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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
2.逃亡編:38-62話
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54.不安定



 客人にはダンジョンの通路、その中ほどに寝床を準備させた。

 運んできた荷車にあった野営の道具は、こちらのそれよりも質が良いため、今後は自分たちも使う事になる。

 明らかに質の良い、1人分の敷布団は主人が使っていたものだろう。あとは護衛が使っていたらしい布を使わせた。


 彼女たちの寝床の方向を見る。ダンジョンで長く暮らしてきた配下の魔物はもういない。

 ニーシアに出会った時、道にいた盗賊が投げた剣を防いだゴブリンは、どれだったのだろう。腕の傷に巻いた布は知らぬ間に外されていた。解体された今では確認する術はない。


 魔物たちを個体として意識してこなかった。だから囮として利用できたのだろうか。

 一斉に襲い掛かったとしても、護衛の男獣人を殺せた気がしない。ゴブリン達が抵抗なく殺されていったのだ。

 自分より強い相手に狙われるなら、配下の魔物を見捨てる覚悟がいるのだろう。男獣人によって実感させられた事だが、実践できる自信はない。


 ダンジョンに暮らしていたのは、便利だったからだ。食料を確保できて、人間に会えるまでの戦力が得られた。

 自力で稼ぐ方法が無くダンジョンに頼る事になり、魔族の疑いがあるため人間の住む場所では安心できず、ダンジョンの戦力無しでは生きていけなくなった。


 魔物に人間を襲わせる事は、人間社会から見れば脅威だ。ダンジョンを壊し魔物を減らすという目的で、勝手に探索者はやってくる。彼らの侵入を防ぐ必要があり、十分な戦力を持つ討伐組合からはダンジョンの存在を隠したいため、探索者を帰す事はできない。

 今の自分は快適な生活をするために人間社会に依存して、人間社会の脅威になっている。

 ダンジョンの武力で守り、探索者から逃げ続ける生活は、危険が多い。

 自分の存在を明かしてダンジョンを認めてもらうため、信頼できる人間を増やすためにも、人間社会を深く知らなければならない。


 通路に他人がいるためコアルームには入りたくない。

 DPも昼に確認はしていたし、侵入者の有無も先ほどダンジョンを歩いて確認した。それでも欠かさなかった習慣を抑えているため不安になる。

 気を落ち着かせるために、動く当てが無いか寝台から離れて考えていると、レウリファの部屋の入口が視界に入った。

「レウリファ、起きているか」

 おそらく鞄がしめられる音だろう。

「はい、ご主人様」

「部屋に入ってもいいか?」

「少し待ってもらえませんか」

 布が動かされる音の後に、寝台がきしむ。

 寝巻姿のレウリファが部屋から現れた。

「どうぞ、お入りください」

 入口横に立つレウリファは前側で手を合わせていて、うつむきながら見てくる。普段より縮こまっている様子だが、威圧した事などない。

 狭い部屋だ。棚と箱鞄、物は少ない。

 部屋の半分を埋める寝台に腰掛ける。

「レウリファも座ってくれ」

 毛布は綺麗に寄せてある、が幅を取っている。折り畳んで、場所を作る。

 資料館で襲い掛かって以降は近づく事を避けていたが、休んでいる時間に感謝を伝える事は許されると思いたい。

 隣に座るレウリファから拒絶された様子は見えない。

 腕や尻尾の毛並みは整えてあり、触り心地の良い、柔らかな流れがある。髪も出会った頃より伸びている、かもしれない。それもわずかだ。

「今日は助かった」

「ご主人様を助けられて、私は幸せです」

 自分が殺されれば、レウリファは死ぬ。逃げても首輪で殺されていた。

「何か、してほしい事はあるか?」

 レウリファが自身の手のひらを撫でて、止む。

「私ではなく、ニーシアさんに応えていただけませんか」

「ニーシアにも後で聞くつもりだ。俺一人で叶えられるものにしてくれ」

 ニーシアの手を借りては意味がない。

 こちらを上るように見回した、レウリファと目が合う。

「毛繕いを助けていただけませんか?」

 見た目では整えられていると思うが、自分がきた事で中断したのかもしれない。

「わかった」

 鞄を開けて道具を取りだしてレウリファを見た。

 レウリファが寝巻の袖やスカート部分を短くしていた。

 毛繕いをする際に邪魔にならないためだろう。

 たが、露わになった太腿に腕に怪我。一部分だけではない、打ち付けたような円や筋状のあざ。変色した肌に流血は見られないが、良い状態ではない体。見えない部分でも同様だろう。

 気が付けなかった。

「楽な体勢になってくれ」

 自分が立ち上がると、レウリファが寝台に横向きに、軽くうずくまるように、寝転ぶ。

 手前に空けられた場所に膝をたてる。

「ありがとう、レウリファ」

 体に触れていいのかわからず、頭に片手をそえて髪を撫でる。手の重さを抑えるように指の腹を使い、耳を撫でるときも注意する。

 布を折り重ねた枕に頭をのせるレウリファ。痛がる様子はなく、片手を伸ばしていた。

 手でレウリファの伸ばした腕の先を浮かせて、櫛をあてる。既に整えてあったためか、櫛の通りもよく。逆に毛並みを崩している気がする。が細かく毛並みをとかしていく。

 レウリファのもう片方の手が、櫛をもつ手に触れてきた。

「レウリファ?」

 広く包み込まれた後、肘辺りに手が戻される。

「普段より手を抜いてしまったので、お願いします」

「わかった」

 コアルームに入れない自分と同じで、違う事をして気を紛らわせたいのだろう。

 レウリファの手に従う。動き、速さ。出来る限り覚えていく。手が撫でるように離れていった後も慎重に続ける。

 櫛の歯を避けていく毛並みは、櫛を変える毎に、避ける動きを抑えていく。早く動かしさえすれば、おそらく避け損ねる。だがそれでは意味がない。

 互いがあえて速度を落とす事で、普段より柔軟な思考による行動選択ができるようになる。

 競うためではない。互いを高め合い、自分たちより強い存在に踊らされないように体を慣らしていく作業だ。

「脚を出してくれ」

「……はい」

 寝台の上を滑る脚を受け取り、軽く手で撫でる。

 自身の努力で磨き上げられた動きは、確かに鋭く、美しい。だが、同時に柔らかさを忘れてはいけない。死角、致命的な弱点が一つでもあれば、命は容易く崩れ去ってしまう。

 他人の判断によって鋭さは失われるだろう。だが。長く命を繋ぎ、さらなる高みを目指そうとするのなら。他人の目によって研磨されるべきなのだ。

 多くの障害を乗り越え、多くの経験を積む事で、そして。ようやく、見えずにいた、はるか高みを望む事ができる。そこに至るかこそ、自身の努力に限る。


 足先まで、手で舐めとる。指の間、爪の先、触れていない場所は無い。優しく解放する。

 目の前の震える体。呼吸を落ち着かせるために、顔を隠そうとする腕。広く動く胸。

 仰向けに、すべてをさらけ出そうとする、その体はこちらを誘う。

 漂う淫らな香りは、肺を深く、甘く染める。

 染み着いた匂いは、吐く息、ほんの動き一つでも広まる。

 遠く望む、舌を隠すはずの口は、ふさぐ術を失い。助けを乞う。

 喉へ落ちる事を必死で耐える舌を見つける。

「は、早く、もう駄目」

「待っていろ」

 慌てて動けば、その揺れが伝わる。わずかな失敗さえ許されない。

 腰を這い、進み寄る。残した片手を、脚を伝わせ被膜を潜る。

 腕を解きこちらを望むその目には、地のめぐみ、甘露が溜まる。乾く前に救わなければ、

 長きに隠されてきた、この目を妨げる、忌まわしい障害をめくりあげる。

 既に浸食が始まり、地表の各所に汚染が表れている。……私が遅れたばかりに、

 手遅れなど考えたくない。深部まで届くかもしれない。

 私だけではなく、番いにまで届いているなど、

「必ずだ、必ず救って見せる。だから――」

「アケハ様」

 ……誰の事だ。

 知らない誰かを呼ぶ。違う存在、違う状況。

 目の前の番いが私を見ていない。何故、私を呼ばない。

 何度繰り返して、ここまで辿り着いて、ようやく……、何故だ。

「痛!」

 これは囮か。なぜ本物が動かない、まさか。

 私は既に……。


「レウリファ」

「はい」

 片肘と両膝が自分を支えている。

 頭を優しく撫で、もう一方は重なる手、腕に応えて動かす。

 口の中で舌先を当て合い、柔らかさを確かめる。

 慣れない動きで、指先で塗るように絡め。合うように応えてくれる。

 舌を包む、異質な味を受け入れる。これがレウリファだと。

 熱い息が頬をなでる。

 口を離してから、一度唇を重ね繋ぎを切ると、見つめ合う。

 捉えて離さない青の瞳。前髪をどけて露わになる、下がった眉。

 こちらを求める仕草に、自分という不気味な存在が救われる。

 彼女の熱が届く。

 濡れた唇が呼吸をするたびに動き、まとわりつく濡れた匂いが届く。

 レウリファが両腕でこちらにしがみつき、体を押し付けてくる。

 重さに耐えきれず自分の体勢が崩れた。

「い、痛いです。アケハ様」

 驚いて、体を持ち上げる。

 レウリファが涙を流している。

 体を離そうとすると、レウリファに抱きしめられ唇が合わさる。

「ごめんなさい、ご主人様。私に怪我が無ければ……」

 腕を放したレウリファが謝ってくる。

 寝転んだままのレウリファから退いた。

 寝巻は胸元までめくりあがり、下着は見えている。

 胴体にも痣ができていて、自分の意志の弱さが原因である事は認めている。だが、レウリファを襲う理由は無い、怪我をして痛みがあるから寝かせたはずだ。

 考える前に、一度レウリファから離れた方が良い。

「ごめん、……毛繕いはできていたか?」

「助けていただき、ありがとうございました」

 レウリファは優しげな顔をしている。

 何かおかしい。

 知らない間に脱いでいた靴を履き直し、櫛を戻すと、毛を受けていた布を持って部屋をでる。

 ダンジョンの外には行かず、ごみ箱に落ちた毛を捨てる。

 布を返しに行く事を迷うが、朝にも使うなら返すべきだろう。

「レウリファ、部屋に入ってもいいか」

「どうぞ、お入りください」

 レウリファは寝転んでこちらを見ている。毛布をかけており、折っていた袖も戻してあるようだ。

 布を仕舞い、箱鞄を閉じる。

 毛布から出る手が、寂しそうにしている。

 レウリファがこちらを見るので、近付いて髪をなでる。

 レウリファの首輪。それと繋がる指輪を自分の指がはめている。

「おやすみ、レウリファ」

「はい、ご主人様」

 部屋を出て、自分の寝台に寝転がる。

 自分の存在、行動を理解できない。



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