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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
2.逃亡編:38-62話
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55.考え



 湿り気が感じられる空気、薄く包む雲が光をさえぎっている。

 ダンジョンの入口近く、即座に逃げ込める場所で体を動かす。振られる剣の音が鈍い。

 レウリファには今日の訓練を休ませた。動けると言ってくれたが、怪我の治癒を優先してほしい。

 昨日は、怪我に気付かずに、解体作業まで手伝わせていた。応急処置を済ませた後でも動かない方が良いはずだ。

 早めに訓練を終えた。

 用意しておいた体を拭く道具を手に取った時に、ニーシアが荷車を押して出てくる。

「おはようございます、アケハさん」

「あはよう、ニーシア」

「訓練お疲れ様です。今日は、寒くありませんでしたか?」

「そうだな、体が温まるのも遅かった。雨が降るのか?」

 ニーシアが視線を外す。

「今すぐといった様子は無いですね。朝食の後は外の道具を片付けますね」

「その時になったら手伝うよ」

「お願いします」

 体を洗い終えて、武具を物置部屋に置きに行く。


 寝具は通路の端に寄せてあり、女獣人たちが、する事も無く立ち尽くしている。

 武具を片づけた後、彼女たちに近づいた。

「疲れは取れたのか?」

「休める場所を与えていただき、ありがとうございます」

 彼女たちにできる事はもう無い。明日にはいなくなる。

 それでも一緒に食事をして、こちらに危害を加えない事は実感している。

「朝食も食べた方が良い」

「いいのでしょうか?」

「気にしないで良い。ニーシアも人数分用意していた」

「ありがとうございます」

「後で呼びに行くから、休んでいて構わない」

 食事の用意が整ったら、レウリファに伝えに来る、そのついでだ。

 手伝うために、ニーシアのところへ向かう。


 通路の途中に作った畑には植物が育っている。

 アメーバに死体を処理させた際の残留物を、一部の土に混ぜていた。植物に悪い影響は無いようで、混ぜていない土と比べても成長に差は見えない。埋めて処分しても大きな問題は起きないだろう。

 育てていたトチ豆のつるには蕾ができている。咲いて実る前にここを去ってしまうが、ニーシアは喜んでいた。


 ダンジョンを出て、食卓の方へ向かうとニーシアが鍋を温めている。

 普段より湯気がのぼる。鍋の中をかき混ぜるニーシアに近付く。

「ニーシア。手伝える事はあるか?」

「アケハさん、鍋を動かすので、食卓の上の肉を焼いてもらえませんか」

 食卓に置かれた平鍋には、薄切り肉が漬け込まれている。

 刻まれた香草や木の実が見える漬けダレは、焼く際に軽く落とすものだろう。癖のない植物油の香りの中で、肉の臭みを消す芳香が、こちらの鼻を探るように刺激してくる。

 荷車から鉄板を取り出して、表面を軽く拭き、脂を塗った上に肉を並べた。

 ニーシアがスープ鍋を移動させた後、たき火の組石の上に鉄板を置いて加熱する。

 食卓の方にいるニーシアが野菜を切っている様子をながめて、肉が焼けるのを待つ。

 軽く茹で洗いをした葉物を切って次々と木の器に移していく、音と腕の動き。

 油は温まり、木の実が焼けた匂い。細かい音を立てる鉄板に気付いて、顔を鉄板に戻す。

 心配して肉を裏返してみたが、焦げも少なく。位置を変えれば問題ない程度の失敗だろう。

 反対側にも焼き目ができた後は、分けて盛りつけた皿をニーシアが食卓に運ぶ。

 自分の手でも余裕がある鍋掴みを使い、熱した鉄板をたき火から外す。

 スープの具合を確かめるニーシアが頷く。

「皆さんを呼んできてもらえますか?」

「行ってくる」


 食卓を離れようとした時に、後ろから抱き着かれる。

 巻き付いた内の片腕が上がってくる。

 ニーシアの手を上から押さえると、握る手にこちら指が巻き込まれた。

「助かりました」

「ああ」

 料理を手伝った礼を言うニーシアが、強く体を押し付けてくる。

 ニーシアには昨日の戦闘で助けてもらった礼をしていなかった。

「ニーシアは何か、してほしい事はあるか?」

「私はアケハさんの手助けがしたいです」

 してほしい事を聞いたのに、ニーシアがしたいのか。

 普段からニーシアやレウリファには助けてもらっている。自分の作業といえば、ダンジョン操作だけだ。

 ダンジョンのコアも他人に触れさせた事は無いし、操作方法を知られたくない。

 ニーシアはダンジョンのコアに触れようとした事はない。ダンジョンを壊す気は見られない。

 ニーシアが操作できるか確かめてみて問題はないだろう。

 討伐組合に管理されているダンジョンの中には、コアまで発見されているものがある。

 触れただけで操作できるようになるなら、生み出された魔物に探索者が殺させる必要がない。誰でもダンジョンを操作できるとは考えられない。

 ただ、ダンジョンを操作する存在を増やす事はできると思いたい。

 扱えきれないほど広くするつもりは無いが、王都にあるような大量の探索者が入れるダンジョンを、人間一人で操作していているとは思えない。

 操作する存在が人間でない場合や、勝手に作らせている可能性もあるが、操作できる人間を増やす方法があるかもしれない。

「何か考えておく」

「はい、待っていますね」

 顔を背中に当ててきたニーシアが手を離した。


「アケハさん」

 振り返ってニーシアを見ると、何か言いたげな顔をしている。

 ニーシアが服の収納に手をいれる。

 小指ほどの幅広の葉を取り出すと、目の前で咥えてみせてきた。

 美味しいのか、少し笑顔になっている。

「この葉っぱを噛んでみてください」

 咥えていた周りの部分、半分ほどまでを指で隠して、反対側を差し出してくる。

 伸ばされた手の先、葉を咥えて歯で潰す。

 酸っぱい。

 葉から少し水分が出て、舌の先に味が広がった。

 予想していた苦い味でなかったため驚いたが、酸味も優しい。

 場所を変えて再び噛む。口の中で唾液が増える。

「ベニソラという植物の葉です」

 資料で見た事は無い。知っていて当たり前の植物なのか。

 おそらく山菜取りで拾って、畑で保存していた物だろう。

「料理にも使われていて、先ほどアケハさんが焼いた、肉の漬けダレにも加えてありますよ」

 肉の脂の多い料理では、酸味を加えた方が舌が疲れにくい。

 漬けダレに咥える際には細かく刻むか、しぼった水を加えるのだろう。

「しぼり汁を水に混ぜて、いたずらをするそうです」

 葉を咥えさせる場合は、葉を見せるだけで気付かれてしまうので、いたずらにならないか。

 気付かなかったが、これまでの料理でも使われていたかもしれない。

 口を葉から離す。

「知らなかった。噛んだ時に驚いたよ」

 ニーシアが葉を持つ手を体の横に戻す。

「本当ですか! 良かったです」

 見上げる姿勢のニーシアが歯を見せて笑う。いたずらで喜んだ様子ではない。

 料理の知識が増えるのはありがたい。

「呼んでくるよ」

「はい、お願いします」

 レウリファや獣人の2人を呼ぶために向かう。

 雨が降りそうな、湿気を帯びた風が届く。早く呼びに行った方がいい。

 振り返ると、前で手を重ねたニーシアが待っている。

 ダンジョンに入り通路を進む。

「レウリファ、朝食ができたから向かおう」

 寝巻から着替えたレウリファが部屋から出てきた。

「ありがとうございます」

 距離が少し近い、気がする。レウリファの顔が少し赤い。

 色を比べようとレウリファの顔に手をそえると、目を閉じてこちらに寄ってくる。

 昨夜の出来事を思い出して手を引いてしまうが、抑え込む。

 喜ぶだろうと思い、レウリファの耳を撫でる。

 耳の付け根まで指が届くと、レウリファの尻尾が元気になっていた。

「行こうか」

「はい」

 腕を降ろして出口へと進む。

 レウリファの怪我を気にして、少し歩く速度は行きよりも落とす。

 通路の途中で待つ2人も呼び、ニーシアの待つ食卓に向かった。



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