311.三重苦
帰宅したリーフに伝えて、夕食後に相談の時間を貰う。
「たしかに、手紙が届くのは異常だね」
改めて、届いた手紙を見せると、一読された後に感想が告げられた。
長話を想定して、椅子を運び込んだ私室には二人しかいない。
光量を抑えた照明が机に戻された手紙を照らす。
「ちなみにリヴィアの待遇は、どうなっていた?」
「監視付きの復職だったはずだよ」
自分が教会を脱走していた期間に、変更された可能性もあった。
結論としては当初の計画に沿った対応だったようだ。
「交流は制限され、生活も記録される。……こんな小細工が認められる環境ではないよ。家臣に頼んだとしても、絶対に追跡が行われる」
自分の監視役でもあるリーフなら、周辺人物は逐一確認しているはずだ。
過去に接触した人物であり、別件でも重要人物になっている。リヴィアの情報は容易に手に入るだろう。
養子にしていた少女が魔族だと発覚して、当人にも疑いが向けられた。専門の手による調査が行われ、途中で家財が運び出される様子も実際に見かけた。
魔族でないと判明した後も、共同生活を続けていた点は問題視される。
監視が残されるのは当然なのだ。
「まあ、そうだね。緊急の連絡が来るかもしれない……」
リーフの発言には同意する。
監視の実施は、リヴィア自身も承諾していたはずだ。その上で、意図して行動を隠したのなら重大な違反行為である。
別人が名を偽った可能性についても、本人に確認を取れば解決する話だ。
確認によって事実と判明すれば、リヴィアには罪状が加わる。国や教会の指示を無視した罰を、素直に受け入れるとは限らない。
抵抗や脱走も考慮すべきだろう。
「監視を出し抜いているなら、厳重注意だろうな」
問題はそれだけではない。
変な手紙を差し出した事も疑問だが、正しく届いた事も異常なのだ。
リヴィアがこちらの居場所を知っている。
ラナンに連れ戻されたのも最近の話であり、住所まで把握するには障害が多い。情報伝達には遅れが出るため、他国ともなれば半月程度の誤差は覚悟する。
ダンジョンを自在に操る存在と仮定して、光神教やラナンの対応を事前に予測したというのも考えにくい。
「リーフの報告書が漏洩した可能性はあるのか?」
「なくはない。……機密対策を講じても、教会を介して送ったものだからね。隙を完全に無くすというのは無理だよ。国内の短い距離だとしてもね」
「何にしても、監視が把握できていない情報経路が存在するか……」
自分の情報が機密扱いだった事については、納得もあり話題に加えない。
とにかく、教会の内部情報が漏れているなら深刻だ。
「アケハ。これの扱いは、どうするつもり?」
指し示された手紙が揺れる。
「明日には、同僚を頼って間接的にラナンにも伝える。教会の方で把握している行動なのか、調査を頼むつもりだ」
「その方がいいね」
相談を頼んだ理由も、今後の行動を決定するためだ。
不足を指摘してもらう。身近にいて教会の事情に詳しい者から指示を受けたかった。
「リーフの方でも、アプリリスに連絡するよな?」
「そのつもりだけど、……伏せた方がいい?」
「変な気遣いは不要だ。全容が分からない今、安全を確保するなら手段は選ばない。教会に深刻な被害を出す可能性もあるんだ」
手紙を送る行為も意味不明だが、危険視されてまで伝えるべき内容か疑問もある。サブレ以外の魔族がいて、リヴィアの現状を利用して聖者の注意を反らしたという方が理屈に合う。
個人で判断しきれない。
ラナンにとって、こちらの存在は弱点だ。
脱走の対処に聖者が向かった。それだけで敵にとって利用価値になる。
遠征はまだ先だ。どこかで襲撃を狙って誘導したいのか……。
「話を詰めない方が、柔軟に対応できるよ」
「……まあ、そうだな」
他の可能性を意識するために呟いた内容に、小言が差し込まれる。
「……良ければ、彼女に直接伝えてもらっても構わないけど?」
「リーフの仕事を奪うわけにはいかない」
「そんな気遣いしなくても、……後日話すから心配無用だよ」
緊急といっても、個人が慌てたところで他を困らせるだけだ。
後日という些細な言葉使いに注視してしまうのは、自分の方が過度に緊張しているためだろう。
「そんなに、アプリリスは俺と会いたいのか」
「意外?」
「意外だな」
「え。あれだけ好意を注がれておきながら、疑いを残せるものなの?」
厚遇、手厚く保護されている事は認識している。
専属従者を続ける中で、生活は一切困窮しなかった。
それでも、聖女の地位を失わないために利用された、都合の良い人材が限度だ。関係者へ周知させるために騒動から遠ざけるという名目で侍らせたり、以降も魔力量を見込んで取り込むつもりだったというだけだ。
ダンジョン操作が発覚した後についても、利用価値があると判断して、存命を許しただけに過ぎない。
「じゃあ、体の関係はなんなのさ?」
「あくまで、敵意の有無に応えただけだ」
「うん。最低だわ」
相手側も理解している。
その上での行動だ。
正常な者からすれば、似たもの同士とでも見られるのかもしれない。
リーフも認識した上で冗談を言っているだろう。
好意と呼ぶには、実態が一般から大きく外れている。
利害の一致という条件が成り立つだけでも、良例にされかねない。行動要素を上げれば優良であると同時に、相手側の意思も否定できない。
加えて関係は、おそらく今後も継続される。
自覚するつもりは無いが、依存と呼ぶなら自分の方だろう。
人間社会を選ぶ場合には他の居場所が認められていない。特異な存在は特異な関係に陥るしかないようだ。
好意の話にしても例外になる。
この場合は両者の意思を参考にできるが、尋ねると不都合な返事しか返ってこないだろう。お互い、危険を承知で一方の利益を提供したりしている。
自分も含めて、変な部分は誰しもある。
アプリリスから好意を向けられているのは、真実なのかもしれない。
「さ、この話も終わり。レウリファちゃんも、今ならまだ起きているでしょ。今日の場合だと、アケハから部屋に向かった方がいいのかな?」
「おい」
「こういう場合、日常を保たないと気が持たないよ。普段通りに生活して、普段通りに出勤する。その後に動けばいい」
続きに別れの挨拶を告げると部屋を去る。
過去の記憶がない事は、今でも教会側の人間に伝えられていない。リーフは最後まで手紙の内容に言及しなかった。
翌朝、出勤したところで、同じ専属従者であるマーサに手紙の話題を告げる。
三十手前と現役では最年長であり、全体の指導役を務めている。連携に欠かせない存在であり、調査結果をラナンに伝えてもらう意味もある。
聖者付きの総括とあって、相手の休憩時間は細かくかつ短い。別の場所に連れ出すのも手間なので、日の当たる廊下で声をかけた。
「現物は、こちらで預からせてもらって構いませんか?」
「はい。既に写しは残してあります」
「賢明ですね……。わかりました。私の方から確認を取ってみますが、以降も、貴方に時間を作ってもらうかもしれません」
一度に話し切るのは理解の点でも悪い。聖女側も含めて共有されるべき内容であり、話し合いの場は用意される。
「おそらく似た内容で説明が求められるので、書面に記しておいた方が質疑も滞りなく済むはずです」
「早いうちに、準備しておきます」
「お願いしますね」
話がまとまり、手紙を預かった相手も日常と変わらない姿で歩き去る。
数千、数万の生死に関わる業務の補佐だ。手紙一つ増えたところで慌てる性格なら長く続けられていない。
監視や行動制限を無視する程度なら緊急性は低い。リヴィアも解決した事件の関係者でしかなく、手紙を送る行為や内容自体に危険性は見当たらない。
調査で事件性が薄いと判断されれば、早めに返答が来るだろう。
手渡した後には、先程までの重みを疑った。




