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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
2.逃亡編:38-62話
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52.失明



 走る様子も無く。構える様子もない。

 護衛をしていた男獣人は、軽い足取りで、時間をかけて向かってくる。

 丸盾と片手剣。腰のベルトにも小型武器があるだろう。要所に金属が使われた鎧は、頭を除いて全体を隙間なく包んでいる。優れた体躯を鎧が一層大きく見せている。

 自分が見られている事が遠くからでも実感できる。

 自分の前に立つ、盾を持つホブゴブリン、槍を構えたゴブリン、その両端にいる雨衣狼。隣のレウリファでさえ、男の目は捉えていない。


 骨を折った事はない。突進、斬撃、蹴り、殴打。男の攻撃をひとつ受けるだけで、この脆い体は壊れてしまう。獣人が人間より強いという事は聞いているし、レウリファを見て実感している。体が大きい方が強いという事も、配下の魔物を見ていれば気付く。

 息が出来ない。男の目が何故、自分を見ている。構えた腕を下げれば、後退すれば、あるいは逃げれば、視線を外すだろうか。喉を動かせず、口の底に唾液がたまる。上顎に張り付く乾いた舌を、わずかに左右へ動作させれば、この不自然な状態を治せるはずだ。

 動けない体が、自分の意思とは関係なく、動き出す。腕を下げる事も、足を踏み出す事も、顔を逸らす事も、何もできない。ただ、意識していない部分から震えが伝わってくる。

 脈動が、耳や肌で感じられる。


 こっちを見るな。視線さえ無ければ、体は動く。

 何か視線を逸らす方法は無いか。

 自分と男の間にある。

 囮がある。

 襲わせれば。男も対応するはずだ。


「……ゴブリン。あの男を襲え」


 ゴブリンが駆けていく。4体が同時に襲えば、避ける事に集中するはずだ。それにゴブリンは背が低い。攻撃する際も体を下げるだろう。


 相手に近づいたゴブリン達は一斉に槍を突き出して、男が歩く。

 槍を踏みつけ、ゴブリンを蹴る。頭が垂れた。振るった盾で、ゴブリンは転がる。倒れたままだ。斬撃の後に、頭部がへこんだゴブリンは弾き飛ばされていた。槍が地面に広がっている。


 体を動かす前に視線が届く。

 長い時間視線をそらせる、新しい囮が必要だ。

「ご主人様! 何をしているのですか!」

 槍では攻撃を防げない。守るもの、盾が要る。

 盾なら男の前に立って攻撃を防げる。


「ホブゴブリン! 男を足止めしろ!」

「ご主人様! ニーシア! 助けて!」


 今度は体を動かせるはずだ。

 数は少ないが、盾がある。

 盾なら、男の足も盾も剣を防げるはずだ。

 歩みも止まるはずだ。


「アケハさん。先に謝ります!」

 胸が押されて、足が追い付かず、背中を打つ。

 視界が晴れた瞬間、陰に落ちる。


 顔に布をかけられて、柔らかく包まれる。

 腕も手も足も力が入らず、上にある重みを退けられない。

 植物と土。湿った臭い。蒸れた汗とわずかな脂の生きた臭い。

 息を深く吐き。かすかな木の実の甘い香りを探す。

 鼻を押し付けて動かすと、張っていた布も緩み、隙間ができる。


「落ち着きましたか? アケハさん」

 呼吸を落ち着かせると、こもった声が聞こえる。

「……ニーシアか」

「私です」

 剣が離れた手をニーシアの後ろに回す。

 触れた途端、顔への重みが増して、頭に回された手で胸に押し付けられる。吐く息が逃げ場を失い。熱く、息苦しくなる。

 気づいたらしいニーシアが胸を離した。

「逃げろ」

「死ぬなら一緒に、です」

 何も見えないまま殺されたくない。

「ありがとう、ニーシア。立ち上がらせてくれ」

「はい」

 腹にあった重みも消え、上から離れたニーシアを確認して、身を起こす。ニーシアの腕と足には汚れが付いていて、おそらく自分の背中にも地面の汚れがある。

 立ち上がり、広場を見る。近くには3体の雨衣狼がこちらを見ている。奥で群れて転がる配下たちには生きた様子がない。男がいない。

 顔を動かすと離れた場所に男がいた。歩く先には転がるレウリファが立ち上がろうとしている。

 獣人ではないのか、あるはずの尻尾が男には見えない。小さいか、鎧で隠している。腕や足の毛並みは隠れて見えない。人間と異なる耳だけは見えている。首は隠れて見えないが、奴隷がつける使役の首輪をはめているはずだ。

 落としていた剣を拾う。


「雨衣狼!」

 自分は戦えないが、革鎧を容易に噛み砕ける魔物がいる。

 雇い主の男。荷車の前、護衛へ顔を向けて笑う男へと腕を向ける。狙わせれば、護衛の男がレウリファから離れるかもしれない。奥の女獣人たちは首輪をつけている。

「あの男を殺せ」

 駆ける雨衣狼たちは雇い主の男へ向かう。

 気付いたらしい護衛の男は立ち止まり、雇い主の男の元へと……向かわない。顔も振り向かない。ただ、動きを止めて、レウリファに近付く事は無くなった。


 雇い主の男は、近づく雨衣狼に気付いた。

「前に進んで、囮になれ!」

 2人の女獣人は布を着ただけで武器も無く、囮になるために前に進む。雇い主の男は走り出し、林に逃げようとした。雨衣狼が歩くだけの囮を無視して、逃げる男を狙う。雨衣狼に飛び掛かられると、大きな悲鳴をあげる。言葉にならない、いくつかの叫び声を出し切った後、声が止んだ。

 奴隷だった女獣人は立ち止まっている。

 護衛の男は動かずに、剣を落としている。レウリファも男へと顔を向けている。動きがない。護衛の男が腰に手を回した後、自身の首へと動かした。

 血が飛び散ったのは、腕が離れてすぐの間だけだった。立ち尽くしている男はレウリファの方を向いていた。音も立てず、うずくまるように崩れ落ちた。

 しばらく見ていたレウリファだが、こちらに戻ってくる。歩き方に異常は見えないし、大きな怪我をして、血を流している気配もない。転がっていたのは相手からの衝撃を逃がすためだったのだろう。


 残っていた2人の女獣人が、足を引きずるようにこちらに歩き出す。

 雨衣狼に殺された男が彼女たち奴隷の主人であったなら、身に着けた使役の首輪でいずれ死ぬ事になる。首輪がしまるまでの時間はわからない、主人が複数いる可能性もある。

 雨衣狼をそばに呼び戻して、女獣人の遅い歩みを観察する。

 隣まで歩いてきたレウリファも盾を構えて待ち、ニーシアもそばで見ている。

 途中で歩みを止めると身を屈める。足元には配下の死体が集まっていて、その中から槍を拾い上げた。こちらに向ける様子はない、女奴隷同士で顔を見合わせると、槍に顔を向けた。

 槍の先は自身に向けられていて、両手で短く掴んだ。

「待ってください!」

 ニーシアが叫び、女獣人たちが振り向いた。

 近づいていくニーシアに続いて、自分もレウリファも歩く。振り向いたままの2人はこちらの行動を力の無い表情で見ている。

「毛並みを整えませんか?」

 ニーシアは武器を持つ相手に、警戒をさせない声で話しかける。

 2人は肌は汚れていて髪も乱れており、手足も尻尾の毛並みも崩れている。

「使い古しですが、衣服も用意できます」

 2人の身に着ける布は、服ではある。収納もなく、肌着に近い形だが、布の質は悪い。

「アケハさん。身を洗うために、お湯を準備してもいいですか?」

 こちらを向いたニーシアは、断ってほしくない様子でうかがう。

「好きに使っていい」

 薪は使い切ったとしても、近くの林で補充ができる。

「どうでしょうか? こちらも聞きたい事があります」

「……かしこまりました」

 再び顔を見合わせた2人が答え、うつむく。

「槍も、もう降ろしてください」

 音を抑えるように、屈みこんで槍を地面に置いた。



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