287.力の本質
ダンジョンは力だ。
魔物という脅威を操れば、都市を危機的状況にできる。
都市内部に魔物を放出できれば住民の避難は必然であり、対処に軍が出動する。制圧には人的被害を避けられず、一時的に都市の経済活動も停滞してしまう。
数名を連れた村長が訪れたのは、そういう場所だ。
大小二つの建物。人間四人と獣魔一体が暮らす空間も状況次第で姿を変える。
リーフが語った今後の予定も、必要となれば一日以内に実現する。
塀で囲んだ後には魔物の生産や飼育を試す。探索者が命懸けで手に入れる食料を安全に供給する。根底にある危険は個人が操作できてしまう事だ。
個人が保有するには過度な力だ。
リーフという監視も十分ではなく、奴隷の首輪くらいは必要だろう。
あくまで共生する関係ならば、力の扱いに制限を設けたくなる。
自身の話でなければ善として命令した。
「さ、村まで護衛を務めないと」
離れていく村長を見て、リーフが言う。
「帰ったら、畑の準備だな」
「本気だったの、それ……」
「肉ばかりは飽きるぞ」
ダンジョンを用いれば一時的に聖女を戦闘から除外できる。アプリリスの攻撃を一度も防げていない現状は、相手の万全を崩して攻撃するしかない。
聖者に危害を加えた時点で光神教の敵に等しく、定期報告で放任されている今の関係も不変ではない。
村長を村に送り届けた後は、生活環境を充実させる作業が続く。
建物だけ存在しても快適には足りない。運んできた荷物も食料が中心で、昨日も雨避けを見つけただけの野営と大差なかった。
ダンジョンの能力を活用すれば家具にも悩まされない。壁や床を任意に作り出す。ラインという動力源が張り巡らされた壁や床から目的の形状を作り出せる。
水回りの設備は自然で代用すると苦労が多く、雨の日など汚れた水を捨てに行くのも面倒な作業になる。定期的な掃除が可能な形で排水用の管も通しておく。
都市の住居を思い返す意見は、細かく分割されて書面に記された。
最初に作成した机が使われ、相談する間に何枚もの紙を消費する。
村との距離だけを考えて作ったおかげで、風通りや日照りに不満が出る。窓や扉は簡単に変更できるとしても、裏に林が存在する問題は塀が作られるまで解決しない。
設計に口出しできる機会とあって、会話が進む。
今後も建物を増やす練習として、優れた課題になったようだ。
いずれ今いる建物も建て替える事になる。
とはいえ、塀の位置や魔物の飼育施設より先に、次の住居の見取り図を渡された事には驚きがある。
建物に埋め込む家具ばかりではなく、独立させたい時にはラインを切り離す。ダンジョンの管理から外れた小棚は発光を止め、好みの場所に移動させる。
石にも似た建材は重量もあって頻繁な移動には向かず、携帯用では足りない椅子の数は丸太の中身をくり抜いた物で補った。
ダンジョンに限らず、魔法も便利だ。
住居の改善を終えて、小上がりで寝転ぶ寸前のリーフに話しかける。
「地下に壁を伸ばしてもいいか?」
「どうして?」
「ある程度の規模がないとダンジョンの機能に不足がでるかもしれない。壁や床なら一度作って放置だが、魔物は繰り返し生産するだろ。……小さいダンジョンほど魔物の出現が少ない事と同じで、規模を大きくした方が安定的に魔物を生み出せる」
リーフは傾く上半身を床に付いた腕で支えている。
こちらの話を聞いて、大きく眉を動かす。
「あ、そっか。操れると言ってもダンジョンに準じた機能だった。食料分の魔物を生み出すには小さすぎたか」
「地上に作りすぎると目立つから、地中に壁を埋め込みたいところだ」
「ついでに地下室も作ってしまえばいいよね」
階段が付くと出入りは面倒だ。保存用の食料や普段使いしない道具の保管場所になるだろう。
「大体の位置だけ、後で図にまとめておく」
「お願いねー」
居間への視線を外して、ダンジョンコアのある部屋に入る。
三度目、生活の支えにするのは二度目になるだろう。
台座に飾られた青い球体は綺麗な外観をしている。
不安定な力だ。
ダンジョンを操ると言いつつ、力の使用に不可欠なダンジョンコアは、他人が盗んで聖光貨に交換してしまえる。
自分の活動は聖光貨数枚にも相当しないかもしれない。
一枚あれば数年暮らしていける聖光貨が数十、百にも届く。たった四人と獣一体が生活するために使用されるべきとは誰も思わないだろう。
魔道具の優れた素材であり各勢力の力関係を崩す可能性を有する。
光神教の名を出そうと狙う者は狙う。知らなければ、なお狙いやすい。襲撃される場合に備えるなら、現存するダンジョンのように防衛施設を置くべきだろう。
襲撃を受けて奪われてしまう事態は絶対に避けなければならない。
「アケハさん」
「レウリファ。どうかしたのか?」
呼ばれて振り向くと、入り口の際に覗き込む姿があった。
「……本当に個室を作らなくて良いのですか?」
「この部屋があるから急いでいないな。まあ、塀で囲んだ後には作るよ」
相談時と同じ答えを返したが、納得していない様子がある。
使える者からすれば中央の台座は有って困らない。
「レウリファ」
正面に移動してから、レウリファの全身を見る。
「首輪。……ここにいる間だけでも外さないか?」
レウリファが自身の首輪に手を伸ばす。
「無理に、とは言わない。ダンジョン内では俺に捕らわれているようなものだから、……二つは要らないと思ってな。物理的な圧迫は少しでも減らしたい」
首輪を付ける窮屈は見るだけでも想像できる。
死が間近にあると知るだけで緊張する。適切に管理され、長く継続されたものでも最後の警戒は消えない。
せめて、ダンジョンという危険なら肌に接する事は避けられる。
私的な空間でのみ与えられる解放感だ。
専属従者として働いていた以前ほど快適な環境で過ごせないため、比較できない部分で価値を示したい。
「ほら、都市へ向かう際は再び付けるとしても、この場くらいは気楽に過ごしていいはずだ」
常に指輪をつけられる状況ではない。入り込む野生生物への対処には魔法も使う。負傷の際に強い衝撃を受けるかもしれない。
首輪と対になる指輪の破損は避けるべきであり、装着しておく時間も相応に減るだろう。
奴隷が首輪に魔力を供給できるのは、指輪をつけた主人の周辺だけだ。設定期間は半年と余裕はあるが、わざわざ時間を作らずとも首輪を解除しておけばいい。
獣人を狙って誘拐する相手には、最初から首輪の効力は無い。
「洗うにも手間だから。今日の機会に一度、楽をしてみないか?」
手を下ろしたレウリファが、迷わせた視線をこちらに戻す。
「……直前に外してもらえますか?」
「そうするか。忘れていたら必ず呼び出してくれ。……久しぶりに浴槽を使うんだ。多少の手配もする。長湯の心配もいらないからな」
「楽しみにしますね」
「期待というのも変だが、楽しみにしていてくれ」
首輪は嫌悪であると同時に、外す事にも抵抗感は生まれているだろう。
長く続けていた習慣を諦める。理解できても実感した事は無い。
複雑な心境を少しでも解消できるなら、悪い提案ではないはず。
少なくとも、レウリファは喜んでいる。
話を終えて一緒に部屋を出る。
晴れ空を眺めてから、夕食の準備を始めた




