30.戦いの後始末
顔は血だらけで耳はちぎれており、体には槍が刺さっている。所々で毛皮が剥がれているのが血まみれの状態でもわかる。
それでもこの墓守熊は命を残している。
成体の墓守熊には近付かないでください、と伝えに来たレウリファは地面に座って休んでいる。
腰掛けのある血の広がっていない食卓には近づかないみたいだ。
重い怪我をしていた配下の雨衣狼は既に殺した。生かしたとしても個体として活動できないものだった。
「怪我は治るのか?」
前足を踏みつぶされた雨衣狼は立ち上がれず呼吸を行っていた。
レウリファは時間をかけて雨衣狼を調べていたが、こちらへ顔を向けると首を振り答えを返した。
「前足の骨の半分は砕かれていて、皮で形を保っている状態だと思います」
レウリファが触った雨衣狼の前足は、垂れた様子だった。
「添え木をしたところで自然治癒が出来ない、場所と具合です」
関節も怪我の範囲に含まれていた。
「胴体にも被害があります。骨格にも歪みがあり、おそらく内臓に届いています」
長くないとレウリファは判断した。
「そうだったのか」
熱い息や表情をしている雨衣狼の前で、ため息をついた。
「守ってくれて助かったよ」
どちらの言葉で話したか憶えていない。
「レウリファ、任せていいか?」
「はい」
自分に断ち切る技量は無い。レウリファに介錯を頼み、配下の一体が果てる瞬間を見届けた。治療系の魔法があるとしても、自分は使えない。治療法が無かった。
自分は部屋に隠れているニーシアを呼びに行く。
ダンジョンの中にも血の臭いが広がっているため、外の汚れを対処する必要がある。
ニーシアの部屋の入口は家具や木材で埋められており、そこを軽く叩く。
「ニーシア、中にいるか?」
「アケハさん! 大丈夫ですか」
「レウリファも自分も生きている」
壁を崩すのを待っていると、最期まで崩さずに隙間から出てきた。
「アケハさん」
ニーシアが自分に衝突した。
革鎧も外で脱いでいたため、ニーシアが手をまわして抱き着いてくると身体の柔らかさが伝わってくる。震えているので落ち着かせる様に背中を手でさする。
「良かったです。待つ間もアケハさんの事が心配で」
「怪我はしていない。レウリファと配下たちの後ろで立っていただけだ」
「そうですか。えと、朝食はまだですよね?」
顔を上げたニーシアが聞いてくる。
「頼んでいいか?」
「すぐに再開しますね。……あのアケハさん」
「かなり血の臭いがします。外の掃除はまだですよね?」
「ああ、そうだ」
離れたニーシアが物置部屋から二人分のショベルを持ち出す。
荷車は朝食の準備のために外に残したままである、洗うための水は後で運ぶ。
外に近づくにつれて臭いも強くなってくる。掃除をしても今日一日は臭いが留まるだろう。
「食事の前に掃除をしましょう」
活力の感じられる声で彼女が言った。
「ご主人様、食事の前に休ませて貰えませんか?」
大体の掃除を済ませたレウリファが聞いてくる。
「寝台で体を休めてくれ、食事の時は部屋に運んでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
レウリファは疲れ切っていて、今倒れたとしても驚くことは無い。本当は掃除をする前から休ませたかった。
武具は外した時に着ていた衣類にまで相手の血が浸みていて、見ていたニーシアも休ませようとしたのだ。
それでも血の片付けをすると言って、ニーシアの持つショベルを受け取り、血の溜まった場所の土を掘り返して汚れを埋め始めた。
ニーシアの服だけはまだ血で汚れていなかったためダンジョンの入口まで水の運搬を頼んだ。
幸いな事に荷車も汚れは無かったので、掃除をしない状態でも使用できた。
死体のそば以外の大きな血痕を埋めてから、他の小さな血の跡も水をかけて薄めた。
一通りの対処は済ませることが出来たが今も血の臭いが気になっている。
時間を空けて何度か水をかけていれば、数日の間に残りの臭いも消えていくだろう。
「着替えであれば私も手伝いますね」
「助かります」
靴は水で洗って綺麗ではあるが服は汚れている、レウリファも血の臭いを部屋に持ち込みたくないのだろう。
二人で話しながらダンジョンまで向かっていった。
ニーシアを待つ間にレウリファが脱ぎ始め、衣類をそばにある台の上に置いていく。
奥から出てきたニーシアは全裸のレウリファに驚いてから、布を広げて彼女の姿をこちらから隠した。
レウリファがダンジョンに帰ると、ニーシアはこちらに戻ってくる。
「新しく作った方が良さそうですね」
ニーシアが食材の様子を確かめている。血は入っていないが、戦っている間に土ぼこりも浴びていただろう。自然の中で長く放置されていた事も良くない。
「ほとんどが無駄になってしまいました」
「構わない。一緒に捨てに行こう」
冷えた鍋をもって廃棄処理場に捨てに行く。この後は解体作業を行うつもりなので、処理場にいるアメーバも普段より忙しくなるだろう。
隣で歩くニーシアはかごに食材をのせて運ぶ。血に対して特に抵抗は無いようだ。
部屋に隠れたニーシアを呼び出した時にも心配したが、普段と変わらない様子で動いているため安心する。
人間の群れには盗賊を思い出して嫌悪感が湧くのに、血だまりを見て村人が眼前で殺された事を思い出す事は無いのだろうか。
「アケハさん?」
足が遅れていたようで、先を歩いていたニーシアが振り返ってこちらを見ている。
「遅れていたか」
「そうですよ」
歩みを速めて追いつく。
「死ぬ可能性もある危険な体験をしたのに、都市に移ろうと思わないんですか?」
「思わないな」
何度か考えたことはあるが、今はダンジョンに住む方が良いと判断している。ニーシアが人混みを嫌っている事も一因ではある。
獣人のレウリファが都市で暮らしにくい事、
ダンジョンの生活環境が整えられつつある事、
都市から離れても素材を売って通貨を稼げる事、
人間が嫌う魔物を配下にしている事、
それを大量に呼び出せるダンジョンを操作できる事、
金銭的価値のあるダンジョンのコアを守れる戦力を作れる事。
「今すぐ都市に移るより、ダンジョンで住んでいた方が長く生きられるからだろうな」
「私も一緒に暮らしていけますか?」
「ニーシアの望む限りは暮らせるはずだ」
「それなら魔物を操れるアケハさんよりも早く死なないといけませんね」
笑顔で答えるニーシアがこちらに寄る。
ダンジョンのコアを守る魔物を大量に用意した場合に、自分が外で死んでしまえば配下の魔物はどうなるのだろう。
配下の魔物は狩りをするためダンジョンの外に出ている。外の環境でも生活できるだろう。
各々で生きる様になるなら他の魔物と同じで人間を襲うことになる。
都市にいる間に殺されるなら、彼女たちも生きていけるとは思うが。急に家を失うことになるのか。
「俺が死ぬ前に、都市に移り住む方が安全だろうな」
「老後は都会暮らしですか」
「ここでの生活を楽しみながら、都市で暮らすのに十分な量の通貨を貯めないとな」
レウリファを護衛にしていなければ、今頃殺されていて魔物を外に放つことになっていたのかもしれない。
魔物の被害を受ける側からすれば他の魔物と区別はつかないが、自分の利益がないのに人を傷つけるのは好ましくない。
その時に傷つくのはダンジョンを狙う人だけでは無いのだから。
都市に暮らす時にはダンジョンの位置情報も渡せるだろう。
「まだ洗礼もしていないのに老いた時の話をするなんて、私たちぐらいですよ」




