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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
290/323

290.野望



 三体分の血液は床一面を軽々と染めた。


 血の臭いが充満した解体室の端に、魔物の死体を吊り下げる。断頭直後の勢いを失くしても流血は続き、血の滴りは真下の排水路のわずかな傾斜に流れを生む。

 足音が床の粘質を示す中、放水弁を開けて排水路に水を流す。汚れが染み込まない内に清掃を進めた。


 廃棄用の樽を部屋から運び出すと、正面にリーフがいた。


「待っていたか?」

「うん」

「もうすぐ床の掃除も終える。その時には呼ぶ」


 言葉通り、廃棄を済ませた後に戻った解体室でリーフを迎える。

 吊り下げた肉の正面まで、水切り後の床を進む。


「運び出すまでは、この状態だな」


 処理前に細かい部分まで体表を洗った。通気の窓には虫除け布を張ってあるため、屋外で放置するより汚れないはずだ。

 本来の手順に従わない現状でも、肉に問題は起きていない。


 問題があれば即座に対応する。

 川場と比べて足りない部分もダンジョンの機能で補えるだろう。部屋に隣接する水槽は容易に拡張できる。夜を通して冷えた水を使えば、肉質も多少は上がるかもしれない。

 ダンジョンという環境に適した方法を探らなければならない。


「どこか足りない部分が見つかったか?」

「いんや。実作業で任せきりだから、協力できる部分を探そうと思ってね」


 声をかけると部屋を見回していたリーフが視線を留める。


「今でも十分だぞ。実作業というなら村に届ける際も同じ。社交の大部分はリーフに頼っている」

「今はね。……慣れた頃にはアケハでも十分対応できるようになる」


 リーフも万全ではない。

 旅人の往来が少ない村は突然の訪問に対応しないのが普通である。光神教という名目があって交渉できている現状も、性差による問題がある。

 村長との交渉でも、猟師連中との話し合いでも、連れ人の立場である自分に会話を求めてきていた。

 行商に女性は少なく、村の慣習を聞き取り親切に対応しようと、村側は慣れない。

 住む土地を離していなければ、今の関係も成り立っていなかっただろう。


「今だけか……」


 交代する相手がいないという油断も続かない。

 四人という少数では一人が欠ければ途端に忙しくなる。生活環境を整えても生活の存続は危ういままだ。


 ダンジョンの生活も今だけだ。操作できるから実現している。自分の意思次第であり、自分が死んだ後の事を考慮できていない。


 大抵のダンジョンと同じで、破壊されたり、魔物の狩場として利用される。状況次第では、ニーシアに決めてもらう事になるかもしれない。

 管理を続けるか、破壊してしまうか。自分が死ぬ場合でも、ダンジョンの余力は残しておきたい。


「この生活が続くと思うか?」

「たぶん、数年も続かない」

「だろうな。……手紙に指示は書かれていなかったのか?」

「無しとは言わないけど、報告の継続くらいだよ?」


 リーフの主人であるアプリリスから命令が来ない。

 聖者を活動困難にした。人類を害する魔族にしてみれば多大な戦果であり、敵として見るなら最悪の相手だ。

 少なくとも野放しにする対象ではない。監視ひとつで済ませているのは一時的な対処であり、十分な戦力を揃えて討伐に訪れるだろう。


「悪い未来ばかり思い浮かぶ?」

「そうだな」

「生きているだけ喜べとは言わないけど、猶予はある」

「勝つ見込みが無い。死を待つだけの猶予だ」

「悪いだけの人生もあると思うよ」


 アプリリスには勝てない。

 二度も眠らされ無防備をさらした。次も戦闘になる以前に殺されるだろう。


「死は避けられない、けれど死に方は選べる。どれだけ過程を取り繕えるかが人生だよ。……私にしてみれば、光神教に逆らうなんてあり得ない。反発を選べるだけ自由だと思うけど、気楽ではいられないよね」


 いくら光神教が魔物の排除に貢献していようと、あの聖女の一面を知れば危機感を覚える。

 ただ、それも自分と同じ状態であればという仮定だ。当事者でなければ関心も無い。出自の不確かな者など少なく、巻き込まれる可能性も疑わないだろう。


「勝つ方法を探すのが苦しいなら、諦めて気楽に暮らせばいい。……あの二人には感謝しなよ。こんな不遜に付き合ってくれる子は、そう居ない」


 ニーシアとレウリファには離れにくい事情がある。

 奴隷あるいは追放刑、離脱したところで今後の生活も不安定だ。死にたくないだけなら現状に留まる方が正しい可能性もある。誤った環境に導かれているとして、解放が許されても実際に離れられるかは別だ。


 この瞬間に立ち去ると言われても移動の費用は渡すだけだ。

 街道の護衛や馬車の手配はできない。移るまでが問題なのだ。


「リーフはどうなんだ?」

「私も監視として一緒にいられるけど、光神教から立場が保証されているから違う」

「俺に殺されるとは考えないのか?」

「ここまで生活に組み込んでおいて何を。そのつもりなら遠方に移動したよね?」

「それはリーフの行動次第だろ」

「ま、妨害する気は無いからね。代わりに常識的な範囲でしか協力できない」


 送られてくるだろう討伐隊に交戦しろとは命令しない。

 生活改善に協力するといっても変わらず監視役だ。


「それ以上は求めない。拒否されるなら構わないさ」

「貪欲が足りないね。無理やり従わせるくらいは覚悟しないと」

「それでもいい。単に反発したかっただけだ」


 ダンジョンで暮らすとしても、結局生み出した魔物を食用に扱う。村に提供したところで今までと変わらない。

 最初から自分のためにしか動けない。


「このまま昼まで放置だ。空の荷車を運ぶのは手伝ってくれるか?」

「完全に雑用じゃん」

「それでも考えた方だ。掃除で服を汚すわけにもいかないだろ」

「自分が言ったからにはするけどさ! 私の扱い、ひどくない?」

「諦めてくれ」


 リーフの愚痴を聞き流して、一緒に部屋を去る。



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