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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
11.***編:296-
308/323

308.特徴



 リーフと分かれて職場に移動する。

 自分が通勤する聖者棟は、訓練施設から近く、本来なら聖女が日常的に通う場所である。


 聖者の戦闘能力が確約されている内は、聖女の役割も補助でしかなかった。過去の聖女も、同伴の際には外部との交渉を担った。直接戦闘では聖者一人で十分だったようなのだ。

 予備の聖女も、職務を求められず光神教に留まる必要も無かった。


 だが、現在は違う。


 招集されない内とはいえ、フィアリス一人しか訪れない状況は異様だ。

 聖女のうち一人は拘束されたまま復帰は考えられていない。アプリリスも職務として同伴するが訓練は続けていない。


 聖者の病症が戦闘面に関わる現在、聖女の役割は大きく変わる。

 予備という待遇はありえず、一人の欠如も活動に影響する。


 自分の過失が要因だ。

 余裕が無かったのは光神教も同じ。聖女一人の反逆で切迫していた状況を、個人保身のために悪化させた。


 待機室で朝礼を済ませて、向かった談話室にはラナンの姿がある。

 歩行の補助として、顔を合わせなかった同僚が隣に付く。来客時や訓練以外での服薬を避けるため、日常動作にも困難が生じている。

 礼の後には各種報告が行われ、一日の仕事が始まる。それぞれの名前を呼ぶ声には、最後にこちらの名も加わっている。


 休憩時間になって、資料室を訪れる。

 保管棚の並びをいくつも横切り、目的の棚に着くと足元付近の整理箱から書類束のひとつを取り出す。


 専用の保管室には、聖女棟と同様、職務に準じた資料が集まる。聖者の専属従者が各々の日誌や報告を残し、当時の情勢が年代順に納められる。


 歴代聖者の直筆も数多く保管されており、魔族に関する資料も膨大にある。

 実体験を記した資料には、当然、戦闘記録も含まれていた。


 突然、聖者と断定されて知らない日々が始まる。

 文字の並びも不確かな日誌が、激化する魔族の動向調査に変わる。


 誰もが短命だ。

 古い世代の資料は遺失も多く、分類不可として個人を区別できなくなったとしても、それ以上に残存する情報が教えてくれる。


 魔族の王を殺して、始まった平穏も油断できない。

 繰り返されてきた歴史を見れば、一代で得られる成果はあまりに短い。

 領土を広げた。国が増えた。古い廃墟を見た。

 次の侵略を警戒した聖者によって遠征は何度も行われた。


 魔族は敵なのだ。


 魔物として魔法の技量に優れ、人間では到底真似できない規模の破壊を生み出す。人間の姿になって人々の中に紛れ込み、都市部で暴れる際には多くの犠牲者を出す。


 聖者は、庶民が一生の内に経験するとも限らない、魔族との遭遇を重ねる。数多の魔族と交戦して、時に敗走を作りながらも人類を保護してきた。

 魔族の王を殺しきれなかった近代でも、守護の役割を担ってきた。


 だから、償いきれない。


 自分の保身が聖者に大きな負担を強いた。死ぬまで専属従者として働いたとしても足りない。

 ダンジョンを操れる者の身分の保障など、誰も確約できなかっただろう。未だ同類が発見されておらず、知りうる立場になれなかったのも事実だが、払った代償が大きすぎる。


 ラナンに歴代のような戦果を頼めない。


「休憩にも資料閲覧ですか……。殊勝な心がけです」


 横から声が届く。


 他人の接近には気付いていた。

 立ち入る人間は限られており、見られて困る行動もしていない。


「仕事で必要になりそうなので、……見習いの内は、頻繁に通う者もいるのではありませんか?」

「そうですね。ここにしかない資料も多くありますから」


 資料から会話相手に視線を移す。


 首元までに留めた髪は、動きやすさも重視しているだろう。

 屋内でも各所に出歩く場合が多く、雑多な作業に長い髪は向かない。締まった歩き方では、末端の揺れも際立つ。


 切れ長の目は、素早く二度瞬きする。


「ヘルメさん。私は何なのでしょうか?」


 探るような視線も来ず、呼吸の間だけ静まる。


「聞く限りでは、魔法の才に優れた者なのでしょう。魔力量に恵まれ、操作能力も逸脱している。第三聖女の騒動では大いに活躍しており、大聖堂を封鎖した障壁にも対処した上に、戦闘面でも寄与した……」


 言葉を続ける中で、視線は外されない。


「ひたすら強い。単独で魔族を殺せるほど。確保に聖者を向かわせるしかなかったのも、当然だと思います」

「誰でも無抵抗な相手なら殺せる。あれを倒したのは、殺す事すら考えなかった自分ではなく、ラナン様だよ」


 口先だけの嘘だ。

 一撃で仕留める方法がなければ、反撃の心配をする。

 いくら友好的に接してきたとしても魔族に変わりない。人間以上の存在であるのは当然、無抵抗である確信など得られないだろう。


「……貴方自身は、どう思っているのですか?」

「わからない。人間でないかもしれない。人間の姿をしていたから、どうにか生きてこられた」


 洗礼を受けずに魔法が使える。

 まるで魔物だ。ダンジョンを操る以前に出自も不確かなのだから、人間であると確信できるはずがない。


「……今は、保護してもらえる分、貢献したいだけだ」

「であれば構いません。幸い、検査で異常と判定されず、外部の活動にも同行できる。仕事に支障が生じない間は、深刻に議論する必要もないでしょう」


 用意されていたかのように、詰まりなく答えが返される。

 ラナンが保護すると決めた後には、専属従者の間でも情報共有は行われただろう。特殊な事情がある以上、事前に対応を考えるのは当然か。


「あまり長居すると、休憩時間を過ぎてしまいますよ」


 時計が見えない位置だが、勤務に戻る頃合いだ。

 ヘルメも背中を向けて、この場を去ろうとしている。


「待ってくれ」


 足は止まり、顔がわずかに向く。


「魔族の遺体について、どうなったか教えてもらえないか?」

「……適切な検査の後に、処分されました」


 一度だけ横顔を見せたヘルメは、答えた後に部屋を去った。



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