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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
11.***編:296-
299/323

299.唯一



 壁に囲まれた空間で、自分の背に届かない長棒を振るう。


 筋力が底上げされたところで横薙ぎには足の構えが必要になる。身体強化による体重増加も気休めにはならず、長棒の先端が生み出す風切り音は常人の範囲に収まる。

 地面を支えにした曲芸まがいの技も扱えるが、驚かせる程度の効果だろう。身体強化に適した戦い方を学ぶのは一朝一夕で達成できない。


 長棒は何度も壊した。突きや捻り、曲げに対する素の耐久は最初に確認した。見た目通りの強度があり、弾性に欠ける点を考慮しても武器として利用可能と判断できた。

 後は使い手の技術だけだろう。


 長棒の先に手持ちの刃物を埋め込む案も実用性に欠ける。素材を統一すると魔法を使う上での扱いが楽になる。戦闘に集中するための必要な省略だ。


 長棒はダンジョンの機能で生み出せる。

 ダンジョンの機能を担うラインを長棒にも埋め込み、自身の身体強化を長棒にまで届ける事で、地面を叩くだけで壊れる状態も解消できた。


 一度だけ、ダンジョンに接続された状態で強度も調べており、強度こそ劣るも勝手に修復される点は便利に思えた。砕いた部位も元の位置に合わせれば修復が早まるため、施設の維持に適した本来の性能を知れた。


 残念ながらダンジョンは、分解の魔法で貫通できてしまう。

 聖者の攻撃に対しても防御は期待できない。元より攻撃を受け止める選択はありえず、防御面の問題は量産できる事で補うしかない。


 身体強化において最も有効だと思える投擲も、自分の手元から離れる都合で、ただの質量任せになる。

 魔法による障壁も絶対ではないとはいえ、聖者に通用するとは思えない。


 改良を望めないだけで落ち込む、余裕の少なさを自覚してしまう。


 物音と共に、視界奥で部屋が作り替わる。

 床の一部が盛り上がり、腰丈ほどの円柱が生まれた。


 ニーシアの操作だろう。


 こちらに訪れる合図なら訓練を切り上げた方がいい。


 手持ちの長棒を棚に預けた後で、部屋の掃除を始める。

 壁の一部は投擲の的に利用しており、周辺の地面には長棒の破片が散らばる。

 ダンジョンに取り込ませるのも楽だが、回収して袋に詰める。床をいびつに作り替えた後で袋を逆さにすれば、足場の悪い場所を想定した訓練ができるだろう。


 砂塵を含めて雑に回収していると、入り口側から音が届く。

 石の粒をすり潰す音が続き、重たい石扉が動いた。


 予想通りニーシアが現れる。


「アケハさん。そろそろ休憩しませんか?」

「ああ。片付けたら、そちらに向かう」


 作業を手早く済ませ、道具を決まった位置に戻す。

 ニーシアの元に向かい、飛び着いてくる体を受け止める。


「毎度、汚れないか?」

「気にしません」


 汗と石の粉は、訓練着でもないニーシアにとって不要な汚れだ。

 抱き着いただけでも少なくない


「どうせ夜には洗ってしまいますから」


 ニーシアの衣服と違って、訓練着は身体を洗うついでに干すまで済ませてしまう。

 物干し部屋も使わない雑な衣服だが、区別を徹底する意味も薄い。


「この後、一緒に入るか?」

「冷たい水ですよね。嫌です」


 他人を誘う場合にはお湯も用意する。魔法一つで解決する簡単な手間だ。

 付け足しただけの言い訳には言及しない。


「そうか。……残念、と言っていいのか?」

「はい。言ってもらえないと困ります」


 全ての要求に従う必要は無い。とはいえ、よりどころの少ないニーシアには厳しい答えかもしれない。

 いくら生活を共有したところで、不可欠な存在にはなりえない。お互い、見切りを付けた場合でも、不利を背負うのはニーシアの側だろう。


 誰も不安を消せない。

 言葉も行動も、今を保証するだけ。

 その程度に不安定な生活だ。


 たとえ都市まで送り届けたところで、以降の生存は厳しい予想になる。単なる移住者ならともかく、追放刑を受け、さらに教会を脱走した者だ。


 手軽を選んだ結果だ。

 レウリファも同じ。対等であろうとするほど負担は大きくなる。


 裏切られない。簡単に離れないような相手を選んだ。

 おかげで彼ら二人は道連れになるしかない。


 責任を負いたくないから逃げ場を提案する。常に与えられる選択ではないから、状況が変わるたびに答えを求めた。


 一歩、引いたニーシアが見上げてくる。


「聖者様って強いですか?」

「ラナンは強いよ。少なくも自分よりは、な」


 戦う方針は、三人に伝えてある。

 少なくとも皆の生存が保証されなければ反抗する。


 多大な迷惑をかける。

 生き残れば、以降は自分の元にいる限り、生活を支援する。自分だけ殺される場合でも持ちうる資産は分割すると決めた。


 どれも生活の再建には足りない。

 唯一、価値があるダンジョンコアも教会の管理下になるはずだ。

 聖者からの心象が悪くなる対価など提示できない。


 聖者と聖女を退けるなんて目標は、誰から見ても異常なのだ。


 ニーシアと別れて浴室を利用し、着替えの後、洗濯後の訓練着を風通しの良い外に放置する。

 浴室から遠くない物干し部屋に行かない。


 どうしても、都市部を離れた生活は物資に困る。好みの衣服は入手が厳しく、手持ちの分を長持ちさせる工夫が必要になった。

 衣服の線維が崩れにくい夜干しも、ダンジョンとなると単純には進まない。夜の光に群がる虫は、ダンジョンの明かりに多く集まり、濡れた衣服に寄り付く。当初の不満を解消するために専用の設備を用意したのだ。


 虫を寄せ付けないように網で囲う対策もあるが、思い出したのはダンジョンに定住した後だった。


 行商に頼むのも面倒で、手頃な物で代用した。

 部屋の壁を取り払い、粗い布を張る。木炭作りで出る廃液を染み込ませて虫除けの対策も施した。


 浴室近くの勝手口を出ると、布張りの壁が視界に入る。

 地面の汚れを遠ざけるために床が底上げされ、多少の雨でも構わず使える。

 利用の多い部屋だ。布の隙間から覗ける干された衣服も、昼食後には片付けられるだろう。


 広場に来ると、昼食を待つ三人の姿が見られた。

 自分の到着に合わせて料理が配られる。待たせた事を謝ると、軽い応答で食事が始まる。


 常識と比較してみても、贅の多い生活だ。

 選ぶだけの食材があり食糧庫にも当分の備えがある。都市に向かう分の食料が常に保たれる。人数が増えても中々実現できない環境だ。

 村との定期的な交流があるとしても、数人規模では生活も続かない。


 壁で囲い、施設を並べる。

 畑を作り、作物を育てる。

 村からの供給が途絶えても、維持できるだけの食料生産がある。


 個人が同等の生活を送るには、開拓民を百は揃えないと代替わりが先に来る。技術面の不足は見られても死活問題にならないだけ、成功した例なのだろう。

 頼りにするダンジョンが存続する限り、内部的な問題は解決したと言っていい。


 都市部でも食料資源はダンジョンに頼る。

 依存の程度の増やせば便利になるのは必然だろう。


 不安定は自覚している。

 ダンジョンを操作できる件も不明な部分は多い。

 魔物が生産される過程も、壁や床が広がっていく現象も不明だ。


 妨害できるから魔法の一種と判断しているだけ。それすら、妨害を知ってダンジョン側が表面上で作業を止めているだけかもしれない。

 自分では再現できない何かで実現できている。


 暴走した場合に備えるなら、大きく依存できないものだ。

 まるで資源を求めて遠出をする開拓者だろう。


 失敗すれば、命を失う。

 成功すれば、得る物がある。


 独自と呼べる資源を持っていたため、他人より達成が近かった。自分でない誰かが同じようにダンジョンを操れたなら、今以上に快適な生活になったはずだ。


 ダンジョンコアを売却するだけで都市部で贅沢な生活が実現するのだから、普通の者からは徒労としか思われない。

 それでも、前回より多少は快適を実現できた。


 食後になり、横では片付けが進む。


「アケハ、手紙が来たよ」

「光神教関係か?」


 質問を聞いたリーフが頷く。


 今日は村に向かう予定も無かった。

 手紙類は行商を介して受け取る場合でないとなると、村人が運んできたか、直接配達人が訪れた可能性がある。


「アケハがいない間に、村の案内で使者が訪れた。その際に受け取った手紙だよ」


 差し出された手紙は、封が保たれている。

 これまで往来してきた手紙と違って表の装飾が多いため、単純な連絡ではなく、異なる目的で届けられたようだ。


「中身は確認したのか?」

「いんや。……でも、使者から話は聞いた。正式な通達だよ」


 リーフへ向けた視線を手元に戻す。


「聖者が視察に訪れる。目立つ一団だから、村にも事前に知らせておくんだよ。……試験という名目も終わったわけ」

「そうらしいな」


 自分が受け取った手紙は、村への通達とも違う。リーフが定期的に受け取る手紙とも違い、ラナンの名で記されたものだ。


 こちらに向かう前に、世話になった村を訪問する。

 話を聞くくらいの短い訪問で歓待も最小と、そんな内容を村に伝えたらしい。


 日程も決まり、正式に訪問が行われる。

 ラナンの手紙には、こちらに対する交戦の意思も示されていた。


 反逆者を討伐する文面ではなく、決闘に近いものだろう。

 何にしても戦う事は決定された。


「嬉しいの?」

「多少はな」


 今の自分と望んだ自分は違う。

 自分が大敵だろうと大罪人だろうと、考えの基準が入れ替わるだけなのだ。

 根本は何も変わらない。


 これから起こる事と遠くない、結果を望む気持ちもあった。

 悪化の一途とたどるとしても、予想が当たっただけで楽しみが湧く。


 娯楽は簡単に作れるものらしい。


「もう逃げられないな」

「逃げる気、有ったの?」


 端的に否定して、日常と大きく変わらない生活を続ける。



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