50.強光
きしむ寝台から身を起こすと訓練の準備をする。物置部屋にある武装はレウリファの分が持ち出されていて、広場に向かうと先に訓練を始めていた。柔軟運動や、上手に倒れる練習を行い。剣の扱いを確かめる。体を慣らした時にはレウリファがこちらを待っていた。
目の前にいるレウリファを隠さない位置に盾を構える。
走り迫るレウリファの進行方向から身をずらすが、軌道を合わせてくる。接触時の衝撃を下がって逃がし、脇に回り込むレウリファへ盾を向ける。
迫る剣を盾で弾き、隙を狙って剣を突き出す。左に避けたレウリファに盾を合わせ突進するが、素早く距離を離された。
剣を左に持ったレウリファが離れて立っている。腰に回した右手が振り向けられると、盾の表面が叩かれる。投擲武器の真似だろうか。相手が一人だと投擲武器も脅威にならない。足元を狙われないように警戒して、向ける盾から逃れるレウリファに近づく。
レウリファは途中まで逃げていたが、剣の打ち合いに応じて、最後は剣を下ろした。
盾を無くした訓練になると石を当てられる。近くで投げられた石は剣の腹で弾く事もできない。自分が戦う時に備えて盾を作成すべきだろう。配下のゴブリンが使う小さな盾だとしても、あれば余裕は生まれる。
身に着けている防具では肩や上腕を守れない。下に着ている厚め服も刺さる可能性が残る。下半身でも同様だ。隙間なく守る防具は値段も高く、買う事を諦めていた。
訓練を終えて片付けをした後、朝食を食べて少し休む。
普段なら狩りに出ている配下のゴブリンも、ダンジョンの近くに留まらせている。3人が王都に向かう間の食料は確保してある。運べない食料は消費しても問題ない、と2人も気にしていない。配下の魔物もダンジョンから離れる事を嫌う。迷宮酔いをするのかもしれない。
夜気鳥が自分の元に飛んできた。複数の存在が近くにいるらしい。対処のためにダンジョン前の広場にいた配下も呼び戻して、完全に武装をさせる。
コアルームからダンジョンの外を警戒する。照明代わりとして広場に作った柱が役に立った。ダンジョンの入口に隠れているレウリファよりも視野が広いはずだ。
夜気鳥に相手の居場所を示させると、接近している事がわかる。腹切りねずみに命令してレウリファにも相手の方向を伝える。
林から複数の姿が見える。横に広がっている探索者であろう3人が木々の陰から現れる。討伐組合が行う周辺調査が来るには早い。オリヴィアの予想でも、あと6日は余裕があるはずだ。個人で来たと考えた方が良い。
3人とも革鎧を着ており、その内2人は盾を持っている。剣を構えているが、遠隔武器を持つ探索者はいないのだろうか。前に来た探索者は、剣が届かない腹切りねずみに対して、魔法らしきものを使って攻撃していた。それ以外にも小型の刃物を隠し持っている可能性もある。都市クロスリエの武器屋に置いてある弓や投擲武器は、探索者なら一度は目にしているだろう。
侵入者は広場を慎重に進んでいる。生活の跡を見れば、人間の手が加わっている事は気付いているはずだ。あるいは知恵のある魔物が住み着いている事を考えつくだろう。相手は林に逃げ込める距離で止まる。
3人の探索者を相手にするには戦力が足りない。魔物がダンジョンから飛び出した瞬間に逃げられる可能性もある。違う方向へ逃げられると確実に取り逃がす。戦力を分ける余裕は無い。
自分とレウリファで誘い込む場合は、襲い掛かってくる可能性がある。獣人が強いとしても人間の3人から囲まれて無傷とはいかないだろう。その状況で素人を護衛しなければならない。
獣使いの探索者を騙り、警戒されない数だけ配下の魔物を連れていくなら、囮として他の配下が近づくまで時間を確保できる。後方から槍を投げて探索者たちが協力する事を防ぎながら、一人ずつ殺していくべきだろう。3人もいると時間がかかる。
生み出す魔物は雨衣狼でいいはずだ。他の魔物では鎧を着た相手にいい攻め手がない。新しい魔物を選ぶ事もできるが、焦っている今は使いどころを誤るかもしれない。残っているDPでは雨衣狼も2体しか増やせない。
生み出した2体の雨衣狼を連れて、ダンジョンの入口に向かう。
レウリファは外に顔を向けており、配下の魔物は襲撃できるように待機している。ニーシアもそばでたたずんでいる。
「ニーシアは隠れていた方がいい」
監禁された人を助ける探索者かもしれない。
「嫌です」
「そうか」
魔物が生息する環境なら、都市まで送り届けるより、殺して捨てる方が楽だ。それにニーシアも人の集団に対して嫌悪感が残っているだろう。
「レウリファ、相手はこちらに近づいているか?」
「いいえ、立ち止まって会話をしている様子です」
「内容は分かるか」
「申し訳ございません」
聞こえたとしても対処は変わらない。ゴブリンから借りた盾を構えながら、生み出した2体の雨衣狼を連れて広場へと進む。レウリファも隣で守ってくれる。
遠くにいる相手が武器を下げたため、こちらも同じ動きをする。ダンジョンに引き寄せるために離れた場所で止まると、相手が会話ができそうな距離まで近寄る。
「探索者か?」
一人が声をかけてくる。
「そうだ」
探索者たちが相談をしているが内容は聞こえない。3人の間隔が狭くなって槍で狙うには都合が良い。致命傷にはならないが足を止める事はできる。
「雇い主さん! こういう時はどうすればいい!」
一人が林の方を向いて声を上げる。
他にも人がいたのか。早めに知れてよかったと考えられるべきか。戦闘を始めていたら遠くから狙われている事に気付かなかっただろう。
質の良い武装をした獣人の男が現れる。胴体は金属板で守られていて、関節部も革を継いで隙間を埋めている。体躯も優れており、腕はこちらの太腿より太いだろう。武器を持っていなくても殺されそうだ。
その後ろから現れた男、自分と同じような安物の鎧を着ているが、探索者といった印象は受けない。歩き方も悪く、武器も身に着けておらず、鞄も背負っていない。2人の女獣人を従えていて、荷車を任せている。押し役もその隣も、布一枚というべき服装で戦える様子はない。
「なんでここに探索者がいる。獣使い、それと女獣人か」
「……ご主人様」
レウリファの小さな声に従い、ダンジョンの方に後退する。
「まったく、先に見つけたのではなかったのか?」
「往復する間に入り込まれただけだ」
雇い主の男と探索者たちでの取り決めだろうか。
「そういうわけだ、よそ者は帰ってくれ。ここは私のものだ」
ダンジョンを見つけた探索者が雇い主の男に売り込んだのだろう。迷宮酔いに気付いてダンジョンの位置を確認しただけなのだろう。ダンジョンの中を覗いたならコアを壊して持って帰るはずだ。
「今立ち去るなら、後で金をくれてやる。木貨でいいだろう?」
ダンジョンコアの価値と釣り合わない。普通のダンジョンであれば魔物の退治で費用が掛かるのかもしれないが、ここは違う。相手はその事を知らないだろう。売り渡すつもりもない。
「断る」
「断るだろうな。私もそう答えるよ」
笑う男はこちらから目を外して、探索者たちに顔を向けた。
「ほら、お前たち。報酬が欲しければ、ダンジョンの前にある障害物を取り除け」




