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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
11.***編:296-
305/323

305.再現



 朝を過ぎて、ダンジョンは大きく姿を変えた。

 防壁はひとつだけになり、内部も数人で利用できる小屋が唯一あるのみだ。


 視察団を運んできた馬車も既に外で待機している。自分が戻ってきたのは最後にダンジョンコアを取り外すためだ。


 ダンジョンは放棄する。

 村との協議で、今後の用途は決められている。


 新たな開拓を必要としていない村でも、壁で囲われた土地があるというなら事は変わる。

 土地は貴重だ。害獣も少なくない土地では囲いが必須になる。木の柵では済まず、高さのある石積みの壁が求められる。人手で組み立てるには日数がかかり、既存の囲いを拡張するにも日課を休ませる必要が出てくる。

 最初に作るまで良いもの、生活が落ち着いてしまうと後の変更が難しくなる。村人も収穫の減少には敏感になるらしい。


 村長の私見では、技術者を誘うには村の規模が足りないそうだ。

 必要な需要を満たせず、都市に頼りきりになっている。人口を増やして生活を豊かにすれば、行商側の往来も増えるのではないかと見込んでいる。

 村を分割して、物資を交換するだけでも、外部から見れば成長に見えるらしい。


 とはいえ、村の人口を急激に増やすわけにもいかず、当分は利用されない。

 乱入者を避けるために、定期的に人を向かわせて、次の収穫期を過ぎてから少しづつ整備される。村人が増えるまでは、薪木の保管や樵の休憩小屋に使われるくらいだろう。


 管理の次第では村に異常が起こきた際の一時的な逃亡先にもなる。

 ダンジョンとして機能を失った後でも壁の強度は悪くなく、光神教としても徹底して破壊する理由は持たない。


 土の地面が多く残る。

 広くなった周囲を眺めて、正面の台座に視線を戻す。


「最後まで要望通りにさせてやれなかったな」


 台座に飾られた青い球体へと触れて、ダンジョンの放棄を指示する。

 ダンジョンコアは一度手を離れて、地面に届くころには台座も姿を消す。


 ダンジョンコアを拾い上げると、近くには平坦な地面だけが残される。

 放棄の瞬間は自分だけが目撃者でいい。


 防壁を出た先には、出発を待つ馬車の列がある。

 この後に立ち寄る村の予定も報告のための短い停車だ。おおよそ帰還の準備と変わりない。


 先頭の一台の前にはラナンが待っている。


「これは、ラナンの元で預かってもらえないか?」

「いいの?」


 抱えたままのダンジョンコアを視線で示す。


 直接差し出すにも許可は待つべきだろう。本来、ダンジョン調査という名目なら、調査員の方で保管すべきだが明確な指示は与えられていない。

 ダンジョンコアを個人所有の物品として扱っているのか、状況次第である現場の判断に委ねた結果なのか、分からない。


 そもそも計画自体が虚偽であり責任者は不明なのだ。

 予定に無い行動なら、確実な手段を選ばせてもらう。


「求められれば使用をためらわない。ただ、その判断を頼みたい」


 自分の力はラナンに託す。


「差し出せる中では最も高価な物だと思う。……再び去る場合にも、取り向かう可能性が高い」


 次に光神教から離反する時にも、再びダンジョンの力を求めるはずだ。

 ダンジョンコアの入手手段は一つに限らないとはいえ、ラナンとの衝突は必然になる。少しでも可能性を抑制したいなら手元に残さない。

 ラナンをも無視できてしまう状況には、奪取への抵抗も皆無だろう。


「売却するなら、後にでも教えてほしい」

「あれを見た後で、売ろうとは考えないよ。……わかった。僕の方で保管する」


 ダンジョンコアを差し出した後は、後続の馬車に移動する。

 以前と違って、現地作業員でしかない自分は聖者と同乗できない。長い移動時間で相談事を進めるために、乗員は部門ごとに分かれる。乗り込んだ馬車には同居していた三人がおり、他の同乗者は調査員だった。


 ダンジョンの素材は、一部が調査用に保管された。

 他ダンジョンでも過去に調査が行われており、切り出された建材は性質を比較するために各所で保管されているらしい。

 今回の機会では強度比較に限らず、指定された形状を作り出す以外に、調度品の類も求められた。調査員が緩衝材を入れて器用に箱詰めしていた品々は、人を乗せない箱馬車の方に積まれている。


 国の中央までの長い移動で、間に作業は求めらなかった。物資の補給も中継の教会で済み、詰め込みも専用の人員が行われた。

 聖者の専属従者の仕事を確認しつつ、馬車の列が短くなった後も、自分はヴァイスの世話に集中できた。


 そうして聖都へ連れ戻され、中央教会の敷地に再び足を踏み入れる。見慣れた停留所で下車すると、到着に備えていた人員の中から、かつての同僚を見つける。

 ヴァイスの世話をニーシアに任せて、近づく面々に応じる。


「アプリリス様が、お待ちです」

「……アケハ。嫌なら断っても構わないよ」


 必ず接触を図るとは予想していた。

 相手の横に来たラナンも、アプリリスの介入を察して、言葉をかけてくれる。


「ありがとう。最初は自分の口から伝えてみたい。……逃げ戻った時には、頼らせてもらえないか?」

「いいよ」


 軽い返事を受け取って、アプリリスの部屋へと連行される。

 ヴァイスを獣舎まで連れて行くのはニーシアとレウリファに任せる。リーフは会話の隙に行方をくらませていた。


 廊下を進む間に、無言が続く。

 他者が行き交う場所では話題も限られる。仕事を辞退して教会を去った者相手では話しかけるのも難しく、こちらも話題を出せない。


 変わらない足取りで聖女棟に進み。アプリリスの私室に入る。

 応接用の席に案内された後には、元同僚が部屋を去る。


 部屋を見回す。

 不在の期間に小物の入れ替わりは行われたようだが、全体の雰囲気は変わらない。教会特注の備品は応接室の方に運んでも違和感を与えない。

 生活家具を省けば聖女用とも区別できない。最低限の私物も隣の小部屋に押し込まれているのだろう。


 扉の開閉に身を構える。

 視線の先に動きは無い。


 開かれたのは廊下側の扉で、聞き逃していた配膳車の音を知って警戒を解く。


「……無事だったのね」

「急に去って悪かった」

「まったくよ。仕事を押し付けて、いくら私でも体は増やせないわ」


 案内の間と違って話しかけられる。

 エルフェは隣に移動して、接客の用意を進めた。


 飲み物に加えて、菓子まで持ち込まれるらしい。

 本来、客として聖女の私室に招かれる相手は聖者だけだ。業務外で応接室が使えないとしても、聖者代用と言われた身で私室に招かれるのは穏やかではない。

 アプリリスの野心が薄まるはずもなく、この対応が意図したものである可能性は低くないだろう。


 アプリリスとの面倒事をラナンに頼りきるわけにもいかない。

 立場が保障されただけでも十分なのだ。


「事情は知らないけど、いつから戻るの?」

「まだ分からない。……会う機会は少ないが、協力できる時は助ける」

「へ?」


 半端な返事を聞いて、疑問の表情を見つける。


「聖者の専属になった」

「ちょっと、私の心配返しなさい!」

「以前より真面目に働くから許してほしい」

「そんなの当たり前よ。特別迷惑をかけた分、同僚だった私に相応の見返りがあっていいんじゃないかしら?」


 当時は教会に戻ってくる事を想定していなかった。

 敵対者から物を貰っても、迷惑なだけだろう。


「丸く削った魔石は、どうだろうか?」

「どんなものなの?」

「品質は半端だが、整った球形にしたつもりだ。光に透かすと細かな結晶が見られる」


 摘まむ指で大きさを示すと、覗き込む姿があった。


「自作……、職人にでもなりたかったの?」

「いや、合間に作っただけの趣味の品だ。宝飾にするにも留めが足りない」

「いいわ、後で見せなさいよ」


 魔石の加工品は一般的だが、球形となると大きさの問題で限られる。身に着ける装飾には向かない物でも、希少品に数えられるだろう。

 もう一人の同僚にも渡してもらえないかと頼むと、溜息の次に拒否が返ってきた。


「にしても……変な人事ね」

「自分の立場では、どこまで話せるか分からない」

「わかった。聞かない」

「助かる」


 アプリリスの専属従者であっても、事情を詳しく聞かされていない。混乱拡大を防ぐために情報を規制したのだろう。

 でなければ、危険人物の自分は教会を歩けない。魔族の保護と聖者の負傷は、一律で伝えるには危険な内容だ。


「……おいしいな」

「ほんと。もっと早く教えてくれれば、苦味に仕上げたのに」


 エルフェとの雑談を終えれば、アプリリスの来室を待つだけになった。



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