43.逃げ道
自分たちが滞在している都市クロスリエは、ルミネリア王国の辺境都市らしい。
国境に面した都市の中でも、魔物の領域に接している地域であり、魔物による被害を多く受けている。
受付の男が話していた圏外とは、この魔物の領域を表す言葉で、討伐組合でも一部の者にしか探索許可が下りない場所らしい。
自己判断で圏外に行く事はできるが、都市から大きく離れるため素材を持ち帰る事は難しく、組合から資金援助も受けられないので、生活を続けられない。
魔物の襲撃の後、都市クロスリエの近くに魔物が増えた。
討伐組合では探索者を都市の周辺に向かわせて安全確保をしている。ダンジョンに来た探索者も、その中の一人だったかもしれない。
送った探索者が帰らない事が続くようなら、討伐組合も警戒して戦力を集中させるだろう。自分たちが暮らすダンジョンは長く暮らせない。
帰った時にダンジョンが残っていたなら、ダンジョンのコアを討伐組合に買い取ってもらうか。聖光貨が数枚あれば長く暮らせる。
お金が手に入ったら国の中央に移り住む方が良いかもしれない。都市クロスリエとは違い魔物の数も少ないので、戦う力の無い自分やニーシアでも暮らしていける。
ニーシアが人混みを嫌うなら都市や村の離れに家を建ててもいい。教会が壊れていない他の都市であれば洗礼を受ける事もできるだろう。働く事ができれば生活はしていける。
レウリファは大体の事ができるので問題ない。国の中央では魔物が少ないので狩りで生活するのは難しいかもしれない。魔物を倒して生計を立てるならダンジョンが多く見つかっている王都に行くという選択もある。王都のダンジョンは調査がされていて、浅い部分に出現する魔物は限られている。訓練を続ける内にレウリファと一緒にダンジョンに入る事になるかもしれない。
自分の存在は他人に知られたくない。魔物に命令ができる原因がダンジョンが存在している事にであればいいが、命令し続ける事ができた場合は獣使いを語るだけでは誤魔化しきれない。自分が魔物を操る、魔族という存在であった場合は、洗礼に行かない方が良い。光神教が聖女を有していて聖者も存在しているので、魔族に対して警戒していて当然だろう。教会は避けておくべきだ。
王都で暮らす場合は、ニーシアが働いて、自分が戦えるようになれば生活していけるだろう。
働き始めるまでの生活費や家を建てる資金をコアの売却額でまかなう事で、レウリファに納得してもらえないだろうか。ダンジョンや魔物を操作できなければ、洗礼前の子供と違いは無い。
陽気な精霊が残していったダンジョンも、自分の手から離れる事になる。
ため息を吐く。
地図や書類を広げた机は照明に照らされていて、書かれた文章がはっきりと読める。レウリファを呼んで、言葉を教えてもらう事は無かった。
ニーシアとレウリファは、それぞれで好きな資料を探している。今日一日は資料館で過ごすので集まる場所だけ決めて自由にする事にした。書棚に囲まれて、読みたい資料を探している頃だろう。
自分は読み終えていない資料に目を通す。
ダンジョンを残せるような案は見つからない。戦力を増やしたところで探索者に倒されるだけだ。魔物の被害が増えれば他の都市にある討伐組合も動く。
光神教の支援を受けている討伐組合が、都市の近くのダンジョンに対処しない理由がない。近付かない限りにおいて被害が無いとしても魔物の存在は放置できないだろう。
ダンジョンの存続以外を考慮しないなら方法も無くはない。
DPを増やせる魔物が人間の死体があればいい。DPを得るなら生きたまま連れてきた方が良いかもしれない。都市や道を通る人間を捕らえていけば一時的な戦力だけは整うだろう。何の意味も無いが。魔物か人間か、共存するなら人間しか選べない。
ダンジョンを操作できる人間として名乗り出る事もありかもしれない。光神教で保護してくれるだろうか。
魔物という戦力をどれほど出せるか相手は知らない。ダンジョンの中であれば好きな場所、時間に魔物を生み出せるような存在の言葉を信じるだろうか。DPという存在を教えたとしても、他に操作できる人がいなければ裏で蓄えていると警戒される。
ダンジョンの位置も悪い。魔物の領域に近い都市の戦力をダンジョンにあてる意味もない。素材の供給なら他の都市で管理されているダンジョンで構わない。
魔物の襲撃を起こす可能性のある存在を都市で保護する事は考えられない。研究対象になるという条件でも保護されないだろう。
「ご主人様、どうかしましたか?」
声の方向に振り向く、
「……ああ、レウリファか」
と隣に資料を持ったレウリファが立っていた。
「顔色が良くありません」
前かがみになって、こちらの顔に片手を伸ばしてくる。
長袖の隙間に見える手首には獣人らしい体毛がある。毎日整えられているので、今も触り心地がいいだろう。
「相談したい事があるから、隣に座ってくれないか?」
「わかりました」
顔から手が離されて、隣の椅子を寄せたレウリファが座る。
机に広げられた資料を見渡した後、レウリファがこちらを向く。
「ご主人様、何についての相談でしょうか?」
「王都に移住しようと考えている」
「王都ですね」
「ああ。王都のダンジョンで魔物を狩って生計を立てたい。レウリファだけで戦えるか?」
ダンジョンの破壊を考えている。
他の利用者のいる場所でダンジョンについてを直接話せないが、レウリファに伝わるだろうか。
「私だけですか」
「レウリファだけだ。もちろん荷物運びは俺が付いていく」
「わかりました」
「臨時で収入もあるし、今の資金でも当分は生活できるだろう」
「……本当にいいのですか?」
レウリファの目が開いている。
「どうしようもない。ニーシアも含めて、向こうで相談したい」
使役の指輪をはめているが、レウリファは武装をしている。ダンジョンを手放した後はどうなるか分からない。
ダンジョンのために殺人をした事は事実だ。殺人を指示した自分の事を気に入らない可能性はある。
「私はご主人様に従います」
武器を受付で預けているレウリファが答える。
「ニーシアを見ていないか?」
「魔物関係の場所にいたのを、来る途中に見かけました」
「この机で待っていてくれ」
「お待ちしております」
長時間見ていないとニーシアに逃げられていないか不安になる。何度か自分の元に戻っていたかもしれないが、資料に集中していたため気付かなかった。
机と照明が並ぶ閲覧場所を離れて書庫へ向かう。
魔物関係の資料は多い。討伐組合同士で魔物の資料は共有されているため、都市クロスリエの周辺に住んでいない魔物の資料も置いてある。
通路を進んで全体を見渡していく。探索者が利用するので魔物関係の棚には人がいる。髪が長いニーシアなら簡単に見つけられるだろう。
「ニーシア?」
他に人がいない場所でニーシアを見つけたが、棚に手をかけたような姿勢で止まっている。
資料を取り出すことも無く、動きの無いニーシアに近づく。
「ニーシア」
「嫌っ!」
手が届くほどの距離から急に逃れる。
「あっ、ああ。違う、違います」
壁に追い詰められたニーシアが目を合わてくる。
視線がさまよい、口を開いたまま、手の内を包み隠して、震えている。
「違うんです、アケハさん」
手首を掴んで引き寄せる。抵抗せずにニーシアの足が動く。
「わ、私は……、私が……」
「落ち着いてくれ。ニーシア」
原因が分からない。資料館に来た時には、異常は見当たらなかった。
ニーシアが寄りかかってきたため、倒れないように抱きしめる。




