37.寝坊
食事を終えると各自で就寝の準備をする。
コアルームからダンジョン内に侵入者がいないか確認する作業は終えた。
このダンジョンでは通路の積まれた土や石、物置部屋ぐらいしか隠れる場所は見当たらない。
その場所もダンジョン内に埋まっているラインから安全に覗くことが出来る。
ダンジョン入口から続く通路には、常に配下の魔物が一体は留まるようにしている。
侵入者は通路を通る事になるので、魔物に気付かれずに奥に進むことは難しい。
ニーシアと寝る前の言葉を交わした後に、レウリファの元へ向かう。
「確認させてもらう」
「お願いします」
寝台にいるレウリファの隣に腰掛けて彼女に手を伸ばす。
首にかかる髪を避けて首輪に触れる。使役の首輪と呼ばれる魔道具に溜められた魔力を確認する。
自分とレウリファは近い距離で活動しているため、彼女が自由に魔力を送ることができる。
3日間放置すると首輪が締まるという設定は変えていない。
2日に一度はレウリファの首輪を確認するようにしている。首輪に魔力が限界まで溜まっているので、首輪を使って自殺する事は無いようだ。
「魔力は溜めてあるな」
レウリファがこのダンジョンに来た初日に殺されそうになったため、ニーシアに助けてもらい、首輪の対となる使役の指輪を操作して彼女の首輪を絞めた。
その後の数日は魔力を溜めずにいたため、こちらから魔力を送り自殺を防いだ。
今のレウリファに落ち込んだ様子はなく、我慢できない不満も溜まっていないのだと思う。
本来奴隷を所有する人間は貴族や豪商であるため、生活環境を比べられると劣っている。
客層に適う内装、彼女が売られていた奴隷商店を見て実感できた。
このダンジョンには塗装も装飾も見当たらず、家具も素人作りと一目でわかる。
「生活をする上で不足しているものはあるか?」
レウリファは教育を受けているため生活知識があり、奴隷になる前は村で狩りをしていたので生きる術もある。
彼女に指摘してもらわないと気付かない事もあるだろう。
「かまどを組み直した方がいいと思います」
「どんな利点があるんだ?」
「火の強さが安定したり、少ない薪で温められます」
薪を足したり、鍋をかき混ぜる手間が減るのだろう。
「食事の際に使う鍋に合わせてかまどを作れば、石を組んだ時のように不安定であったり転倒する心配が減ります」
3人分の鍋は小さいものであるが、ニーシアが鍋のそばをあまり離れていないのは、転倒しないように支えていた可能性もあるだろう。
「材料は足りるのか?」
「はい、適した土も見つけています。量が足りない場合でも石で補うことができます」
「土だと屋根が必要になるか。ダンジョンの中に作れるものなのか?」
この辺りでは10日に一度は雨が降るらしい、雨が降らずとも湿り気が多い日もある。
「屋根のある場所であればどこでも作れます。身体に害のある煙を外に逃がす管を用意できれば、目も疲れなくなります」
ダンジョンの外側にかまどを作る空間を作ってもいい。そこまで大きいものでは無いだろう。
壁に穴を空ければ煙を外に逃がす事もできるので管を用意しなくてもいい。
雨の日でも同じ場所で調理ができるとニーシアも楽だろう。
かまどと食卓を収める空間を作れば、食材や水を運ぶ距離も短くなる。
水を捨てる溝も近くにあるので、食器を洗った後の汚れた水の処理も楽になる。
「一度ニーシアに相談してみよう」
「ご主人様のお役に立てるよう、次も考えておきます」
レウリファはこちらの都合を考えて提案してくれる。
レウリファを一人の存在として扱おうとしているが、奴隷である事や殺されかけた事も気に留めておきたい。
靴を脱いで寝台に乗る。冷水で洗った手も離している間に温まった。
腰掛けるレウリファの背後に座り、彼女の髪を上から流れるように撫でる。
見えない位置から触られているレウリファに逃げる様子は見られない。
髪をくぐるように首元に指を入れて手を頭の方へ動かしていく。
肌に触れながら耳を回り込み、広げた指の腹で頭皮を揉む。
小さな弧を描くように手を動かしたり、小刻みに肌を持ち上げる動作を手の位置を動かして行う。
こうして耳の裏も軽くなでれば、頭全体を一通りは触った事になる。
「レウリファ」
「……はい」
反応が遅く、意思の薄い返事を返される。レウリファはこちらに体重を傾ける様になっていた。
最期に乱れた髪を櫛で直してから、驚かせないようにゆっくりと上半身を横向きに寝かせる。
寝台から降りてレウリファの靴を脱がせたら、彼女の膝に腕を通して脚全体を寝台に乗せる。
楽な姿勢になるように彼女を動かしてから、毛繕いの櫛と布を手にする。
「毛並みを整えるからな」
こちらに向けている腕に櫛を当てる。既にレウリファ自身で整えられた状態だ。
安心して構わないと伝えるためであり、触り心地が良い毛並みに触れたいという気持ちもある。
毛並みに従って櫛を動かす。
横向きで寝ているレウリファは穏やかな表情で眠っている。
腕を終えると足にとりかかり、同じように毛並みを整えた。
温かくなるようにレウリファに布をかけて彼女の寝台から降りる。
道具を片付けを終えて彼女の部屋から離れる。
「アケハさん、おはようございます」
珍しく起こされる。
普段はニーシアが起きる前から素振りを始めている。
「おはよう、ニーシア。もしかすると朝食ができているのか?」
「いいえ、まだ作り始めていません」
急ぐ必要は無いようだ。
「ですが、レウリファさんは素振りを始めていました」
レウリファは既に体を温め始めているらしい。
このまま寝ていると対人訓練の時間が短くなるかもしれない。
「教えてくれて助かった」
寝台から体を起こす。
体の関節を動かして、背筋を伸ばしてから靴を履いて立ち上がる。
傍にある洗面器で顔を洗って目を覚ましてから物置部屋に向かった。
荷車に食材を乗せる事を手伝ってから、武具を身に着ける。
通路で待ってくれていたニーシアと共に外へ向かう。
「そういえば、ニーシアはかまどがある方が良いか?」
「はい、料理を作る事が楽になります」
ニーシアの住んでいた村の各家にも置かれていただろうか。
「どこかに作るのですか?」
「いや、まだ作るか決めていない。提案してくれたレウリファも交えて、食後に改めて相談してもいいか?」
「わかりました」
普段から料理を任せている、ニーシアの意見は必要だ。
ダンジョンを出たところで荷車の押し役を任せて、訓練している場所へ向かう。
レウリファが木剣と盾を構えて避ける動きをしている。
「ご主人様、おはようございます」
「おはよう、レウリファ」
近くまで来ると手を止めたレウリファと挨拶を交わす。
レウリファの体は既に温まっているだろう。
「遅れて悪いな」
「いえ、心地よさそうに眠っていたので起こすことができませんでした」
レウリファも起こすか迷っていたのか。
「そうだな、睡眠は十分にできた」
近くに人がいても気づかないのは不用心だろうか。内鍵が単純な部屋の宿は避けた方がいいな。
「レウリファに挑む前に、少しの間だけ体を動かしていいか?」
「はい、もちろん構いません」
離れてから木剣を振り始めると、レウリファも再び体を動かす。
レウリファが盾を構えたまま突きをしている。まだ盾持ちで相手にして貰った事がない。
一度だけ、盾を持ってレウリファの攻撃を防ぐ訓練をしたことがあった。
斬撃は防いでいたが、その後すぐに空いていた腕を取られて、盾ごと押し倒されて剣を突き付けられた。
隙が多すぎて簡単にあしらわれてしまっている。受け身を多少取れていた事は進歩の証だった。
レウリファは自分よりも素早く動けるため攻撃の幅も広い。
実際に戦うにしても味方を集める必要があり、そうなれば彼女は逃げるだろう。
攻撃を仕向けさせて罠に誘う事ができれば倒すことも不可能ではないかもしれない。
戦力を他に頼るとしても、自分の力を高めたい気持ちに変化は無い。




