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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
11.***編:296-
320/323

320.手遅れ



 姿勢が崩れたラナンをリヴィアから隠す。

 同時に魔法の妨害として、一帯に魔力を放出させる。


「ごめん」

「構わない。それより大丈夫か?」


 転倒したわけでもないラナンから返事が来ない。立ち止まったリヴィアへの警戒も外せず、背後の変化を待つ。


 薬の効果が切れたなら、無理に戦うより一度撤退すべきだ。

 自分の攻撃魔法は連携に向かず、身体強化に頼った近接攻撃も回避される一方だ。ラナンが動けなければ、有効な一撃を加えれないままになる。


 一人残されるとしても耐久には自信がある。ラナンが復帰するまでの時間稼ぎは可能かもしれない。


「撤退するか?」

「待って、アケハ」


 耐えきれず質問した内容には、言葉が返ってくる。

 地面に刺さった聖剣を取り戻したような音も直後には聞こえてきた。


「……謝らないといけない事がある」


 謝罪など、交戦中の話題ではない。

 身体の不調は本人の過失ではなく、魔族に協力するリヴィアとの交戦も避けて通れない出来事だろう。まず謝罪になる要素が無い。


「僕では、もう聖剣を扱えない」

「それは俺が。……治療を続ければ」

「違うんだ。アケハ」


 呼びかけに振り向くと、構えを取らないラナンがいた。

 聖剣を掴む両手も、戦闘に際した持ち方をしていない。持ち手部分を掴む一方で、反対の手は刃の中ほどを支えている。


 疑いの目を向けても、ラナンは態度を変えようとしない。


「もう聖剣に魔力が残っていない。先代が残してくれた分を使い切ってしまった」


 先代など、数十年も昔に死んだ存在だろう。

 たとえ次代のために魔力を残していようと、現役で数年扱ってきたラナンが自身を軽視する理由にならない。


「魔族との戦闘がどれほど厳しいものか、どれほど魔力が消費されるのか。……

今でさえ魔族一体に何百、千の兵士が動く。最前線で戦う聖者は、いったい何人分の戦力に相当するだろうか」


 長話を続けるラナンの意図が分からない。


「非力な部分を魔法で補うにしても、魔族だって魔法に優れた存在だ。対抗するためには相応の魔力を消費するしかない。殺すという一点に効率化したところで、負担が百に一つになれば最良。そんな条件が毎回当てはまるわけがない」


 いや、分かりたくないだけ。


「……最高の体力と技術を備えた者なら、数十人分の魔力で魔族を倒せるのかもしれない。だけど、……それすら僕程度でまかなえる量じゃない」


 たとえ聖者が武力のみでは務まらない役職だと知っていても、専用の儀式で決定される人選だと知っていても、疑ったのは一度ではない。


「これまで、自分の少ない魔力を込めて隠し通してきた。時が経つほどに目減りする。聖剣に残された魔力は、僕の限界を伝えてきていた」


 ただ、他人から明言される事だけは、想像ですら聞きたくなかった。


「歴代で最も弱い? ……違う。違うんだ、アケハ」


 本来、非難すべき相手に笑顔を見せる。

 こんな形で崩れる姿は見たくなかった。


「僕は聖者じゃない」


 告げられた。

 告げられてしまった。


「いつだかに、君が魔力をくれると提案してくれたのを拒んだよね。……僕は怖くて、君に聖剣を触れさせられなかった。もしも残量を確認されてしまえば、聖者でないと知られてしまうと思った」


 聖者なんて誰でも良かったのだ。都合よく戦えて、必要な魔力さえ備えていれば……。儀式すら形式でしかなく、聖者という名前に費用を捻出させる理屈を加えたいだけ。


「全て、僕の責任だ。ここまで待たせてしまったのも、これまで苦しめてしまったのも、……悪いのは僕なんだ」

「……それ以上は言わないでくれ」


 頼む。

 告げられるしかない未来は自分には苦しすぎる。


君が望むなら、どんな罵倒も苦行も受け入れる。

だから、お願いだ。……どうか戦って欲しい。


このままだと都市が、人々の暮らしが壊されてしまう。


 求められるまま、ラナンが差し出した聖剣を掴む。


 即座に返事ができるほど自分は優れた存在ではない。それでも、聖剣を持った直後から起きる身体の異常に、追及を諦めるしかなかった。


 予想しなかったわけじゃない。


 魔力量に優れた自分と渡り合った聖剣が、同等の魔力を消費しないとは考えない。ラナンと戦闘した時も、聖剣に蓄えられた魔力を使い果たさせるのが狙いだった。

 強大な魔族と戦うには、人間の力は足りない。

 だから道具で補う。力を蓄えて強力な一撃を準備する。ラナンが単独で供給するとは考えられず、光神教にも宝具を管理する人材は確保されていた。


 手にある聖剣が魔力を奪う。

 身体強化の魔力さえ吸いつくし、それでも満足しない。長らく経験しなかった枯渇も対処は覚えている。どこか身体の奥にある源泉から、再び魔力を引き出せばいいのだ。


 魔力を吸い取る聖剣は、隠しもせず光を帯びる。

 光が直接届かない空間では嫌でも目立つ。


 魔力量の違いは、相手に触れなくても分かる。

 他人の使う魔法がどれほど劣ったものなのか。ラナンの魔力量では到底、足りない。聖剣を扱える人間は、一握りもいないかもしれない。


 自分用に細工されていたなんて都合の良い話は無い。

 元々ラナンに扱えるはずがなかった。自分が聖剣を手に取る事など、想定された事態なのだ。


 女神とやらは、本当に直接関わる気が無いらしい。

 きっと、大量の人間が殺されでもしないかぎり、今以上の助勢はない。ラナンが死んだとしても、おそらく代替品があてがわれるだけなのだ。


 称えられる者は、確かに良い人間であればいいと思う。だが同時に、こんな役目は最初から屑に与えてしまえばいいとも思った。


 望み通りの結果が得られる事など知っていた。

 これが末路なのだろう。


 知っていたなアプリリス。

 俺も屑だが、お前も屑だ。


「ラナン、離れた場所で避難していてくれ」

「……わかった。ごめん」


 一歩引いたラナンは次には背を見せる。

 去る姿を目で追うのも諦める。


 一人で戦うとは、手加減する言い訳も奪われる事でもある。

 危険を避けて用いなかった魔法も断れなくなる。


 聖剣の強奪にも慣れた、身体強化も再び取り戻した。


 全身強化をしてそれでもなお余っていた。

 この常人ならざる魔力は、何に消費されているのだろう。


「どうして途中に攻撃しなかった?」

「君が聖剣を持つのは、避けられない未来だからだよ」


 今になるまで待っていた相手に問う。

 リヴィアは準備さえすれば、最初からこちらを殺せたはず。元々、止めるつもりがなかった。自分に聖剣を持たせる事も計画だったのだろう。


「リヴィアは魔族なのか?」

「そうだね」

「洗礼はどうした?」

「もちろん、教会で受けたよ」


 魔族を判別する魔法があるとしても、全員を確かめるのは実現性に欠ける。警備の人間も皆が魔法に優れているわけではない。

 教会に直接潜入するような魔族が少なく、警戒は薄かったのだろう。


「実際のところ魔族は洗礼を受けられない。これは実証されていた事だ。誰も潜入目的では近づこうと思わないよ」


 魔族も単純に力押しではないらしい。教会を明確に敵として評価し、効率的に破壊する方法を模索している。


「ただね。洗礼印は何をもって人間と判断するんだろう? 見た目、魔石の有無かな。あるいは魔族のような体を持たない事。……考えうる条件全てを解決した時、私は人間と判断されるしかない。洗礼も認めるしかなかった」


 魔物が丁寧に整列して洗礼を受けに来る文化もないからね、と続く言葉でリヴィアが笑った。


「残念ながら今の私は、洗礼印とやらも抜き取っている。体内に魔石もあれば、当然、本来の魔法も使える。判別魔法も正しく機能してくれるだろうね。……体が人間である限りの手段だよ」


 魔族の体だと言うが、リヴィアの外見は以前と変わりない。


「ちなみに、再び同じ手段を用いるには、それなりに準備が必要だ。何より、本来の体と繋がるには非効率なほどの魔力がいる。元々私は重たい方だったから、それを越える魔石なんて時代錯誤の旧来品だけだよ。……なったところで、状態を維持するにも生物的な限界がある。使った魔石もあのまま破壊に用いた方が、ずっと有効活用だったかもしれない」


 長い説明を追えて、リヴィアが呼吸を整える。


「無駄手間だと思うかい?」

「いや、わからない」

「ありがと。安全を選んだとはいえ効率は悪い。あとは結果次第かな」


 今回の招待でも、判別魔法を使われないような工夫はあった。リヴィア本人が魔族と判定されないよう複数の用意がされていたわけだ。

 聖者、聖女が虚言で兵士を動かせるとしても、判別魔法が通用しないだけで活動の幅はいくらか広がる。


 都市の中も自由に出歩けるのだから、魔族に協力する人間を探すより確実な手段だろう。


「ねえ、魔法撃ってみてもいい?」

「好きにしてくれ」


 敵に対して聞く質問ではない。合図のように手を向けたリヴィアに、こちらの魔力を撃ち込む。


「まあ、そうだよね」


 魔法が不発に終わったのも予想通りという反応だ。

 距離が縮まらない横方向に、リヴィアが数歩動いた。



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