39.大地に降り立つ
自身の部屋から出たニーシアが赤い羽根を持っている。
「ニーシア、それをどうするんだ?」
「アケハさん。雨宿りをしていた鳥が、また来ています」
ニーシアの持つ大きな羽は雨宿りをした鳥が残したものだ。
以前のようにダンジョンの入口に留まっているのだろうか。
「その羽根をどうするんだ?」
「木の上に留まっているので、羽根を振れば寄ってきてくれると思いまして」
ダンジョンから離れた場所にいるようだ。
前回は襲ってくる事が無かったが、今回もそうとは限らない。ニーシアの身の安全を確保するために見張るべきだろう。
「レウリファを連れてきてもいいか?」
「はい、うかつでしたね」
レウリファも知らない鳥だったので何の危険があるか分からない。
「いや、俺が過ぎた心配をしているだけだ」
レウリファに相談して、剣と盾を装備してもらい、ダンジョンを出る。
「アケハさん。あの木の上にいます」
ニーシアが腕で示した先には見覚えのある鳥がいた。広場の外にある木の上で、空や林の色から浮いた赤い体を休めている。
こちらが近づいていく様子を観察しているようだが、襲ってくる気配は無い。
前に雨宿りをした鳥と同じ個体だとしても、一応の警戒はしておきたい。
「こちらに気付いているな」
「ずっと顔を向けていますね」
広場の中央に届いていない所だが、どこまで近づいていいか判断はできない。
ニーシアが足を止める。いざという時にはレウリファが対応してくれるはずだ。
「鳥は良いですね」
ニーシアは夜気鳥を触っている事がある。夜気鳥であれば手に乗せる事も出来るが、目の前にいる鳥は肩に乗せる事も難しいだろう。
一枚の羽根を掲げると、腕を振り宙に漂わせる。
鳥を引き寄せる方法だろうか。ニーシアの動きはよどみなく不慣れな様子が感じられない。
「触れられる距離まで来て欲しいです」
赤い鳥が羽ばたくと、空を飛んでこちらとの距離を縮めてくる。レウリファは前に移動して攻撃に備える。
翼を広げたまま速度を落とすと途中で地面に降りた。
「鳥も警戒しているのでしょうか」
「どうだろう」
地面にいる鳥は数歩進んだ後は近付いてこない。
命令すれば理解してくれるだろうか。
「翼を広げてくれ」
赤い鳥はうずくまったままでいる。
他にも命令してみるが、こちらの言葉に従う様子はない。
言葉をかけるたびに少しの間、首をかしげていたので。音は届いているみたいだ。
「駄目か」
ダンジョンから生み出した魔物でないと命令できないのだろうか。
最初に出会った腹切りねずみは、いつの間にかダンジョンに配下扱いされていて、こちらの命令にも従っている様子だった。
ダンジョンに住ませたり、餌をあげていれば配下に加わるかもしれない。
「これならどうでしょう」
ニーシアは手にした羽根を前で揺らす。
「翼を持ち上げてもらえませんか?」
片方の翼が広げられる。たくさんの羽根が重なる翼は自分の腕より大きい。
ニーシアは夜気鳥に言葉をかける事があったが、ここまでの反応はなかった。
赤い鳥は翼を広げた状態を保っている。
「アケハさん、どうすればいいですか?」
こちらの返答を待つニーシアも、赤い鳥が反応してくれると思わなかったのだろう。
羽根を胸の前で掴んだ状態のニーシアに見つめられる。
「ひとまず、翼だけ下ろしてもらった方がいい」
「えと、ありがとうございました。翼を戻してください」
広げられた翼が仕舞われた後、両の翼が収まりを良くするように動かされた。
こちらに振り向いた赤い鳥は、次の指示を待っているように見える。
「ニーシアは試したい事はあるのか?」
「いえ、何も」
ニーシアが部屋にいるときには羽根を撫でていた事もあった。
「少し危険だが撫でてみるのはどうだ?」
「触れて襲われませんか?」
「先に試そう」
自分が先に触れてしまえば、ニーシアも安心できるだろう。
襲われる事があっても、ニーシアが怪我をする前にレウリファが対応してくれる。
「体に触れてもいいか?」
赤い鳥に逃げる様子はない。
「これから近付くからな」
驚かせないように歩き、赤い鳥のそばに着く。
出来る限り警戒させないようにしゃがみ込む。
手の届く距離から見てみると、流れる羽並みとつやのある深い赤に、目が引き寄せられる。
ニーシアとレウリファの動く音がすぐ後ろで聞こえた。
「触ってもいいか?」
首筋を見せる様に顔を横に向ける深紅の鳥が暴れる様子はない。
「襲わないでくれ」
少しずつ手を伸ばすと表面に触れる。
細かい羽は手を避けるように動き、首から翼へ手が移動すると、触り心地が変わる。
翼の羽はひとつひとつに細かく並んだ筋があるようで、撫でると指の腹で凹凸を感じた。
指に力をこめるだけで深く埋まってしまう質感には腕の動きも慎重になる。
手を少し埋めてわずかに熱が伝わってきてようやく、自分と同じ、生きているものだと実感した。
「ありがとう」
言葉を理解しているなら言っておこう。
手を離してみても深紅の鳥に変わった様子はない。
「私も撫でていいですか?」
後ろでしゃがむニーシアに場所を譲る。
ニーシアは近寄ると片手を伸ばして深紅の鳥に触れる。
「凄く触り心地が良いです。羽根を貰った時から、あなたを触ってみたいと思っていました。首の羽並みも柔らかくて、撫でると温かくて、ずっと触っていたいほどです。色も染物とは比べ物にならない深みがあって、見ているだけでも心が落ち着きます」
首筋の羽並みに逆らうように指を動かしたり、翼をなぞるように手を動かしていく。
「あなたがここ以外で何をしているかは知りません。あなたが人を襲う魔物で、ここに来るまでに人を食べていたとしても、私は構いません」
言い終えたニーシアは触っていた手を戻す。
深紅の鳥がこちらに目を向けた後、背を向けると翼を広げて飛び立つ。
木の上に戻るわけではなかった。
「逃げてしまいましたね」
「忘れないうちに、またやってくるだろう」
時折、来てくれればニーシアも喜ぶ。
自分と違って魔物に命令ができるわけでもないし、会話の相手は自分以外にはレウリファしかいない。柵や壁で囲われていないここでの暮らしは不安も多いだろう。気がまぎれるようなものがないと生活できない。
自分もコアルームが無ければ安心できなかった。
討伐組合の資料館に行った際には今日来た鳥の事を気にかけておきたい。
生態が分かれば、こちらから探しにいけるかもしれない。
「そろそろ夕食を準備する頃でしょうか」
「そうだな、今日も頼むよ」
「レウリファさんもお願いますね」
「わかりました」
都市にいる間はニーシアは料理を作れない。あと数回食べた後は、数日見られないようだ。




