47.オリヴィアの提案
オリヴィアは話すのを止めている。隣に見えるサブレも動く様子は無い。応接間の中にいるニーシアもレウリファも物音ひとつ立てていない。
軽く合わせていた指を離したオリヴィアが体を傾けたように見える。
「私にダンジョンを売らないか? この都市が落ち着くまで、……いや、食客として迎えてもいい。他に家を用意する事も可能だ」
手を軽く広げてこちらを見てくる。
「何なら明日にでも一緒に向かってもいい」
他の探索者に見つかってダンジョンのコアを壊されてしまえば、オリヴィアに利益はない。
ダンジョンのコアを壊すなら、先に配下の魔物を殺す必要がある。手足を縛る道具は都市で用意できるが、自分を助けてくれていた魔物を殺す事が出来るかわからない。
配下の魔物を食べる事も、食料に余裕ができるまでだった。ゴブリンは一緒に訓練をした事もあり、食料を確保してくれている。墓守熊が来た時に戦ってくれた雨衣狼は、治癒できない怪我を負っていたから殺しただけで、可能であれば生きてほしかった。
仲間だった魔物を殺してまで、ダンジョンのコアを奪う事ができるのか。
新しく魔物を生み出す事もできるのだ。少しの間は探索者も撃退できる。その後は同じように殺されるか、あるいは仲間を殺された後はコアを持ち去って逃げる事も可能かもしれない。
「少し考えさせてくれ」
「そうして欲しい」
ダンジョンを壊して魔物に命令できなくなれば、ニーシアを連れていく必要も無くなる。魔道具を使える問題は残っているが、ダンジョンと違って自分は逃げる事ができる。今まで生活を支えてくれた恩もあるので、コアを売ったお金を分けて解放しても構わない。
奴隷であるレウリファは主人のそばから離れる事はできないので解放は無理だ。だが、レウリファが脅迫してくるなら、その命令に従う事になるだろう。身を守るにも、生計を立てるにも護衛のレウリファに完全に依存する形になる。気が付かない間に殺される場合では、レウリファを拘束できる首輪も役に立たない。お互いが共存できるような要求である事を願うしかない。
オリヴィアの家で雇ってもらえるなら、レウリファとも距離を作れる。
自分ができる仕事は荷物運び程度で、扱いも良いものでは無いだろう。それでも邸宅の中であれば、身の危険が少ない。
働けるレウリファとは別行動になるので自分に対しての行動を取る事もできないし、部屋も分けてもらえるかもしれない。
「何か聞きたい事はあるかい?」
「調査をする探索者がダンジョンの近くまで来るのは、いつぐらいかわかるか?」
それまでにはコアを壊して、ダンジョンから離れた方が良い。
「断定はできないけど、調査の場合は十日はかかるはずだ。調査範囲でも遠い場所であり、順調に調査が進むとは考えられない。調査で見つかる前に探索者が個人でやってくる可能性はあるから気を付けた方が良い」
都市周辺が危険になれば、遠くまでくる探索者が減るという考えは軽視になるか。
「君たちにとって一生が決まる選択かもしれない。今日は食事をしてからゆっくり休んだ方が良い。3人だけで話したい事もあるだろう」
オリヴィアから目を離して、隣に座るニーシアと反対側に座るレウリファを見た。振り向いたこちらに目を向けたが口を開く様子は無い。
「ここから離れた後に決めても私は構わないよ」
高価な素材が手に入るという理由だけなら、自分たちに対して丁寧な対応はしない。コアを奪い取るだけでいいはずだ。あの場所で襲えば証拠は残らないし、探索者の一人の主張はそれほど重要ではないだろう。
オリヴィアが話す内容は無くなったようだ。
「オリヴィアは魔族について何か知らないか?」
魔物を調べているオリヴィアなら詳しい話を知っている可能性はある。聖者が襲撃の中で見たなら、どのような存在か報告がされているかもしれない。
「魔族か……。君はどの程度知っているか先に聞いてもいいかい?」
「物語で聖者の敵になっている存在だと教えてもらった」
レウリファが教えてくれた。聖女物語という名前だったか。資料館で探した方が良かったかもしれない。
「まあ、探索者でもそのくらいの知識で十分だと思う。見つけたら逃げるのが最善というくらいだ」
討伐組合では魔族の情報を共有されていないのか。
「確証の無い、ただ集めた報告になるよ」
「構わない」
「多種の魔物を操れる事、意思疎通が可能な人型である事、洗礼を受けずに魔法が使える事、魔石を持っている事、といった程度だよ。今回の襲撃では人型が確認されたらしいけど魔族とは断定できていないようだね」
人型の魔物なら探せば見つかりそうだ。
個体としての脅威は大きな魔物に劣るが、襲撃を起こせるという事で危険なのだろうか。
意思疎通が可能なら都市に侵入する事も可能だ。
「魔族と人間を区別する方法はあるのか?」
「それは……」
オリヴィアの顔が下がり暗くなった。
「ある事にはある。頭蓋を割って魔石を確かめればいい。ただし、そんな方法では調べられないだろう」
殺した後で魔物であるか確認するのであれば、都市の住民に試す事はできない。
顔を戻したオリヴィアが答える。
「光神教の教会にきた魔族を倒したという噂は流れているから、光神教では確かめる方法があるのかもしれない。公開されていないのは、魔族に知られたくないだけで、確実に判別できるのかもしれない」
自分も教会に行けば確かめられるが、魔族とわかれば殺されるか。近付けない場所だ。洗礼は受けに行かない方が良い。
「報告された情報はこのくらいだよ」
「ありがとう、少しは魔族について知る事ができた」
「そうだといいな」
オリヴィアの目線がそれている。光神教の噂も希望であるだけで、真実とは限らないのか。
今回の襲撃が魔族の原因であれば、何も解決できていない事になる。規模の襲撃が再び発生すれば、都市の放棄もありえるのかもしれない。
ため息を吐いたオリヴィアは首を横に振る。
「他に聞きたいことはあるかい?」
オリヴィアがニーシアとレウリファの方を見まわした。
二人の方をそれぞれ向いたが気になる内容が無いみたいだ。
「もう無いな」
「そうか。なら食事が整うまで応接間で待つ事にしようか」
オリヴィアがお菓子を食べた後に、唇を隠してなめた。
話も終わった様子なので、自分もお菓子を食べる。
舌に触れた瞬間は苦みが強く、一口で食べた事を後悔しそうになった。
表面は砕ける硬さがあり、中には柔軟な食感がある。浅く噛むと潰れずに押し返してきた。苦みの中に果実の甘みや酸味があり、あとから砂糖の甘みが感じられるようになる。
お菓子の内部を崩すと、口の中の水分を吸われて舌に絡みつく。水を含んで溶けた表面は、焦がした苦みと酸味が感じられるため、崩れた後は濃厚で香ばしい風味を感じる事ができる。
一切れを食べるだけでも満足できるので、口直しの飲み物で一度休憩させてから食べるという理由も頷ける。
「癖のある味だけど、甘さに飽きた人には合うんだ。外向けだと甘いお菓子が多いからね」
オリヴィアが笑みを残して話しかけてくる。
「護衛の子に話しかけてもいいかい?」
「問題無い」
レウリファは一言も発していなかった気がする。
「私はオリヴィアだ。この国の貴族の一人で、マカロンという家名を与えられている。内ではオリヴィアと呼んで構わないよ」
「レウリファと申します。アケハ様の奴隷で護衛をしております」
「レウリファと呼ぶよ。君の主人には、行き倒れた際に助けられたという関係でね。君もできる範囲でくつろいでくれ」
「感謝します、オリヴィアさん」
「うん、素直な子は好きだよ」
レウリファとオリヴィアが目を合わせていた。
「食事の際に、この子も同じ食卓で良かったよね?」
「問題無い。いつもそうしている」
離れて食事をするような面倒はしていない。




