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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
10.先導編:268-295話
289/323

289.契約不履行



 朝、目覚めた体を手足の先端から動かす。

 渇きを知らない魔力が体を巡っており、平然として身体強化が保たれる。存在しない不具合を探す内に思考から眠気は失せ、深呼吸と共に、目を閉じて視界を新たにする。


 昨日の空が示した通り、室内に雨の湿気は感じられない。毛布を寝台の端に寄せ、起き上がった後には外廊下に移る。


 二重の防壁を越えて見渡す、視界遠くには手の届かない自然がある。


 地図が示す国の領土も、全てに管理が行き届くわけではない。人間が暮せる土地は限られ、未だに道が確率しない辺境も存在する。

 このダンジョンと最寄りの村で往復に武装が求められるように、目に見える距離には大きな隔たりがある。


 人間の力には余裕がない。

 それでも日常生活の少ない余剰を積み立て、開拓を進めてきた。

 街道でさえ形を変え、世代を経れば荒廃する。手付かずに見える自然にも、誰かの足跡が残されているかもしれない。


 壁に阻まれない風が小脇を過ぎ去る。上方を見れば快晴になりそうな空がある。

 朝食後には少ない薄雲も消えるかもしれない。


 二階から見下せる広場に、調理をする姿を見つける。


「……早いな」


 自分の方が遅く起床しただけ。

 既に日の出は過ぎている。


「リーフ! 手伝う事はあるか」

「んー、無い。ゆっくりで構わないよ」


 挨拶の後は自室に戻り、部屋の中央にあるダンジョンコアに触れる。


 生活環境が整ってからは、操作の頻度も減った。

 無為に触れているのは、ダンジョンに独自の意思があると予想して観察しているだけ。結果を求めた行動ではない。

 

 身支度を終えて屋外の調理場に向かうと、腰掛けに座るリーフが大鍋を火にかけていた。

 近くに来ると料理の匂いにも気付く。


 脂の焦げた匂いは大鍋からではなく、隅に置かれている調理道具が元だ。

 干し肉を大鍋に投入する前に、脂を塗りつけて焼く。焦がした硬い食感が好みらしく、油漬けの肉より高い頻度で登場する。

 リーフが個人的に脂を貯蔵しており、臭み消しの植物を混ぜたりと特別手間をかけている。実際に味も向上するのだ。


 野菜や穀物を混ぜ込んだ大鍋の中身が、焦げ付きを防ぐようにかき混ぜられている。加熱の段階を過ぎて、保温ついでに味を溶け込ませている。


 屋外の調理場だがダンジョンの床を広げてある。

 四人で管理するには施設が大きく、掃除の面倒を減らす工夫は優先的に行った。芝の地面のままでは食材の残骸が残って虫が湧く事もある。野営なら火の場所を簡単に移せるが、定住となると難しい。


「いい匂いだ」

「食べる?」


  リーフが提案するのは鍋料理の試食ではなく、暇潰しに噛む干し肉の方だ。

 細切り棒状の肉は筒容器の印で下味が分かる。痺れのある辛味は気付けにも利く。行商から入手する今の生活では貴重な味だ。次の訪問でも持ち込むように頼み込んでいた。


「一つ頂くよ。……二人は起きてきたのか?」

「ニーシアなら畑の見回りに、レウリファはまだだよ」


 言葉の後に、干し肉の容器を差し出してくる。


「今日は献上の日だね」

「ああ、食べた後は、すぐに向かうつもりだ」

「一緒に行っていい?」

「……あまり見たいものじゃないぞ」


 返事の間に止めた手で干し肉を掴み取る。


「……なおさらだよ。自衛はできる危険なら逃げるから」

「危険は、おそらく無い。これまで具体的な説明を避けてきたから、……一度は見てもらった方が良いだろうな」

「まあ、予想はしてる」


 魔法で殺す。

 刃物で切るより早く、苦しむ姿も一瞬だ。


 リーフの調理を眺める内に、食卓に全員が集まる。

 配膳を皆で行い。朝の食事を済ませた。


「ニーシア、畑の方はどうだった?」

「豆の畑は順調でした。水撒きを中断してきたので、後でまた向かうつもりです」


 ニーシアが話すのは、前回肉を届けた際に村から譲ってもらえた豆だ。

 発芽してから昨日の時点で、茎も足首を越える高さに成長した。


 順調に育つ内は最低限の世話で済むかわりに、問題が見つかれば途端に作業が増える。開花後の多忙が分かりきっているため、水やりの方法にも改善が必要だろう。


 休耕中には芋や食用でない植物を植えたりする。期間後には畑の土に混ぜたり、家畜のえさにしたり、農作物選びで水路の細かい配置も変わる。


 食事の献立を決めるにも、元となる食材さえ仮決めだ。継続的な村の生活を基準にダンジョンが関わる部分を調節すべきだろう。

 ダンジョンの機能で水や肉、魔物用の餌の供給は可能だ。最低限、餓死は避けられるため、失敗を恐れず試行を続けていける。


 四人という時点で、多様な職業は実現しない。

 都市のような生活を求めるには困難な点がある。ダンジョンの存続が未確定なのだ。直接の交易は受け入れて大口の取引で資金を集めるのは危うい。

 ダンジョンに依存するのは四人で十分だ。


 リーフを連れて、広場を離れる。

 魔物の飼育場所は、衛生面を考えて生活範囲から遠い。途中にある獣魔小屋でヴァイスの機嫌取りをしてから、目的の場所に向かう。


 転倒への警戒でダンジョン内にも土の地面を多く残しているが、飼育場所への道は舗装一択だ。運搬の効率や、掃除の手間。天候に関わらず訪れるべき場所なので、屋根の設置も考えている。


「思ったより、多いね」

「ああ。もしもの時に備えて、当分の量は維持している」


 リーフの顔は横方向、道の隣に続く長い壁を見ている。

 ダンジョン全体を包む二重の防壁とは別に、飼育範囲にも囲いがある。聞こえてくる物音は、ダンジョンから生産した魔物が原因だ。


「実際に見てみると、少ないぞ」

「まあ、広いもんね」


 放牧までは言わないが十分に運動できる広さを用意した。

 生み出した魔物に対しては、飲食に困らせず指示も最低限にしている。


 壁の途中にある門から建物内に入る。最初の空間で着替えを行い、閂扉の次に進んでようやく、飼育範囲が見えるようになる。


 壁の格子窓の奥に魔物の姿がある。

 中型の獣を十数体に留めて飼育している、一番大きな囲いだ。


「意外と清潔だね」

「掃除は欠かさないからな」


 建物の設計は皆で相談したため、リーフの歩みに迷いは無い。

 魔物が暮らす状態を初めて見て、視線は動いている。


「……今回も三体だったな」

「うん」

「ここで見ていてくれ」


 囲いの中に入るのは自分だけにする。

 人間並み大きさが複数いるだけで危険なのだ。リーフには覗き見で我慢してもらう。


 持ち上げ式の扉をくぐり、魔物用の通路に入る。

 広くない幅の通路を進んで、囲いの中に移動する。


 魔物たちは土地を広く使う。

 緊張して一か所に縮こまるような状態は一度も見てない。運動を飽きさせないように作った岩や日陰も無駄ではないだろう。


 こちらの姿を見つけても警戒しない。

 日頃、食事を運んでくる相手であり、毛繕いで接触も許している相手だ。

 時間を持て余す様子の一体に近づき、体を撫でる。


 飛ばず、壁も登らない。

 草食かつ気性も穏便だ。


 別の囲いで適切な飼育環境を探っており、手間の少ない魔物を量産する。飼育している中では一番大型になる。


 指が埋まる毛皮もあれば、頭部の角は装飾品にも使える。

 見慣れた肉は不要でも、知らない魔物には食指が動かない。ダンジョンという個性を残しつつも、受け入れやすい魔物が良かった。


 今の魔物は規模を縮小しても、生産を続けるだろう。


 全身を見れば、家畜とも違わない。

 角や毛皮という分かりやすい特徴もあり、村にも受け入れられやすい。


 と言いつつも、最初から村側に拒否感は見えなかった。

 光神教の名を掲げる以前に、食肉のこだわりが無い。村に入り込む小動物が軒先に吊るされていたり、周辺で捕まえる獣の名すら知らない村人もいる。

 猟師の楽しみを減らさないために、見た目が違う魔物を提供している程度だ。

 いくら自分が多くの魔物を解体していても、一目で解体を進める猟師には技術で負ける。


 畜産用の魔物を体調確認ついでに撫でていると、周辺にいた同類も寄ってくる。

 中から三体だけを選び出して、囲いを出る通路に誘導した。


 途中でリーフに視線で合図を送り、飼育施設の端まで移動する


 終着の一室に魔物たちを迎え入れる。

 水場で水洗いにも慣れており、抵抗なく毛布で拭かれる。


 汚れの落ちた魔物たちを一体ずつ抱きしめ、その頭部を切り落とした。



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