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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
11.***編:296-
303/323

303.決意



 こちらの攻撃を、ラナンは軽々と受け切る。

 戦いの経験に大きな隔たりがある。聖者として長く訓練を続け、実戦を重ねているラナンに有効な一撃が当たるはずもない。


 引き寄せた長棒に回転の勢いを乗せる。横薙ぎの直後に突き出す、長棒の距離的優位も回避を優先されると接触も許されない。

 ラナン手前で通過した勢いを腕力任せに反転させる。踏み込みと同時に先端を斜めに振り上げ、半回転の後に底側を突き出す。


 いくら身体強化を使っても、使用者は素人だ。

 聖剣に耐えうる武器と魔法も、相応しい成果を生み出さない。


 圧倒できないから技を鍛えるのだ。

 聖剣という要素に対処できても、技量差で追い込まれる。


 間に合わせの棒術では手数に限りがあり、見切られた後には攻勢一方の現状も逆転するだろう。


 技は無い。

 聖剣の刃を受け止められる状態も、長くは続かない。


 長棒の耐久にも限りがあり、破損が溜まれば武器を失う。聖剣が余力を隠していて、次には寸断されるかもしれない。


 全て、自分ではない何かに頼っている。

 武器も、身体強化も。聖者を相手にどこまで通用するかを知らない。

 底知れない魔力が尽きた瞬間には、全てを諦めるしかなくなる。


「ラナン」


 詰め寄る足を止めて、呼びかける。

 ラナンの静止に気付いて、フィアリスも支援を控えた。


「アプリリスは、俺を聖者に挿げ替えたいらしい。……治療を終えたラナンに何と説明したのか知らない。たとえ拘束されて連れ戻されたとして、そんな相手の下で過ごせると思うか?」


 武器を構えたまま、静止に慣れない視線を押し留める。


「アケハ……。僕は、アプリリスの発言を背信とは思わない」


 こちらの背信行為は否定できない。決して許される行為ではなく、裁きを受けるべき立場とは自覚している。

 だが、アプリリスの思考も等しく危険だ。

 人類を支える聖者を、聖女の判断で取り換える。正式な儀式をもって選ばれる立場を、罪人の贖罪に利用するのは異常でしかない。


「確かに儀式で選ばれた。……でも、それだけだ。僕は何も特別じゃない。……聖者の功績、聖者の剣。聖者という立場を利用して生きてきただけ。何も持たなければ君とも戦えなかった」


 ラナンは構えを解き、聖剣に視線を移す。 


「別に僕が聖者でなくても皆は気にしない。聖者の役割がこなせるなら誰だって構わない。……単に選ばれて、務まるから続けられただけだ」


 言い切ったラナンが剣を向ける。


「戦えない聖者に価値は無い。その通りだよ、アケハ。何も間違っていない」


 事実だとしても、選ばれた者が言うべき答えではない。

 儀式の正統性を個人で判断する。実態は定かではなく、聖者にとっての価値は低いかもしれないが、多くの者にとっては絶対的なものだと信じられている。

 少なくとも成り代われる存在とは考えられていない。


 だが……


「そうか。そうだな」


 こちらの主張も的外れでしかない。

 聖者を特別視して関わりたくないだけ。


 任務の中で聖者が死ぬとして、光神教も別の形で代わりを用意するだろう。聖者が死んだところで人類は生存を諦めない。当然の対処だ。

 聖者を入れ替えたとしても容認されるのだろう。


 こちらも武器の構えを改める。

 ラナンの様子見も終わったようだ。


 聖剣が光を増す。

 その刃を伸ばし、辺りに光の粉を散らせる。


 生み出された刀身は、魔力弾を放っても消えない。

 魔力放出も押し負けるだろう。


 結局、自分の意見を通すには力が要る。

 武力でも、権力でも、何でもいい。他人に認めさせるだけの力を持たなければ何も実現しない。


 ラナンに向けた刺突が、直前で止まる。

 長棒を受け止めた障壁のすぐ脇から、光の刃が振りかかる。


 引き戻そうとした長棒は動かず、後退後には落下音が鳴った。


 邪魔な障壁だ。

 長棒では障壁に音を立てるだけになる。

 間合いで劣るとしても接近戦は避けられないらしい。


 振り回される刃をすり抜け、落とした武器を拾い上げる。


 再び狙った横薙ぎには硬い感触が返ってくる。

 次段の攻撃への勢いは残らず、直後に向かってきた刃を避ける。


 今の聖剣には、長棒に劣らない攻撃範囲がある。加えて武器の動作が阻害されるとなると、優位は完全に失われている。

 身体近くで障壁が使われないよう妨害を強める。


 ラナンは自身の近くでしか障壁を扱わない。

 こちらが放出する魔力によって至近距離でしか生成できないというなら、防御の間は障壁の邪魔を気にしなくて済む。


 ここで問題になるのはフィアリスだ。

 攻防の隙間に撃ち込まれる魔法が、一帯に広げた魔力を乱す。まとまりを失った中では他者の魔法制御が容易になる。直撃しないでも、次の攻撃への余白が生まれる。ラナンの助勢になりかねないため対処が必要だ。


 直上、振り下ろされる刃を受け止める。

 瞬時に魔法強化を解き、長棒を切断した聖剣を掴む。

 半端に胴体へと蹴りを放ち、ラナンを遠ざける。


 異常な感触だった。

 聖剣の刃は表面にわずかな弾力があり、掴みきれずに手が滑った。

 間に生じた流血未満の手の傷は、痛みを待たずに癒えた。


 視線に気付いたフィアリスが、こちらの対処に備える。

 先程と違い、細かに魔法を撃ち出し、接近を拒む。


 全てを接触前に消失させ、直視を妨げた最後の障壁も砕く。突き出された杖を強引に奪い取り、前傾となったフィアリスを腕に捕らえる。


「フィアリス。退け」


 端的に告げた後で、フィアリスの表情を見る。

 接触を解き、引き下がった事を確認して場を離れる。


 その頃には、ラナンが聖剣を下げた状態で立ち上がっていた。


 静かな歩みで近づき、手前に落ちている長棒を拾う。

 鋭利に切断された表面を見て、並みの武器で立ち向かえない事実を再確認する。

 同じ性能は望まずとも、量産できるなら迫りくる魔物へ対抗できるはずだ。聖者が特別でないなら、多くに聖剣を与えればいい。


「俺は聖者になりたくない」


 言葉だけでは誰も諦めてくれない。

 向こうに伝わるだけの証拠がいる。


「……退けるために、その聖剣。壊させてもらう」


 手にある長棒は断片を増やして、地面に転がる。

 服の袖は消えて、あらわになった前腕には、やはり、洗礼印が見えない。


 皮膚の続く先にある手の甲は、何度も見た。

 体を洗う度に、指輪を外す時にも。


 振われる光の刃を腕で受け止める。

 魔力で作り出された形状は勢いを伝えきる前に削れて、聖剣は空振る。


 転倒を堪えたラナンが突き出してきた刃先を掴む。


 大抵の魔法を打ち消せる状態にあっても、刃の実体は掴み切れない。聖剣は形を保っており、掴む両手から厚みを感じる。


 強化された握力も意味なく、聖剣は引き抜かれて手に傷が生じる。


 扱いなれない長棒ならともかく、身体強化に馴染んだ体も防ぎきれないらしい。


 とはいえ、受け止められる時点で異常な強度だ。


 魔道具を扱わないかぎり、普通の人間は一戦に数回の魔法が限度だという。

 聖剣の一撃を受け止められる魔法など聞いたことはなく、不意打ちに備えて常に維持する消費魔力も尋常ではない部類になるだろう。


 流血は即時に止まる。

 裂けた皮膚は次第に形を取り戻して、痛みも収まる。


 魔法の有無は個人の戦力差に影響するものだが、ここまで来ると人外とも扱われかねない。

 洗礼を受けていない時点で論外な感想だが、戦えるだけ悪くない。


 籠手を備えても剣相手では分が悪く、攻撃を弾く腕は忙しい。

 代わりに、相手も障壁による防御が使えず、小回りの利く攻撃で後退に追い込める。


 これまで触れた物を消失させてきた魔法だが、聖剣には手間取っている。

 予想しなかったわけではない。身体強化で長く耐えられたように防御手段は存在する。壊れにくい素材だったり、魔法で保護していたり、聖剣自体に破壊対策があるのは当然だろう。


 こちらの手を腕を斬りつけるたびに、聖剣は消失の魔法を浴びる。

 指の跡も残らない刃を見ると、効果を与えていないようにも思える。実際、剣と呼ぶべき硬質な感触に触れていないため、聖剣に魔法が届いていない可能性はある。


 それでも、魔力が尽きれば別だ。


 保管中に魔力を消費するような無駄な設計されないはず。


 ラナンが供給できる魔力にも限界はある。剣の大きさにどこまで魔力を詰められるのが戦闘を長引かせる要因になっている。


 魔力が尽きれば負けるのは、こちらも同じ。

 正確な残量を確認できない分、戦法を選べない。魔力が尽きた瞬間には常人が防げない一撃を浴びる事になる。


 それでも逃げられない。



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