317.人身供養の会
「私の話ばかりだね」
相手の気分を見つつ欲しい情報を得るなんて、器用な会話はできない。
リヴィアの発言から要所を取り出すなんて対応力もない。
リヴィアを再び確保する上で必要な、魔族との交流の有無。個人的な興味として、サブレの件まで聞けた。
事前に用意した聞いておくべき情報は最低限満たせた。
通常なら拘束後に尋問官が行う作業なのだから、穏便に進んだ方だろう。
「……君の話題で誘っておいて後回しにしている。明日には死ぬような身だからというのもあるけど、今の時間を終わらせたくないのも本心だよ」
「これ以上の騒動がなければ、今日一日は付き合ってもいい」
「まあ、休憩は遠慮せず求めてね」
リヴィアの視線は同行者の方にも向けられた。
素直に面会許可が下りるなら、面倒な事態にならなかっただろうか。
結局、相手以外の人も招くのだ。他人に聞かれて構わない話なら、この場を用意する必要も無かった。
監視される身で制限外の行動を取り、捕獲のために多くの人間を動員した。リヴィアに協力する魔族が、今の隙に行動を起こしているという様子も見られない。
雑談だけで終わるなら、配置された兵士が無駄になる。聖者付きの専属従者として、今回の作戦に投じられた費用も一部は知っている。短時間で解決したところで厳戒体勢は当分、解除されないのだ。
単なる浪費にはできず、リヴィアを捕らえるのは最低限、得られる情報は入手すべき。
客として指名された自分の役割は、リヴィアを自由に会話させる事だろう。
「……境界を打ち破るには力がいる」
前触れなく放たれた言葉も、聞き逃さない。
「他人に知られるのが問題じゃない。覚悟を確認するために、明確な決別を演じる。伝えられない事、察しても口に出してはいけないこと。限りがあるからこそ、こうして君と顔を合わせられる」
いかにも意味ありげな言葉を吐くと、リヴィアは立ち上がった。
「少し、面白い魔石を見せてあげよう」
手袋をはめて見せると、書き物机に向かう。身を屈めた後、重荷を引きずるような音が聞こえて、再び姿を現した。
隠し通路も疑ったのも一瞬。
眼前の物を見れば、リヴィアの話題に集中するしかなくなる。
魔石だった。
底と側面から抱える重量物が、書き物机に下ろされる。
外見の整わない多面は未加工の証だ。大きいほど危険を伴う魔石で、生物が備えるには異常な大きさがある。
ラナンたちが身を揺らした事からも、特段大きな物という事になる。
魔力は危険だ。
無秩序に放たれれば、益のある結果は生まない。
「……アケハ以外には簡単な答えだから、聞き耳だけにしてね」
それでも、警戒は不要とばかりに、リヴィアの口調が軽い。
「大きいよね?」
「ああ」
求められるまま言葉を返す。
「種族は別として、こういった魔石を持つ魔物には、一定の呼び方が加わる。決して押し固めたような不純品ではない。体内から切り開いた、そのままの大きさだよ。……標準的な魔族の径には劣るけれど、質では優に越える」
魔族以上の脅威というのは聞かない。
「圏外に向かわせても入手はまず困難だ。常人に討伐できる部類じゃない。地に潜み、揺れと音を響かせる。上を歩き回るなんてもってのほかだ。まず土壌が死ぬ。水は表面を逃げて植物も寄り付かない。深くからの振動で喰い破られた岩土が常に動き、一帯に砂と瓦礫の海を形成する。休眠期間を除けば、建物なんて建てようがない。広がる砂塵に目も開けていられない」
魔石の上部を軽く叩くと、皆の視線を移すよう席に戻ってくる。
「正式な名称も決定されていないよ。近くに生息していなければ実在さえ確認できない。魔族だって面倒から手出しを諦めていた。必要がないってのもあるけど純粋に手間なんだ」
リヴィアが遠ざかった後も、意識は魔石の方に留まる。
「寿命で打ち上げられた残骸から唯一回収できた。とりわけ貴重な部位からね。……他は途中に食い荒らされた。時期を先読みして頼んだとはいえ、彼女には苦労をさせてしまったよ。聖者の洗礼時期に間に合ったのは、好機だと思ったんだけどね」
危機感から欲した解説には、魔族との関係まで聞こえてきた。
リヴィアがインテグラに魔石の回収を頼んでいた。
「リヴィア?」
「あと少し、待って」
回収した時期を示すのに、聖者に関する出来事を挙げる必要は無い。間に合ったという表現を使った時点で、聖者への干渉の意思が表れている。
どう考えても異常だが、不審を隠さない。
「いわゆる都市級というやつだ。……聞かないかな、こんな表現。言葉も違うから通じない。都市が滅ぼされるなんて今の世代は経験しないからね。ちなみに、国が新造する魔道具の一年分に相当する。民の買い物まで含めると、少し弱めになるけど、個人の持ち物としてはありえない」
聖者の装具一式は軽く作れるんじゃないか、という呟きまで付け足す。
リヴィアの興味は、明らかに聖者に向けられている。
「
そんな物を入手できる方が異常だろう?
苦労した。
いかに品質を落とさず入手するか。
状態は最良だ。
特別な環境じゃないと保管できない。
保管するだけでも結構な費用がかかる。
たとえば、この場みたいにね。
直接手で触れる事を避けたのも、保管の都合だ。
これの標準査定での買い取りは、国でも不可能かな。
爵位や褒章に変えて、年金に差し替えるくらいが限界だよ。
つまり、平民では取り扱えない。
これを機に叙爵する場合、貢献が大き過ぎる。
一度の昇爵にも限度がある。
他の貴族を落とさないかぎり釣り合わず、新規に加えるには軋轢が大きい。
一塊だと取引にも爵位が前提で、
砕いて使うにしても、一般的な魔道具には過分だ。
小塊にできても、品質の違いから既存の物に組み込めない。
調節を誤れば、小型でも死者を出すだろうね。
……まあ、今回だと没収になるんだろうけど
」
一方的な会話を続け、注目をそらすように言葉を並べるリヴィアから沈黙が生まれた。
「リヴィア?」
「さて、アケハ。……私の正体は何だと思う?」
リヴィアは手袋を外す。
あらわになった手の甲には薄い洗礼印が見えている。
「農士の印。……私は望んで得た」
洗礼は一定の年齢を越えれば誰でも受けられる。
魔法を扱えるようになり、強度で劣る人の身を身体強化で保護してくれる。あえて望まない者は少ないだろう。
「領域とは何だろうね。自身の干渉を強めるために他者の魔法を妨げる。空間内の魔力を自分優位に変質させる。たとえば……今、私が領域を解けば、誰でも魔法を使えるようになるのかな? 洗礼を受けていない者はともかく、誰でも。……そう、君や、私でも?」
洗礼も領域も、当たり前の話だ。
領域を解けば魔力への妨害が失せる。必然的に魔法が扱いやすくなる。
いくら魔力量の力押しで平常を演じようと、容易になる事実は変えられない。
「違うよ、アケハ。そうじゃない。……いつから魔法を扱えるのが人間だけになった。魔法を使えるから魔物と呼ぶ。当たり前を忘れていやしないか」
否定から入ったリヴィアの主張に特別な意味は無い。
確かに、魔物は魔法が使える。
領域の効果が魔物にまで通じるなら、便利というだけだ。
「来い!! アリーシャ」
立ち上がると同時にリヴィアが叫んだ。
突き出された手には短剣が出現していた。
聖剣による刺突は、障壁を前に衝撃を響かせる。
「一人は監禁された。……君に薬を盛るのは、残り、どちらの聖女だろうね?」
余波で室内が荒れる。物が飛び散り、天井に亀裂が走る。
室内が崩れかける中、遅れて立ち上がり、後退するリヴィアへ駆けよる。
後ろ手で魔石に触れたリヴィアを見つけ、直後崩れる床に体勢を崩される。
「……変身」
一切の音が失せた瞬間に、リヴィアの声を聞いた。




