294.余力
「あー、声に聞き覚えがあると思ったら、やっぱり村の人だったか」
語るリーフが、縛られて地面に転がる三人を見ている。
途中に鳴るうめき声は、口元を布で縛られた結果だ。
光で怯ませた敵への対応はリーフが主導した。
武器を奪い、手足を縛り。困惑した相手を拘束して一か所に集めた。
周囲に漂わせた光球が倒れた者たちを照らしている。
「いつ気付いたんだ?」
「覗き見していた時にね」
「……教えてくれても良かったんじゃないか?」
「言えば、殺すのをためらうでしょ?」
ヴァイスが狙われた以上、相手に遠慮はしない。穏便に済ませる予定であれば、最初に話し合いを試みたはずだ。
とはいえ殺す判断にはならない。
魔法を使わない人間なら身体強化で圧倒できる。光で怯まないとしても、自分が壁になれば大抵の攻撃を防げるのだ。どうあっても殺す結果にならない。
叫びの内、言葉の並びを残した一人にリーフが近寄る。
口元の縛りを解き、座る姿勢にさせた。
「こ、殺さないでくれ。村でも見かけただろ」
「うん、見かけたね」
捕らえた村人に反抗の様子は見えない。
返事を聞いたリーフは、隣に戻ると一度だけ視線を向けてきた。
「目的は何だったの?」
「……肉が欲しかった」
「うちのお肉、そんなに美味しかった?」
肉の選別と窃盗の有無はまず無関係だ。意図の分からない質問に相手の返答も遅れている。
尋問にもならない行為を止めようとしたが、リーフに断られる。
「……私に任せて」
ささやき声で自信を語ってくる。自分が交代できるとも思えず、任せてみるしかない。村との交渉役がリーフであった以上、今も任せるべきなのだ。
事件の優位はこちらにある。
尋問をリーフに任せ、自分は周囲を警戒すべきだろう。新しい問題が起こらないとも限らない。
「複数を相手にするのに、一体に困ってどうするのさ?」
「囲いに入っていると思ったんだ。魔物をそこらに放っておくとは……」
「まあ、獣魔ってそういうものだからね……」
家畜と考えるなら正しい推測だ。
勝手に逃げ出されても困るため専用に柵を設置する。放し飼いをするにしても片手で抱えるような小さな個体だ。複数の種類を飼育している点でも、それぞれに柵を設けている可能性は高くなるだろう。
実際に予想は当たっている。
獣魔にしても、生活範囲を分ける檻や柵を設けるのは普通だ。
「でも、囲いというなら防壁だよ。入り込んだのに油断したのは駄目だったね」
「そんなの……」
ヴァイスに関しては村を訪れた最初に紹介している。連れ歩く姿を見ていたなら、忘れず警戒すべきだった。
捕らわれの身でありながら、リーフの指摘で素直に落ち込めるらしい。
「いや、魔物を倒そうと思えるだけ頑張った方だよ。行動力がある。普通なら怪我を怖がって中々動けないものだ。……武器の調達にも苦労したんじゃない?」
「道具は全て倉庫に片付けている。鍵さえあれば全部揃う」
村ほど小さな集団だと、物の入手が困難で道具も共有になりやすい。職場でまとめて保管するか、倉庫に預けて管理されるものだ。
武器と工具など、担当から外れた道具の入手は難しいはずだが、この村では倉庫が共通だったようだ。数が確認できるなら道具ごとに倉庫を分ける理由も無い。
皆が利用するため扉は軽さを重視した。弱点から攻めるのは普通の事だろう。
薄い木板を重ねた簡素な構造でも、叩いて壊すと騒音が大きい。一人分の穴をあける前に、こちらに気付かれる可能性があった。
丁寧にも工具を持ち出し、回転軸を切り落として扉を地面に倒した。
防壁が二重に作られていた点では驚かれたかもしれない。けれど、作業音を聞かれたとしても逃げ道は存在していた。作業を続ける抵抗も少なかったに違いない。
仮に気付いたとして、村へ逃げ戻る際に森を経由されれば、野盗の方を疑う。
ダンジョンの制御に不安がある中、扉が壊される状況は魔物の放出を起こしかねない。薄い扉が二枚あるだけで、自分の不安は大きく減らされていた。
見た目だけの存在を信頼してしまっていた。
「なるほど、それなりに考えている。君が二人を誘ったんだね?」
「ちが……わない。誘ったのは俺だ」
「だそうだよ」
建物が仕上がった後は、監視の頻度を下げていた。
こちらも油断はあった。
仮に居住区に踏み込まれていれば、事件は今ほど小さく収まらなかった。人質を取られる事態になれば、村との決定的な拒絶もありえただろう。
最初に対応したヴァイスが、逃げ去るだけでなく、場に相手を留めて時間を稼いでくれた。おかげで村との話し合いも穏便に進められる。
周辺を歩き回っていたヴァイスが再び寄ってくる。感謝を告げて求められるまま撫で回す。
「どうする? アケハ」
リーフが村人から視線を外す。
「窃盗は未遂だと刑罰も軽いよな」
「村だと村長の判断かな。再発を防ぐために軽い労働奉仕がいいところ。村長に補填させるのも悲しいくらいだよ」
実質的な損害は扉だけだ。修理のために他人を近づけるのも面倒で、個人の責任を村に押し付けるのも気が進まない。
「閉鎖的な場所だし、印象が下がればそのまま待遇は厳しくなる。村だと逃げ場も無いから、妥当な罰なんじゃないかな」
「再発を防げるなら、それ以上は求めない、か。……調整は任せていいか?」
「変に恨まれる形にはしないよ」
合意はした。建物に隠れる二人と相談しても、方針を大きく変える事にはならないだろう。
「さ、今は村も眠る時間だ。緊急でもないし、とりあえず朝まで放置だね」
見通しがついたところで、平常を取り戻すために動き出す。
リーフは気楽に背伸びをしてみせた。
「まずは門の修復かな」
「一時的に塞いでも構わないか?」
「できる? お願い」
拘束した三人を荒れた芝生に放置して、ヴァイスも連れて家に向かう。
道すがら、リーフが顔を向けてきた。
「少し忙しくなるね」
「苦労をかける」
「アケハに謝られると立場がなくなるよ。いっそ好待遇でも求めてみようかな」
「いつでも要望は聞くぞ」
要望は聞いても実現するかは状況次第だ。
できないものはできない。
「三食昼寝付き、加えて便利な召使いも所望する」
「それは働き次第だ」
「やっぱり、三食昼寝で諦める」
「それも働き次第だな」
「働けなければ?」
「二食で大丈夫だよな?」
「嘘、そんなに良い待遇だったの? 私」
共通の設備を使っている時点で極端な待遇になりえず、忙しく働いたところで貢献に見合った報酬は支払えない。
そんな事実とは別に、リーフは機敏に反応している。
「にしても、面倒な事態だね。村にも強く言えない。去ってしまうのが安全なんだけど、私たちは根付いた後だからね」
「そうだな」
根付いた。ダンジョンを設置した。
撤去するには労力がかかる。今を動かすために苦労する。
今の停滞が続かないと確信していながら、改善を試みない。
良くも悪くも、一生を苦労に費やすほど自分の価値を感じていない。
ヴァイスを広場に寝かせて、居住施設に入る。自室で皆と話し合った後には、警戒代わりに外で眠った。
朝になって訪れた村では異常が起きていた。
素早く迎え入れられた後には、事情を聞かずとも察する。
「夜の警備を抜け出してきたわけだ。……まったく無謀だ」
自分とリーフ、連行された三人は慌てていた村長と一緒に、村人の集まりから離れる。
「こちらも強く求めない。夜が暇なら、熟睡できるよう昼の内にしっかり働かせてあげてね」
リーフの主張は簡潔に終わり、村との話し合いも手早く終わらせた。




