42.日の終わり
「あれがこの都市の最強戦力だ」
ルーカスとの会話を終えたジョーンズが話し掛けてきた。
「この前の襲撃もルーカスが発見してくれたおかげで、聖者や他所の軍を呼ぶ余裕ができたし、近隣の村が避難をする時間も稼げた」
他の都市から軍が来る時間を稼げたという事は、魔物の大群もかなり離れた場所からここを目指してきた事になる。
「他所では聖者を称えるだろうが、この都市の人間はルーカスを称えるよ。名前しか知られていないがな」
目立つような体格も武器も無い。教えてもらわなければ他の探索者と区別できなかった。ルーカスがダンジョンに来た場合は戦う事はしないほうがいい事はわかった。この前に来た探索者と違い囲めば殺せる相手ではないだろう。
獣魔と勘違いされているが、配下の魔物の存在を知られた。そばにいて欲しくない人間だ。
「教えてくれてありがとう。ジョーンズさん」
「おう」
討伐組合での用事を済ませたので建物を出る。
まだ寝る時間でもないし、食事を始める時間にしても早い。
「夜はここに戻ってきて食事になるが、部屋に行って休むか?」
ニーシアもレウリファも視線がそれる。ニーシアは口を開こうとしてつぐみ。鞄の肩紐を掴んだままでいる。レウリファの両手は後ろに隠されて、垂れている尻尾の先だけが動いている。断りたいが他の案も見つからないのだろうか。
討伐組合の酒場の料理は肉が中心で味も濃かった。二人も良い印象が無いかもしれない。
「良かったら飲食店に行かないか? 帰りは遅くなるが、表通りで店を気ままに探すのも楽しめるかもしれない」
手持ちのお金も増えた。先ほど通貨を数えた事で増えた実感が湧いてしまった。
多少の出費は問題ない、前回来た時と違って生活用品も多く買わない。
二人も食料を買う分は残してくれるだろうし、木貨まで使うような機会はないだろう。
「はい、そうしましょう」
提案して良かった。レウリファも無言でうなずいてくれる。
討伐組合がある場所は城壁付近のため、店が並ぶ通りまで行く必要はある。
ニーシアがこちらへ来ると手を繋いでくる。
「アケハさん、行きましょう。」
引っ張るのでニーシアに並んで歩く。レウリファも後ろから付いてきている。
通りの屋台でも軽食を売られているので、数種類を買って分け合って食べる。
どの屋台でも一人前を頼むと満腹になる量を渡される。豆や肉を揚げたり、焼いたりしたものなら、保存も利くので残しても構わないだろう。袋の口を結んで背負子に預けていく。
この都市の家畜は城壁の内と外の両方で飼われているらしい。自分たちが都市に来る時には見かけなかったが、反対側からは畑や牧場が見られるそうだ。屋台の料理人が教えてくれた。
飲食店を通りに並ぶ店舗の看板には絵があり文字が刻まれている。レウリファは看板を見るだけでも文字の勉強になるといったのは本当だろう。
「レウリファ。文字を知っている住民が多くないのに、看板に文字があるのは何故なんだ?」
商売をする店主とは違って、客は看板の文字を見ても理解できないだろう。
「詳しくは知りませんが、店舗の看板は専門の職人が作成するので、彼らの間で規則があるのかもしれません」
店舗の看板は屋台のそれと比べると、絵も文字も見やすい印象がある。
「個人的な意見ですが、文字がある事で知識層の人間が立ち寄りやすくなると思います」
屋台や露店で売られているものよりは、店舗の方が質も良いと思ってしまう。
商品自体もそうだが、商品との出会い方までこだわっているのだろう。
「周囲に動くものが多いのに自然と目が行くからな」
「それは店舗の設計も関係があると思います」
「どういう事なんだ?」
「ここの通りでは、人混みに隠れない高さに設置されていて、人の流れを読む際に視界に入るのでしょう」
地面が整備されていて、足元を注意する事も少ない気もする。
「何よりご主人様が、文字を熱心に学ばれているのだと思います」
文字を覚える事は気にしている。それに増して明日は資料館に行く。
「そうだといいな」
この時間の人通りは、朝方や仕事帰りと比べると少ない。行き交う人との隙間はあるが、視界に入る人の数は多い。
握っている手に軽く力をこめると、ニーシアも反応してくれる。
飲食店を探している途中に、露店で大きい背負い鞄を2つ買った。使っている背負子と違い肩当てが付いている。肌に食い込む事も無く、革鎧の上でも滑りにくくなる。
ニーシアが見つけた飲食店に入る。
4人席に座り、店員から相場を聞いて多めに通貨を渡す。野菜と穀物中心でスープも付けるように頼むと飲み物を出してくれた。
ニーシアは手を机の下に隠して、店の雰囲気を調べるように周囲を見回している。
木の柱が支える滑らかな土壁は、照明の暖かい色に染まっている。食事の音や、会話の声で包まれていて、受け入れられている気分になる。
「どんな料理がくるでしょうか?」
「看板にあった野菜のスープは食べたいな」
「アケハさんもそうですよね。食材に囲まれて、香料がのせられたスープは美味しそうでした」
食器と食材は描かれている看板は他にも多く見つかった。他の店に行くために滞在を延ばしても構わないだろう。
「厨房の方ではきっと、スープの入った大きな鍋がかき混ぜられています」
「店の外でもいい香りだった」
「とろみがあって、濃厚で、刻まれた野菜の食感も残っていて、冷めても美味しいと思います」
「他の料理も楽しみだ」
「そうですね」
会話をしていると店員が蒸し料理とスープを盆にのせて持ってくる。音を抑えて食卓にのせられ、取り分ける皿も置いていく。
野菜の煮込みと肉料理は時間がかかると言い残して店員が離れる。
レウリファの皿に料理を盛ると、手や尻尾を隠す事をやめた。
「美味しかったですね」
「はい、良いお店でした」
店を出ると来た道を戻る。二人が再び料理の感想を話している間、自分は後ろを歩く。
スープのおかわりをして店にも長くいたので、時間も遅くなった。
街灯は灯され、建物の窓から明かりが漏れている様子は、住人が夕暮れをとどめようとしているようだ。
露店があった場所には机や椅子が並べられて、食事をする人がいる。
「アケハさんも私の希望に応えてくれて、ありがとうございます」
「そうか? それは良かった」
飲食店を探す事を決めた後は、判断を2人に任せたため気にしていなかった。
足を止めたニーシアに追いつく。
「時間がある時には、今日みたいに飲食店を探したいです」
「その時に、また教えてくれると助かる」
「朝食を食べる店を帰る間に探しておきましょう」
「そうだな」
討伐組合の近くの店は肉と油の匂いがする場所が多い。自分たちには胃が重たい料理なので、離れた飲食店を探す事になる。
「今度は、透明感のあるスープが推しの店が良いです」
「途中で数軒あったはずだ」
屋台でスープ類が少ないのは、飲食店の看板が関係しているかもしれない。運搬や提供の手間を省きたいというのもある。
「帰ったら、味を再現しないといけませんね」
「ニーシアの料理する姿をみると安心するよ」
「アケハさんのお腹は私の料理で満たすので安心してください」
討伐組合の宿泊所につくと、部屋に入る。




