316.魔族対談
お菓子を並べたリヴィアは席に戻る。
作業の間も一人だった。
リヴィアの逃亡や、手紙の配達を担った者が現れない。長話のために菓子を持ち出すくらいなら、部屋の外で待機させているわけでもないだろう。
「あー、彼女はこの場にいないよ」
本来はリヴィアの対面に座るべき、手紙で呼び出された自分は交差した位置に座っている。
横目を避けて姿勢を寄せてくる様子を見ると、聖者や聖女は本当に付属扱いなのだろう。
「インテグラは魔族なのか?」
「あれ? 名乗ったの……。まあ、良いのかな」
顔を傾けて静止したのも一時、リヴィアは驚きを薄めた。
「彼女は魔族だよ」
「どうして魔族に協力しているんだ?」
「まあ、単純な話。利害の一致だね」
笑みが深まる。
「あの頃の私は自信家だった。……向こうの立場も考えずに、随分と追いかけ回したよ」
インテグラが魔族だとして、勧誘のために長く接していたように語る。
「自分勝手な理由から、どこまで相手の理想に近づけるのか。……勧誘にあれほど苦労した事は無い。昔も今も、あれきりだ」
リヴィアの発言は異常だ。
昔と呼べる頃から魔族と接して、周囲の人物は気付かなかったのだという。いくら隠密に優れた魔族だとしても、そんな環境は長く続かない。
これまで光神教の目から逃れていたのは驚きだろう。
同時に、周囲が気付けないほどの相手の擬態をリヴィアが知る経緯が無い。
自分の正体を隠さない魔族なら、今のような事態になっていない。
「君が納得する答えは、返せないかもしれないね……」
ため息を吐いたリヴィアは、区切りを示すように姿勢を整えた。
「
たとえば、
どうして君は彼らに協力しているのかな。
本心から専属従者になりたかったのかい?
……仕事だから、稼ぎを得るため、生活を続けたいから。
どうして、今の生活に収まったのだろう。
未だ不安定で、失態の次第では死も免れない。
君が従う規則は、いつから君の基準になったのだろう。
育ちの違いは大きい。
生まれてから、
自分の目で見て、周囲を知る。
他人の経験から学ぶ事もあるだろう。
一様に揃うはずもない。
隣り合った二人が、左右を意識するように。
周囲が二人を区別して捉えるように。
……君は私じゃない。
そう。全ては偏りだよ。
君が私を疑問に思うように、違いだけが存在する。
……そう在るのであって、そこへ至る根拠や原因は空虚だ。
何かが原因で違ったのではなく、元から別の存在だっただけ。
……基準に定めようとするから異質に思える。
多くをまとめるには必要な行為だけど、個人を比べるには向かない
好きか嫌いか、……そんな主観的な答えの方が正しくもある。
まあ、論理に欠けた話だよね。現実に即した例も中々に少ない。
結局のところ、
……私にはそれが許される環境があった。
彼女と接して仲間に引き入れる。それが自身の理想に貢献できると思ったからだよ。
一度でも、魔族の力を有効に扱えたらと思った事はないかな?
どうして違うのか。
……それは相手の存在に納得するための理屈であって、目指している理想は自分の中で作られたものでしかない。
」
対面の席にいれば、意思や感情を表わす全身が見られたのだろう。
横から眺める。リヴィアも慣れない向きに迷っているように見えた。
悠々と語られた内容も、要所を切り取れば単純な話だ。
魔族と共謀してはいけないなんて規則は勝手に決められた物。絶対的な基準は自身の中にあるのだと主張する。
間違っていない。
実際に自分も同じ行動基準だ。
ただ、こちらにとって不都合な部分がある。
自分は光神教に従う側だ。今の生活を続けるためには光神教の規則にも従わなければならない。それは同時に周囲の者も同じ規則に従っている必要がある。
リヴィアの存在は単なる迷惑なのだ。
正式に罰せられていない自分が主張できる立場にないとしても、意図的に危険を増やしてくるのは困る。
「そうか。リヴィアなりに理由はあるけど、共感できる内容ではないという話でいいのか?」
「それで諦めてくれるなら嬉しいかな」
リヴィアの過去は、都市の生活と聞いて自分が想像するものとは違ったのだろう。
「突き詰めない。……お互い、相容れない部分はある」
「ごめん。と言っても仕方がないんだろうね」
長い演説で疲れたようにリヴィアは水分を求める。
諦めを含んだ謝罪は、直前までの陽気を一切絶っていた。
「サブレが魔族だった事も知っていたのか?」
「一方的に知っていたという感じかな。遠からず確信していたけど、公証できる内容ではなかった。判別魔法も使えなければ、うかつに発言できない」
身近に魔族がいたなんて話は誰も信じない。だが、身柄を拘束された後でも隠していたのは問題だろう。
知っていて動かなかった事実がある。隠匿は重罪であり貴族であろうと裁かれるべきなのだ。
ただ、処罰の在り方として、個人の内面に取り入る事はできない。個人は利得のために国へ恭順する。個人で収まる問題は、発覚するまで指摘できない。
自分も同様だ。
サブレの件を問題にしなくても、リヴィアにはインテグラと共謀した疑いがある。
処罰するための罪状は十分にあり、既に基準を振り切っているのだ。
「どう考えても不審なんだ。いくら、縁者の紹介で有能であっても、普通は従順であろうとするものだよ。放任主義で、歩合制をとった自分も悪い。だけど、度々求める休暇が、仕事の依頼より遠い期日なんてありえると思う?」
説明を求める前に、リヴィアの言葉が続く。
「変な植物標本を集めてくれば、突然紛失していたりする。拘束具の一式を持ち出した時には、誘拐や人身売買でもしているんじゃないか疑ったよ」
趣味として扱われる仕事外の行動も、数が過ぎると怪しいか。
「私物に手を出さなかったから容認していたけど、積極的に調べなくても日常生活から異常だった。……まあ、そんなサブレから魔族を隠し通していた私が言える話でもないのかな」
小言への指摘は避ける。
「……分家だとして将来の独立が約束されたわけでもない。結婚できない私の部分相続が認められているのに、わざわざ外部で活動するなんて聞く話じゃないでしょ?」
法的な面で語られる分には納得できる。
ただ、貴族の実態には詳しくない。実物を例に挙げると当てはまらない部分も出てくるだろう。
サブレの場合は、疑われるほど過度だったという話だ。
「魔族同士の繋がりは無かったのか……」
「無いね」
断言される。
「魔族にも世代がある。活動時期が違えば交流も少ないものさ。知らない隣人なんて珍しくない話だ。……特に単独行動で潜入するような場合、お互い顔も隠している。……討伐する側には不要な区別だろうけど」
たとえ共謀していた者でも話は貴重だ。
聞き一方になっているラナンたちも傾注しないわけにもいかない。
「そう考えると、サブレは若い方だ。規則を学んで理解もあるけど、本人は下手。要所に目が利くけど一貫性が足りない。即席な教育を受けるだけ全体の生存率は上がるけど、結局、単独で動くなら個人の判断能力に依存する」
魔族と交流があるリヴィアでも、魔族の単独行動には疑問があるらしい。
聖者は一人、軍の兵士も有限であれば。処理能力を越えて攻撃すれば確実に被害を拡大していける。各個に活動して討伐されるより生存の可能性も高いはずなのだ。




