295.業
窃盗未遂が起きながらも、村との取り決めである肉の供給は継続できた。平常通りに宴を行い。日が落ちる前にダンジョンに帰還した。
定期的に行われる村への訪問は、毎日の生活以上に時間の経過を意識させる。
次を数える頃には、相応の期間が経つ。
自分の猶予がいつ尽きるのか。
不安は変わらず存在した。
「アケハ。思ったんだけどさ」
今の生活に秘密は少なく、外の広場に四人が集まるのも当たり前の光景だった。
利用する内に決まった配置に慣れる。ニーシアとレウリファの入れ替わりがあっても、リーフは決まって対面に座る。それは四人が揃う場面に限ればの話だ。
洗濯といった作業を終えて、リーフと朝の時間を持て余す。
「どうした?」
「アケハって、魔族みたいだよね」
「……冗談にならない。とはいえ実際はどうなんだ?」
ラナンと対立した時にも、自分は魔族と判断されなかった。
ダンジョンから生み出した魔物を操るのと、魔族が過去に行ってきた襲撃とで外見上の違いは少ない。ニーシアが実際に起こしたように、同様の結果をもたらせる点で特別意識していた。
「ごめん、言い過ぎた。でも、アケハ自身も避けていた話題だから、この際、色々確認してみたらどうかな?」
「答えられる範囲で頼めるか?」
「いいよ」
リーフは気楽に応答しつつ、姿勢を整える。
「リーフも知っているはずだが、これまで魔族と何度か遭遇した」
辺境都市に襲撃があった事を除けば、魔族の犯行は自分が専属従者になって以降の事だ。光神教の資料室で魔族の事件記録も調べており、今代に限れば、把握されている全ての事件を見聞きしている。
今代の魔族については自分の報告も資料に加えられており、戦闘に不参加だとしても情報の信頼性は高い。
「魔物を操ると言われても、魔族の特徴としては印象が薄い気がする……」
辺境都市への襲撃を以外に、真実でない例として王都のダンジョン暴走が挙がる。
経験する分には多い。それでも印象が薄くなるのは、魔物を指揮すること自体は特別でないためだ。
獣魔という形で魔物を指揮する獣使いがいて、ダンジョンの破壊騒動で襲撃者が扱っていたような、魔物の動きを誘導する魔道具さえ存在する。
魔物を操るだけでは確実な判断材料になりえない。
「まあ、全てに該当するわけでもないし、人間でも道具を使えば同じ結果を生み出せてしまう。……アケハのは異常な例だと思うけどね」
リーフが異常と断定するのは、ダンジョンから生み出すだけで魔物が操れるためだろう。道具が不要で最初から細かな誘導も可能とくれば、少なくとも通常ではない。
「多く語られる魔族の特徴なんて昔も変わらない。魔族もその時々で有効な手段を用いる。魔物の大群を揃えない事も潜伏の意味では当たり前だよ」
人間と魔族の衝突は長く、長い年月をかけて人間は領土を広げてきた。
次第に圏外は遠ざかった。圏外に接する地域はともかく、僻地やダンジョンくらいでしか魔物を見なくなった。中央に近づくほど魔物を集めるのも困難になるだろう。
昔の噂が当てはまらないのも、環境が変化してきたためだ。
「技術のひとつ、人が好んで用いないから判断材料になるだけ。職人技や算術みたいなものだろうからね。時代を経て、特異から技術に格下げになった」
魔族になりえる存在でも、人間の姿に変わるまで魔族と認識できない。
行動によって判断する。最初から不完全な判断材料だ。
魔族を判別する魔法も、魔族側で対策が取られているかもしれない。
魔法を扱う者からすれば軽蔑にも等しい。だとしても、現状で数体の魔族を判別できているからといって、他に潜む者がいないとも限らないだろう。
適切な判断を得たいなら、多角的に判断する方が安全なのだ。
「元々人間でも、生物を動かす程度は同種を含めて当たり前に行っている。魔物だからといって避ける理由も無いんだよ。一部地域の習慣が広まった。あるいは各地が認識を変えていった結果だ」
素人なら魔物の判別もしない。
無理という前に判断が不要なのだ。使えば使う。周囲の目を気にしたところで一極的な考えでしかなく、だが、それでも理に適っている。
探索者であっても、知らない魔物は外見で判別できない。
「……人の技術が魔族に追いついたなんて誇れるかもしれないけど、力の差は依然として隔たりがある。判別する側としては困るよね」
対処を変える必要があるのに、進んで行動を真似をする。全ての人間に魔族と同等の警戒をするのは不可能だろう。
魔族を自称されるだけでも、事件によっては面倒な対処になる。
「今の俺も迷惑か?」
「嘘でも、助かるとは言えないね」
椅子に座る中でも、リーフは姿勢を豊かに動かす。
「実状、ダンジョンが管理されているといっても、外的に対処しているだけなんだよ。どういう理屈で操作する形になるわけさ。教わった後も混乱ものだよ。現れるとしても、あと百年、二百年は待ってくれてもよかったんじゃない?」
「それは死んでいるな」
「その通りだよ! ただの想定外。一例で終わるなら秘して死んでほしいし、存在されて欲しくもなかった。……たった一度の例で、僕らは次に対処しなければならないわけだよ」
苦労するが個人で対処できない事態に備えるための集団だ。
原因を与えた自分が言うのも変だが、社会を保つために何らかの対策は行うべき。必要な行為だろう。
「それとも……、アケハは自分を特別だと思う?」
「……いや、思わない」
リーフの質問には否定できる。
自分だからダンジョンを操れるというなら、ニーシアが存在できない。
だが、ニーシアと自分でも違いがある。
魔法を扱えない。魔法以前に、魔力を放出する自体も実行できない。習慣ついでに説明しながら魔力を体内に送ってみたが、成果は現れなかった。
ダンジョンを操れるようになった経緯が異なる。根本的な違いが原因でなければ、授受の関係が影響しているかもしれない。
検証するために同類を増やす気にもなれず、現状では解決を諦めている。
「環境の変化は必定だよ。生き延びたければ意地を諦める必要もある。……光神教ほど肥大した組織だろうと変わらない」
ダンジョンを操ろうと魔物を操ろうと。光神教の方針は変わりないようだ。
いずれ自分の異質も有効活用される。管理下で扱われるべき危険な能力だろう。監視役のリーフと共に暮らす現状も、光神教の想定に組み込まれた結果なのだ。
「手紙、まだ見せてなかったよね」
「ああ」
リーフから封筒が差し出される。
中に用紙が数枚入るだけの配送物だ。村を定期的に訪れる理由に光神教との連絡がある。行商を介してリーフの日誌を送り、光神教の側からも封書が送られてくる。
未だ、ダンジョンを操作できる事実は公表できる段階にない。以降も必要な者だけに共有される規制情報になるだろう。
現在の連絡相手はアプリリスだ。
聖女でありながら、聖者を害した者と間接的に文通を交わす。
まず正気を疑う。
そもそも、聖者を差し替えようとしたのだから異常者に違いない。
簡単な言い訳をつけて、弱みを握った者を高位の立場に就かせる。普通と言えば普通だが、聖者という立場に干渉すべきではない。
アプリリスが戦力的に優秀だからといって代替できるものではなく、聖女が一人減った中、聖者も減らすような狂行は任務の遂行を著しく困難にするはずだ。
リーフも所属する懲罰部隊が未だ差し向けられていない事実に驚く。どう考えても、アプリリスの行動は光神教の一部門を私物化する行為だろう。
懲罰部隊が外敵勢力の介入を防ぐためといっても、組織の存在意義を壊されかねない事態を知れば監査に連絡するだろう。
ロ―リオラスとの会話で、アプリリスも内部監査の存在は把握していた。リーフが専属従者にいる事から、最初から嫌疑をかけられていたはずだ。
今回の件で、上手く遠ざけたとしか思えない。
リーフの報告は制限していない。
立場的に必要な行動もあるだろう。内容についても口答でたずねる程度であり、リーフ自身も、こちらに配慮して一部の記載には確認を求めてきていた。
光神教と敵対しようとする気で、専属従者を辞めると宣言した。
情報をリーフに提供していようと、自筆する気にはなれない。
「……そうか、もう期限か」
「ひと月、先だけどね」
手紙に書かれていたのは、光神教側から人が来るという内容だった。
ラナンを出動させる。
アプリリスが再起不能と語ったのは嘘だったようだ。
ただし、魔族の攻撃で倒れたのは事実であり、軽微な負傷とは断定できない。
今になるまで放任されていた理由も、聖者の治療を優先したためだろう。
「終わりか」
「……今の生活は惜しい?」
「どれだけ続いても、同じ考えになるだろうな」
リーフに返した封筒は、脇の机に置かれる。
風で飛ばされないための重りは、手作りの品だ。
「逃げてしまわないの?」
「いいや、もう逃げられない」
こちらの意思を確認した短い言葉が、リーフから返ってきた。
次の更新まで、一か月休みます。




