53.遺恨
DP確保のために侵入者の死体をダンジョンに運ぶ。荷車を往復する。運ぶために利用している荷台は血泥で汚れ、敷いていた布も含めて、後で水洗いをしなければならない。レウリファにはニーシアの護衛を頼んだため、一人で全部を運び込んでいる。衣服を洗う手間が減ると考えるなら悪い選択ではない。
ニーシアはお湯を作っている。客人の体を洗うための水や薪を運ぶ際には、侵入者が持ち込んだ荷車を利用していた。綺麗に整備されていたため、予備としても使え、王都に向かう間の荷物も分担できるだろう。
使用した事の無い大きな鍋を火にかけている。ニーシアの隣に武装をしていないレウリファがいて、2人の客人は食卓の腰掛けで休んでいる。広場の中で障害物が多い場所は戦いを避けていたため、食卓近くも掃除は必要ない。数日で出ていくが、戦いの跡は消しておきたい。
足を踏み外さないように、向こうを見続ける事を止める。足元に散らばる槍を先に回収した方が、片付けを早く終わるかもしれない。汚れの少ない配下の死体を抱えて荷車に積んでいく。
腫れに変形。怪我は既にあるが、傷が破れて流血させないように慎重に扱う。狩りの獲物など血で汚れた死体は運び慣れているが、綺麗な死体を扱う事には慣れていない。
汚れ切った荷車に乗せる事にも抵抗がある。もたれさせた背に汚れが移り、見慣れた死体になると、次の死体へと視線を移す。汚れ切った体を後で洗わなければならない。お湯は残っているだろうか。冷たい水で血の汚れを落とす事には飽きた。
荷台の中で、それぞれを小さく収め、うつむきにさせてある。往復の必要も無く、一度に運べる量だ。空いた場所に槍や盾を置く事も考えたが、後で解体する死体と処分する武器では運ぶ場所が異なる。これらの武器を洗ったとしても使う配下も人間もいない。
臭いが残らないように、ダンジョンの入口に死体を置いていく。今は荷車が通れない状態だが、ニーシアたちの作業が終わる前には、元の状態に戻せるだろう。死体は廃棄所か解体所に移し、敷いた土の入れ替えも行わなければならない。
配下やレウリファに手伝わせていた作業だが、ダンジョンを放棄した後はしばらく経験できないので、一人で行える事に安心感がある。自分の失敗で増やした死体を運んでもらう事に抵抗があり、ダンジョンを放棄する時に縛って殺す事になるなら、自分の手で行いたかった。魔物ではあるが、一緒に暮らして、生活を助けてもらっていた存在だった。
ニーシアやレウリファも大して気にしていないかもしれない。王都には連れていけない魔物、獣魔登録が認められない魔物を失っただけだ。
作業着を脱いだが、内の服まで血が染みている。靴と手を洗っておけばコアルームに行く際にダンジョンが血で汚れる事はないはずだ。
人間4人と獣人1人の死体はDP増加も大きかったが、その後で増えた配下の死体は数の割りには少なかった。人の死体にはダンジョンの管理に有用な何かがあるのだろうか。
ダンジョンに死体を置く利点として、魔物の表面を保護している魔法をはがす点もある。魔法の使用に必要な魔力をダンジョンが吸い取っている場合に、魔石が無い方が魔力を吸収できるのだろうか。
原因を調べたいと思うが、外見が似ている存在を解体するのは気分が悪い。以前やってきた探索者でも頭蓋を割るだけで細かい解体はしていない。聞いたところ、ニーシアもレウリファも人肉を食べる習慣はないらしい。
死体を運ぶ途中でニーシアたちを見つける。体を洗うために食卓から移動したらしい。排水溝の続く先には解体場と廃棄所がある。
人間の死体は処分する前に装備をはがす。ダンジョンのコアを売却しないため、足しになるものは残しておきたい。荷車が増えたため運ぶ余裕はある。後で探索者の鞄や荷車の積み荷も確認しておきたい。アメーバによる処理で、革の元になる毛皮は分解できる事は知っているが、金属塊を分解できるのだろうか。
死体を運んだ後は、荷車に水とショベルをのせる。魔物の解体作業はレウリファに手伝ってもらいたいため、先に広場の掃除を終えおく。
黒い粉が広がる地面は、血溜まりと共に埋める。黒い粉は探索者が襲い掛かる魔物に対して投げたもので、これを浴びた雨衣狼は死んでいる。死体も直接触れない方が良いだろう。
ニーシアに頼まれて客人を雨衣狼で監視させると、レウリファがこちらの作業に加わり、解体作業まで続けて済ませる事ができた。
数日中にダンジョンを離れるため、解体した肉は簡易な保存加工しかできない。配下の魔物の肉は優先して消費する事になる。
ニーシアが料理を作り始める。食卓まで伸ばしたダンジョンの柱も目立っていない。
食卓には腰掛けが2つ増えていて、奴隷の2人も一緒に食事をする事になる。
目の前で座る2人は、髪も整えられ、衣服もまともになっている。周囲や人の動きを目で追うような、戸惑いが残っているが敵意は見えない。
「首輪が締まるのは、いつなんだ?」
「2日後の昼間です」
もう一人も頷く。
首輪を外す費用も主人の許可もない。都市に行ったところで生き残る事はないだろう。彼女たちはこちらの要求に従って、ここで留まっている。
「あの。護衛、デシウスさんの死体は……」
自殺をした男獣人の名前だろう。服装からみて扱いに差があったはずだが、話をしたりしたのだろうか。
「親しい仲だったのか?」
「違! いいえ」
急に立ち上がろうとして、途中で止まり、腰を下ろした。
もう一人が答えている彼女の顔を見ている。
「……ですが妻も子も知って、いました」
死んだか、殺されたか。売られた可能性もある。
主人の男がデシウスという護衛の獣人を戦わせる際に言った事は、子供の事だったのか。妻と子を捨てた相手は守りたくなかったのかもしれない。
雨衣狼で主人を襲わせた時に護衛のデシウスは助けに向かわなかった。そんな関係だったからこそ自分が助かった。
あるいは目の前の、何かを隠している様子の彼女が妻なのか。判断材料は足りない。
「護衛だった男の死体は、既に処分をした」
衣服を奪い取った後は、首輪も奪い、アメーバのいる穴に投下した。引きずった状態でも重く、あの体躯が襲ってくるのは想像したくない。
血まみれになった鎧と切れていた尻尾が印象に残っている。人間に見せかける場合は耳も切り落とすだろう。何か事故で失ったのだろうか。
推測でしかない。
「そうですか」
見える相手の感情はわからない。
「死ぬ前に身に着けておきたい物はあるか?」
「……いえ、もうありません」
「私たちは個人の荷物を持っていません」
魔物が住むような外に連れてくる服装でもないし、奴隷との関係も悪い。あの主人がダンジョンに来るまで生きていた事が意外だ。元々は安全な手段で奴隷を扱っていたかもしれない。探索者も同様に、ダンジョンのコアは危険をおかしてまで欲しいものだったのだろう。
「そうか」
2人に対して自分が助けられる事はない。こちらの都合で死期をのばした事を、失敗だと後悔しないようにはしたい。ニーシアとレウリファも自分がいない間に会話をしていただろう。無意味にはしたくないはずだ。
ニーシアが配膳を始めるとレウリファが手伝う。
自分の左右にニーシアとレウリファが座り、普段よりも温かい食事になった。




