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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
2.逃亡編:38-62話
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44.幼姿綻礼、彼女と魔書3



 慌てていたニーシアを抱きしめていると、震えも感じなくなった。

「ここにいる間に、何かあったのか?」

 髪を撫でていると顔が上がる。

 口は開かないが、首を振って答えてくる。

 直接内容を聞いても答えないかもしれない。

「ニーシア自身で解決できる問題なのか?」

 返答は変わらない。

「俺やレウリファでも助けられないのか?」

 返事は変わらない。

「逃げるなよ」

 ダンジョンの情報を持つニーシアを手放す事はできない。逃げるなら、レウリファに命令してでも殺さなければならない。自分かニーシアのどちらかが死ぬ事になる。

「はい、アケハさん」

 背中に手を回されて、強く抱きしめ返される。

 自分の存在が認められている気がする。

 背中に手を回して、再び強く抱きしめ返した。

 ニーシアも自分も態勢を変える事なく、抱きしめ続けている。

「ニーシア、行こうか」

「そうですね」

 手をつないで離れるとレウリファの待つ場所へ向かう。

 棚を抜けて通路に出ると、現れた少女が目の前で止まる。


 こちらの顔を見ているので、意図があって行動をしているのだろう。

「マカロン様が呼んでいらっしゃいます」

 目の前に現れた子供は身なりもいい。

 オリヴィアから自分たちの外見を教えられているのか。都市で出会った時から服装も変わっているが気付くものだろうか。

 貴族という政治に関わる存在は、庶民に命令できる地位にある。従った方が良いだろう。

「時間があればと仰せられましたが、まさか、時間を空けずに来るという事はありませんよね」

 少女の声は聞こえるが、意味が耳に入らない。

「できる限り待たせましょう。明日でもいいです。いえ、一年後に向かいましょう。それまで私と一緒に遊びませんか?」

 冗談も含んでいるが、待たせるなという意味だろう。あるいは身を整えろという事だろうか。

「呼び出す目的は聞いていないか?」

「内容については何も伺っておりません。ですが、この時間からの面会となると屋敷で泊まる事になります」

 使いの人間に対してもダンジョンの内容は伝えていないようだ。

「連れ人があと一人いる。それと宿泊所に一度戻りたいが構わないか?」

 部屋を確保している以上、宿泊所に知らせておかなければ心配される。

「はい、問題ありません、後ろに付いていて構いませんか?」

「ああ」

「これから私は寵愛を受けるのですね。ああ、この身はついに役目を果たすのです」

 オリヴィアと出会った時も、似たような冗談を聞いた覚えがある。髪の色も似ているが性格も似ているのだろう。

 身をよじる少女の切り揃えられた髪が揺れる。

「アケハさん……」

「……あの人で間違いないだろう」

「私の事はサブレと呼んでください」

 目の前の姿勢を正した少女、サブレは無垢な笑みをする。

「俺はアケハと呼んでくれ」

「私はニーシアです」

「アケハさん、ニーシアさんですね。よろしくお願いします」

 まだ閉館まで時間があるが、待たせているのも悪い。

「レウリファの待つ机に戻ろう」

「そうですね」

 ニーシアの手を繋いで歩く。

 付いてきているか気になり、途中で振り返る。

 サブレがこちらを見てから笑顔を見せる。

「どうぞ、お構いなく」

 レウリファがこちらに気付いて、読んでいた本を下ろす。

「ご主人様、この方とはどういった関係でしょうか?」

「オリヴィアの使いで、俺たちを呼び出しに来た。屋敷の方で泊まる事になるから、宿泊所にも寄る」

 レウリファの視線が動く。

「わかりました。資料を返しに行きます」

 レウリファが司書を呼びに向かう間に、広げていた資料を整える。

 地図や地理の資料を運びやすいように積んだ後で、置いた覚えの無い本を手に取る。

 レウリファの読んでいた本だろう。

「私も屋敷の書庫でその本を読みましたよ、この都市でも置かれているんですね」

 オリヴィアの書いた本だ。題名も聞き覚えがある。

 内容が気になり、本を開けて途中を読む。


 興味深いほど情報量が多く、写実的な描写は物語というよりも生態調査に近い。ただし、この観察がされる間の獣使いの行為は、こちらの想像を跳躍している。男の行動さえ細かく描かれており、自分の動作は魔獣からの誘いを受けた形であるため、抵抗なく相手を捕らえられる。つがいの引き寄せられる動きに我を忘れて飛びつく様は狂気だ。意識して演技している。これは、……の……、


「ご主人様!」

 魔書だ。書いた人物は理解している。読んだ人物を。


 自分の手を包みこんだ手は酷く柔らかく、離れた時の喪失感は耐えきれるものでは無い。身体が横を向いたその瞬間、腕を伸ばして捕らえたところで逃げる様子は無い。そのまま引き寄せ、耳を軽く食む。指の横腹を丁寧に撫でていき、手首をつかむ。袖の隙間に指を通して毛並みを味わうと、こちらの腕を指で撫で返してくる。口から離すとこちらへ顔を向け、わずかに開いた口から、かすかに聞こえる音が近づく。この音を止めるように……、


「お二方!」

 激しい痛みと共に何かが流れた感覚があり、目を開ける。


 頭を傾けたレウリファがいた。

 相手を驚かせないように顔を離す。掴んでいた手を離して、互いの姿勢が戻る。

「レウリファか」

「はい、アケ……、ご主人様」

 何をしたかを覚えている。

「自分が悪かった」

「いえ、私こそ申し訳ありませんでした」

 レウリファという個を無視して襲い掛かるほど飢えていない。

「アケハさん、どうしたのですか?」

 誰かの声。

「レウリファが違う存在に見えた」

 机には魔獣姦通日話という題名の本がある。

 一部を読んだだけだが、人間と異なる部分に対する嫌悪が減った。これをすべて読んだ人間はどうなるのだろう。

「子供ではないのですから、簡単に感化されないでください。感受性が高いなんて言い訳はできませんよ」

 聞こえたのはサブレの声だった。

「それに、経験した以上は影響が残ります」

 レウリファの手前に現れたサブレがこちらを見ている。

 軽く見上げているサブレにゆるい表情はない。一切の動きも無い目の前の人間は生きた様子が見られない。

 森林を思わせる緑の瞳を見て、ダンジョンの周辺を歩いた記憶を思い出す。あの時はニーシアとレウリファが先を歩いて自分を呼んでいた。

「落ち着きましたか?」

「ああ、助かった」

「そうですか。これは読まない方が良いでしょう」

 机の本を取ったサブレが、離れた場所で立つ司書に返す。

 司書が台車に本を仕舞う動作を見て、自分も机の上を片づける。

 自分が司書に資料を返すと、注意されるが慰められた。

 資料館を出る事を伝えると、出口まで案内されて預けていた荷物を受け取る。


 外の空気は少し冷えている。オリヴィアを待たせているのは悪い。

 宿泊所に行き、受付で部屋を返して荷車の保護を頼んだ。

「マカロン女爵はどこで待っているんだ?」

「離れに停めてある馬車の中にいます」

 サブレに付いていくと馬車が見えた。装飾も少なく、塗装もされているように見えない。

 木板で組んだ箱に御者台が取り付けた馬車は、一見すると安く作られたようだが、素人が作るような歪みは無い。

「少し待っていてください」

 サブレが御者に話してから、馬車の扉に近づいた後で戻ってくる。

「中へどうぞ」

 サブレは側面にある扉を開けた後に踏み段を下りた。

 促されて馬車に入ると、前後に座席があり、後ろの端にオリヴィアが座っていた。

「また、会ったね君たち」

 庶民と変わらない服装をしたオリヴィアが話し掛けてきた。



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