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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
2.逃亡編:38-62話
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46.浸食



 服装を着替えたオリヴィアが応接間に来た。

 庶民にまぎれない質のいい服で靴も変わっている。革鎧を今も来ている自分たちはこの部屋に似合っていない。

 この部屋にあるものには、落ち着いた印象を受ける装飾がほどこされている。

「待たせたね。ああ、座ったままでいいよ」

 対面の椅子にいたサブレが立ち上がったため、自分も続こうとしていた。

「サブレ。給仕を」

 サブレが部屋をでると、オリヴィアは箱鞄を降ろし、椅子に座る。

「ダンジョンの事はサブレには話してある。同席させていいかい?」

 断ったとしても、後で共有されるだろう。目の前でされた方が確信できる。

 ここでサブレと情報共有をしていれば、今後はオリヴィアとの繋ぎとして会う事があるかもしれない。

「言い広めなければ問題はない」

「十分に言い含めてある」

 言い終えた時に、サブレが台車を持って部屋に入ってくる。

 部屋を出る前から準備していたかのような早さだ。もしかすると他の使用人が用意したものを受け取ったのかもしれない。

 机に飲み物とお菓子が置かれる。手拭きも用意されたので鞄を開ける必要はない。

「サブレは隣の椅子に座ってくれ」

「かしこまりました」

 扉に近い方の椅子にサブレが座ると、オリヴィアがお菓子に手を伸ばした。

「これは王都のお菓子だったかな」

「はい、サコラの風味が強いので男性にも人気があります」

 四角い棒状のお菓子は小指の大きさで、オリヴィアが一口で食べた。

 指を拭いた部分を隠すように手拭きを折りたたんだ後、飲み物を飲んだ。

「いつ食べても美味しいな」

 オリヴィアは飲んだ後の器を、音を立てずに受け皿に戻した。

「君たちも好きに食べて良いよ。後で夕食が待っているけどね」

 会話がひと段落してからお菓子に手を出した方が良い。返答を求められるかもしれない。そんな気持ちを知っているのか、長椅子に両隣のニーシアとレウリファも手を伸ばしていない。

 馬車に乗っている間に自分は酒を貰ったが、ニーシアとレウリファは水分を補給していなかった。

 のどが渇いているかもしれないので、先に飲み物を飲んでみる。温めた水に香草を浸したような味だ。さわやかな香りが薄く広がるので、食後に一杯だけ飲むのが良い。多分、お菓子の口直しとして用意したものだろう。

「長い話になるけど、お菓子は食べなくてもいいのかい?」

「話を聞いた後で、食べたい」

 落ち着いてからの方が味わって食べられる。お菓子を食べる機会は多くない。

「わかった」

 オリヴィアが座り直した。


 オリヴィアの深い緑の目は自分に向けられている。

 一度、目を閉じた後にオリヴィアの目つきが優しくなる。

「私が討伐組合の近くにいたのは、魔物の調査をしていたからだ」

 自分たちの居場所を見つけた理由だろう。

「魔物による襲撃を受けた後、この都市の周辺では魔物が増加した。近隣でも見かけない魔物が現れるようになり、探索者の被害も急増している」

 討伐組合でも受付の男が話していた。都市を襲った魔物たちは遠い場所で集まったものだったと聞いた。

「その都合で討伐組合に仕事を頼まれた。探索者が届けた獲物を調べたり、組合が持つ資料を掘り返すといったものだ」

 もしかすると、討伐組合に狩りで得た素材を預けた時に近くにいたのかもしれない。獣人を連れた探索者がいないかを聞いて回れば、こちらの居場所は判明するだろう。

「守秘義務があってね、後から公開される情報しか話せない。事前に伝える事も問題だから君たちは口外しないように」

 オリヴィアを見ながら頷く。守ってもらっている立場なので面倒はかけない方が良い。

 無駄に反抗したとしても、逃げる場所は無い。オリヴィアの邸宅が都市のどこに位置しているか判明していない。出入りに使った門から離れている事だけはわかっているといった具合だ。

「有識者を集めた会議で共有された情報から話すよ」

 本題の前に知ってほしい情報があるのだろう。


「魔物の襲撃による被害は、都市の放棄を考えるほどでは無いらしい。中心部まで届いて教会が崩れた事は深刻な問題だったが、聖女や聖者が迎撃に加わっていた事で、民衆の大きな混乱は避けられた」

 自分たちが都市に始めて着いた時は、襲撃の後だった。

「襲撃の本隊は都市から離れた場所で、領主軍と聖者が率いる中央軍によって殲滅が成された。都市の被害はその他、分遣隊によって起こされたものらしい。その分遣隊も都市の警備部と中央の軍が魔物の侵攻を抑えている間に、帰ってきた主力が背後から襲う事で、これも撃退された」

 最初から城壁を頼りに戦っていたら、今より被害が大きかった可能性もあった。

 魔物の襲撃を早期に発見した探索者がいたので、魔物の種類や危険を知らせていた可能性はある。

「襲撃を止めた後、聖者は中央軍から離れて既に都市を去った。魔物を指揮していた魔族を探しに向かうと言い残したらしい。中央軍もこの都市の警備体制が復旧した後に帰還する事は決まっている」

 聖女は民衆の混乱を抑えるために留まっているのだろうか。

 都市にある店では女神の像が置かれている事があった。都市の住民にとって光神教は身近な存在なのかもしれない。

 洗礼を受ける事が大人の証明になっているので、子供にとって教会は欠かせない存在だろう。

「結果としては人間が勝ったという事だ。経験の無い規模の襲撃を、この程度の被害で抑えた事は最良だろう」

 自分が知らない間の出来事だが、大きな戦力が近くにある事は知れて良かった。

 

「中央軍が去った後で予測される、都市の治安の悪化が課題になった」

 城壁の内側まで魔物に攻め入られていたため、治安を守っていた兵士も殺されているだろう。

「襲撃を撃退した後でも、近隣の村からの避難民が帰る事を拒否している。都市の城壁を壊すほどの襲撃を見て、自分達の村では防衛できない事を認識してしまったのが原因らしい」

 ニーシアの住んでいた村では、身の丈もない木の柵しかなかった。この都市のように、人より大きな石材を積み上げた、城壁を用意する事は難しいのかもしれない。そんな城壁も襲撃で崩されている。

 城壁だけでなく迎撃できる戦力も必要になるなら、人が都市に集中する事は避けようがないだろう。

「既存の区画では避難民の受け入れをしない事が決定していて、襲撃被害のある貧困区を2区画分浄化して、新しく作った区画に避難民を定住させる計画が進んでいる。住宅区、商業区まで被害が届いているので、隣接する場所は避難民に住まわせた方が治安も良くなると考えられている」

 オリヴィアは貧困区を通る事は避けるべきと言っていた。避難民の方が貧困区の住民より安全なのだろう。

「襲撃後も残った貧困区では死体が増加している。食料の回りが悪くなった事も影響しているが、反乱の前触れなのではないかと、この都市の貴族たちも気にしている」

 反乱が起きた場合に避難民が先に被害を受けるようにしたいのだろう。魔物の脅威が実感しているなら、都市の中で反乱を起こすような無駄は避けるはずだ。

「正規の方法で住民を受け入れる余裕が、この都市には無いのが現状だ」

 都市クロスリエに移り住む事はできないという事だろう。加えてダンジョンから離れる事になれば、宿代は必要になり、狩りに出る場合も地元の探索者との競争になる。貧困区に住みつくような危険は避けたい。

「魔物の襲撃を受けて都市自体も問題が生まれているが、都市の周辺にもそれが関わってくる」


「都市周辺では魔物の増加で探索者の被害が増えている。襲撃を受けた後の一時的な影響だと考えられているが、今は探索者を一人でも減らしたくないのが討伐組合としての考えだ」

 都市の内部の話から、オリヴィアの仕事に関係する話に戻った。

「また、物流にも影響が現れている。緊急の護衛として探索者を雇う商人、個人まで現れた結果、探索者が他の都市に流出している」

 間接的にも都市の探索者が減らされているのが現状なのだろう。

「そこで討伐組合も最終的な流出対策として、安全確保のために2日距離を調査する事に決めた。君たちが住んでいる場所はその範囲に入っている」

 探索者の移動を直接禁止する事はできないのか。依頼という形でとどまらせるのだろう。

「ダンジョンは資源の安定生産のために、討伐組合で管理される場合が多い。都市からの距離も近いダンジョンであれば管理も容易だろう」

 討伐組合に探索者の行動を制限できないなら、管理下のダンジョンでも住み着く事は可能かもしれない。

「ただ、君たちの場合は立地が悪い。背後にある山脈は国を広げる際に砦を作る可能性がある。事前に危険は排除されるだろう」

 敵の侵入を事前に把握するために監視をするのは当然だろう。

「あのダンジョンは必ず壊される」

 オリヴィアも同じ結果を予測していた。



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