38.荷物確認
ダンジョンの通路の入口付近には獲物の素材が置かれている。
当初は物置部屋で保管する事を考えていたが、溜まった臭いや量が予想以上だった。
数日中に再び都市に行くため、素材の量を確認している。
魔石や毛皮は数も多い。骨や牙はほとんど残していないが、墓守熊の骨があるため場所をとっている。
都市に行く間は荷車にのせる事になる。
食事や衣類も荷物になるため、行きは山積みに近い状態になるだろう。
道に辿り着くまでは荷車を手で押す際に大きな力が必要になる。
ニーシアとレウリファは物置部屋で食料の減り具合を調べている。
都市に行った時点で、ニーシアは10日程度しかここでの暮らしを経験していなかった。
レウリファに至っては、狩猟や山菜取りをするという洞窟暮らしを想定しただけであった。狩りや山菜取りは安定して成果を得られる事はないし、魔物が獲物を分けてくれる事など想像できなかっただろう。
実際に必要な食事の量が分からなかったため、かなり余裕を持たせて食料を買っていたのだ。
2人の元へむかうと現状を教えてくれる。
配下の魔物たちやニーシアの努力もあって、狩りの獲物も多く獲れ山菜も畑で長く残すことが出来ている。
残っている食料に偏りがあるものの、20日近く暮らしていけるらしい。
ただし、下着のような衣類や共有しない生活用品は、消耗もあって予備が少ないため買い足しておきたいようだ。
物置部屋にある食料の確認が終わったので外の畑へ向かう。
土に触れていた方が長持ちする食材もあり、畑に植えたり埋めて食材を保存している。それに加えて種を植えて育てている植物もある。
畑に行く事は毎日の習慣になっていて、今では目を閉じて向かうことも可能だろう。
「豆のつるも支柱に絡みついていますね」
「確か、花が咲くんだったよな?」
「はい、もう少し伸びた後だと思います」
目の前の畑には膝丈ほどの高さまで伸びた豆が並んでいる。村の畑から持ち帰った豆は、ダンジョンの外に作った畑でも成長できるようだ。野生の動物に荒らされる心配もしていたが、ここまで育てば大丈夫だろう。
見かけだけの柵も壊れた様子は無い。配下の魔物や自分たちが近くを通るため、他の動物は近寄りづらい可能性はある。
「都市から帰ってきた時には収穫できるかもしれないな」
「アケハさん。花が咲いてから実るまでは、長い時間が要りますよ」
「そうなのか、気が早かったか」
「これからも一緒に観察していきましょう」
ニーシアの村から持ち帰った豆を植える事が畑を作った目的だっただろうか。
山菜取りで採れた野菜や果実のほとんどはその日の内に消費されているが、乾燥させたり、植えて保存されるものもある。
今まで集めてきた野菜が畑には植えられていて、食事を作る時にはニーシアが必要なものを選び取っていく。
ニーシアが住むようになってから、自分で料理をしていない。
「これだけあると俺は扱いきれないな」
「慣れてしまえばアケハさんでも大丈夫です。頻繁に使うものは限られていますから」
料理に使う食材の下準備を手伝う事はあっても、味の調整はした事がない。自分で料理していた頃でも焼く以外の調理法を使った事がなかった。道具も扱えた方が良い。
「料理の腕を上げるなら、一人分を作る事か始めるべきか」
不味いという理由で捨てられる食材はない、他人に食べさせる事は避けたい。
「その時は隣で助けますから、安心してください」
指導を受けた方が料理の失敗も少なく、腕の上達が早くなるだろう。
「レウリファさんも頼めば手伝ってくれますよ。食事処で料理を教えられていたみたいで、市場で食べた包み揚げや腸詰め肉なんかの調理法も、道具を揃えれば教えてくれると約束してくれました」
レウリファと仲も悪くないのだろう。二人で会話をしている様子をよく見る。
「ご命令とあれば、喜んでお助けします」
今まで会話に入っていなかったレウリファが答える。
ニーシアに誘導されたような形だが、奴隷という立場上、断る事は難しいだろう。
「機会があったら頼むよ。二人とも」
レウリファには護衛の他にも解体や山菜採りもさせていて、自分の訓練も手伝ってもらっている。3人の内で一番動いていないのは自分だ。
今以上にレウリファを働かせていいのか気になるが、料理をする暇があるのは雨の日ぐらいだろう。外出もできないので二人とも時間が余るはずだ。
間食として作るなら失敗しても少量で済むが、この前の雨の日みたいにお菓子が作られるなら、自分の料理は諦めた方がいいかもしれない。
「都市に行く間はできそうにありませんね」
「そうだな」
料理を試すのは大分先の事になるだろう。
畑の様子を確認を終えて、レウリファを連れ物置部屋に向かう。
殺した探索者の遺品を部屋の中で広げる。すぐに利用できるように汚れは洗い落としてある。
武具と装飾品だけは利用できずに置いたままにしてあった。
「レウリファは魔道具を使えるよな?」
「はい。使い方が分かれば問題なく使用できます」
レウリファが首元に手を触れる。はめられた首輪は魔道具である。
「魔道具かどうかは判断できるか?」
「申し訳ありません。私の技量では魔法を発動させない限り、魔道具を区別できません」
探索者が戦っていた時は地面を動かしたり火を出していた。魔道具を試すなら外の広場に行った方が良い。
「私の場合は、魔力を使い切った魔道具は見つけられません」
自分たちで魔力を補充すれば壊れる可能性もある。奴隷の首輪は素人が魔力を送っても壊れないように特別に作ってあるのだろう。
「都市で魔道具を扱う人間に頼むべきか」
往復で荷物が増えるが仕方がないだろう。
「ご主人様。これらの中に魔道具は無いかもしれません」
隣にいるレウリファがひざをつく。
「魔道具が無くても魔法が使えるのか?」
「はい、洗礼を受けた人であれば魔法は使えます」
オリヴィアに都市まで案内してもらった際は、点火の魔道具でたき火の火を用意していた。
人によっては魔道具無しに同じ事ができるのだろう。
「自由に魔法が使えるなら、魔道具は何のためにあるんだ?」
「魔法の出力が一定で自身の魔力消費を節約する事ができます」
レウリファが遺品の指輪をつまみ上げる。
「魔道具があれば技量に限らず魔法が使えるので、時間をかけて魔法を学ぶ必要がありません」
「魔法を学ぶにはどうすればいいんだ?」
魔道具で補うぐらいなので、お金はかかるだろう。
「師を探して指導を受ける事で使えるようになると教えられました。貴族の場合は魔道具を受け継ぐため学ぶ事は少ないそうです」
レウリファは指輪の向きを変えている。
「その指輪に何かあるのか?」
「……いえ、特には」
レウリファは言葉をつぐむ。無理に言わせない方がいいだろう。
遺品の指輪は下に置かれた。
「魔族について何か知らないか?」
殺した探索者が自分に向けて叫んでいた。魔物を操るだけなら獣使いでいいはずだ。
「ご主人様は聖女物語は知らないのですか?」
「知らない。魔族と何か関係があるのか?」
「はい」
レウリファの表情から察するに、常識なのだろう。
「魔物によって人間が滅ぼされかけている中、聖女が呼び出した聖者と共に仲間を増やして、魔物の王と呼ばれる存在を殺すという物語です」
都市では魔物の被害もあり、聖女もいた。過去の出来事を元に作られているかもしれない。
「その物語の中で多くの魔物を操って人間を襲う魔物がいて、魔族と呼ばれていました」
「そういう理由だったのか、教えてくれて助かった」
探索者を魔物に襲わせた時点で魔族と思われるのは当然か。
ダンジョンを操作できる者が魔族として語られている可能性もありそうだ。
「遺品はすべて都市に持っていきますか?」
前回都市に入った際に城壁の検問で荷物を確認された。
識別票だけは荷物に加えない方がいいだろう。
「そうだな、識別票以外は持っていこう」




