの人が利用する道のりを選んだ。

 間違えなくて当然の道だが、中継地点に辿り着いた事で、自分で選んだ道を歩く実感が湧いた。

「まだ、半分も進んでいないのにな」

 王都に進むには都市も経由する。その間にも村は数か所通る事になる。

「それでも4分の1は進みましたよ」

 話した後にニーシアが、口を閉じたまま声をだし、空に腕を伸ばして胸を張る。革鎧で隠されているが、服には今日一日の汗が染み込んでいるだろう。

 深呼吸をした後は、口から吐き出しながら腕を前に傾け、組んでいた指をほどいて腕を下ろした。

 体をほぐすためにニーシアの真似をすると、肩や腰の熱が冷めた気がした。

 顔をニーシアに向ける。

「宿に泊まれるから、睡眠も十分に取れるはずだ」

「そうですね。久しぶりに寝台で寝られます。それに……」

 言いかけたニーシアに視線を外された。

「もう血漏れは出ませんから、アケハさんは安心してください」

「そうか。安心する」

 ダンジョンで暮らす間にも教えてもらってはいたが、聞くと見るとでは感じる事が違った。

 戦いの怪我以外に血を見る機会が無かったため、死んだか気になり、寝相が荒れていたニーシアを揺すって起こした。

 ニーシアも最初は驚いていたが、対処をして着替えた後は慌てる様子も消えた。

「油断していただけですから」

「わかった」

 続けて言ったニーシアに手を握られる。

 否定したと思われないように、こちらから手を離す事は止めた。

 空も明るく、太陽も真上まで進んでいる。

 移動をする間に溜まった熱が冷めると、握られた手の熱が気になってくる。

 門が締まるまではここで休憩してもいいが、村の中なら座って休む事もできる。

「村に入ろうか。レウリファはニーシアと代わってくれ」

「はい、お任せください」

 道に戻り、人の流れに加わって門へ進む。


 村に入った瞬間。広場にまばらに存在する視線、その多くが集まった。

 こちらの顔より下に向けられているのは、雨衣狼たちを見ているからだろう。道を歩いていた間も、似たような目を向けられていたが、広場のように視線に囲まれる事はなかった。

 土の地面を進んで、広場を離れていく。

 都市間の主要道に繋がるこの村には旅人用の宿屋が当然ある。商人の利用が多いためか馬車を停める場所は、どこの宿にもある。

 だが、獣魔を預けられる宿は見つからない。馬用の部屋でも雨衣狼は寝られるが、他の馬が警戒してしまうそうだ。

 断られた宿屋の主人から、受け入れ可能な宿を教えてもらい、そこを目指した。

 

 自分以外は宿の前で待ってもらう。村の端にあるため外壁がそばにある。

 開けたままの扉を進み、正面の受付に向かう。

 受付に左には2階への階段があり、通路の一部、並んだ部屋が見えている。

 右の部屋は食堂のようで、円卓と椅子が置かれている。

 布を頭に巻き、後ろへ髪を流している女性が受付で座っている。

「いらっしゃいませ」

「ここで泊まりたい、3人だが獣魔もいる」

「わかりました。少し待ってください」

 受付台を離れた。間仕切り壁をつかみ、食堂に上半身を入れる。

「父さん、少しだけ受付を離れるよ!」「おう!」

 末を伸ばして叫んだ声の後、男の声が聞こえた。

 身体を戻した宿屋の娘が、こちらに来る。

「実際に見て確認させてもらいますね」

「ああ、頼む」

 宿の正面に出ると娘が配下の魔物たちを見た。

 触れない距離まで近づき、歩きまわりながら観察している。

「これは、見た事が無いですね」

「そうか」

 雨衣狼の事は、探索者ルーカスが遠い獣魔と言っていた。

 灰色をした夜気鳥も珍しい魔物なのだろう。深紅の鳥は名前も知らない。

「餌をこちらで出せませんが、それでもいいですか?」

「問題ない」

「では、獣魔を預ける小屋に案内しますね。荷車も隣の小屋に入れるので、後で運んでもらえますか」

「2人は荷車を見ていてくれ」

 ニーシアとレウリファには荷車を守ってもらう。荷物は、後で部屋に運ぶ事になる。

 宿屋のとなりにある木柵で囲まれた庭を進み、2つある小屋のひとつに入った。

 通路の両側に3つずつ、わらが敷かれた部屋が並んでいる。

 配下の魔物たちが全員眠れる広さがある。

「ひと部屋で問題ありませんか?」

「それでいい」

「扉の鍵は受付で渡します。獣魔を部屋に入れた後は鍵を閉めてください、必ずですよ。獣魔だけで徘徊されると、村の警備さんに殺されてしまうかもしれません」

「わかった、注意する」

 魔物である以上、当然の事かもしれない。

「次は、荷車の置き場所ですね」

「ああ」

 2つの小屋は夜には施錠される。夜中に出入りする際は受付を呼ぶ必要があるらしい。

 身体の疲れを取るために、最低でも2日は滞在する事に決め、部屋の鍵を受け取る。

 部屋に荷物を移した後は、荷車を預け、配下の魔物たちに食事を与えた。


 運び込んだ荷物を部屋の端から置いていくと、寝台の一つを埋めたところで落ち着く。

 4人部屋でなければ、一人が部屋の床で眠る事になっていた。その場合でも毛布を重ねておけば、寝心地に大した違いはないだろう。

 この宿屋に泊まっている間は荷車を預けて、鞄だけ背負って行動する。

「アケハさん、この後はどうしますか?」

 隣に腰掛けるニーシアは、武具を外しており、上半身は薄着になっている。

 部屋を出る時は服を着て、宿屋から離れるとなると武具も身に着けるだろう。夕食まで時間に余裕はあるが、村に出歩くほど気力が残っていないのかもしれない。

 正面の寝台にいるレウリファに疲れた様子は見えない。ダンジョンで暮らしていた時は、今よりも尻尾の動きがあったように感じる。

「何もせずに休んでいい。今日は荷物の整理も最低限にしておこう」

「わかりました」

 ニーシアの返事を受け取った後に、レウリファの頷きを確認した。

 明日の朝は、宿屋の庭で素振りをしたい。移動中は訓練をするほど体力に余裕が無かった。

 部屋は壁に囲まれているため、警戒する方向が限られて気が楽になる。

 部屋を出る時は荷物をどうすべきか、盗難事件はどこにでもある話だ。鍵があっても安全とは言えない。

 通貨は分けて持つとして、ダンジョンコアも鞄に詰めて持ち歩きたい。荷物の中で最も価値がありながら、簡単に持ち去る事ができてしまう。

 探索者がダンジョンから持ち帰る場合には壊れて破片になってしまう。無傷のダンジョンコアはどのくらい価値があるのだろうか。

「寝台に寝転んで、身体をほぐされませんか?」

 ニーシアが寝台を手のひらで撫でてみせる。

「それは、受けた後でニーシアにもした方がいいのか?」

「はい、もちろん喜んで受けます」

 安心できない旅路を心配するよりは、別の何かに集中したほうがいいかもしれない。

 身体の感覚に集中して、ニーシアの手の動かし方を覚えておく。

 レウリファだけ離れて休んでいる様子が気になる。



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