286.再始動
道なき平地を歩いて雑木林の手前で止まる。
村長から聞いた通り、日当たりの良い林がある。
木々の間隔は広く、地面も歩行に困らない。端から切り倒さずとも台車と共に林の奥まで進めるため、伐採に苦労しない。
林の規模を見ると、村人が管理した結果というより、元から林業に適した状態があったと考えるべきだろう。
林には魔物が生息しており、伐採の際には盾持ちが必ず加わる。武装した者が先頭となって、全員で撃退するらしい。
村の監視も毎日見かける程度に、魔物が生活に影響してくる。
村の外れに暮らす自分たちも同様だ。
警戒させない距離に設置するとしても、村との往復は欠かせない。
これから拡張する事を考えると、半端な位置になってしまった。
「最初は小屋程度の建物でいいな?」
「見せてもらうよ」
旅中で語ったとはいえ、リーフにとっては初めての経験だ。表向きは平静を保っていてもダンジョンへの警戒はあるだろう。
地面に置いた箱鞄から、ダンジョンコアを取り出す。
皆から離れた場所に移動して、設置を試みる。
地面に置いたダンジョンコアは、下部から特有の建材を生み出し、触れやすい高さまで柱を生成する。
足元にも若干の床を広げて工程が完了した。
「……久しぶりだな」
石の柱に飾られたダンジョンコアがある。表面を撫でて以前どおりのDPを確認する。
自分の始まりはダンジョンの中だった。ダンジョンで出会った存在に名前を与えられて、迷宮酔いから離れるのが危険だと思って生活していた。
部屋に運ぶように操作する。
視界が変わらない。四方を壁に囲まれた空間は見えず、周囲を歩き回ると視界通りに土の地面がある。
かっての部屋に移動できなくなっている。
ダンジョンを設置できている以上、操作方法が変わったわけでもない。アンシーの隣家に住んでいた頃までコアルームにも移動できていた。
以降でダンジョンに関わったとすると、ニーシアが操るダンジョンを制圧した時。制圧部隊の一部が転移によって行方不明になった件だ。
ダンジョンによる転移を防いだのは魔法防御だ。他者の魔力が魔法の妨害になる。自分が強化魔法を続けているかぎり、ダンジョンによる転移が通用しない。
身体強化を止めるも転移は行われない。
他者の魔力が邪魔だというなら体内の魔力も放出する。
欠乏するはずがない。
身体強化の魔法を常に維持していた。
いつしか魔力量に限界を感じなくなっていた。
魔力が不足したのは、魔法を学び始めた時だけだ。
最初に魔道具で体内の魔力を引きずり出された。欠乏から来る不快感も訓練を続けて感じられなくなっていた。
魔力を放出しても、満ち足りた状態から変化しない。
今が最大だ。極端に放出量を増やせば、魔力の制御を乱す危険もある。
転移は諦めるしかない。
深呼吸をしてから、ダンジョンコアへと触れる。
予定通りに小部屋を生成する。
台座の床が広がり、床の限界から壁が伸びていく。
一定の高さまで成長した壁から屋根が作り上げられる。
四角い部屋だ。
中央に台座がなければ、四肢を広げて寝転べるほど。
宿屋の二人部屋でも最小の広さしかない。
これで蓄えていたDPの三分の一が消費される。時間毎にDPが自然増加するとしても、消費分を回復するには日数がかかるだろう。
転移できない問題が発覚したが、操作の確認はできた。
出入り口から屋外に出る。
扉を設置すべきだが、通気用の窓も欲しくなる。以前より生活環境を追及してしまうようだ。
部屋が完成した事で警戒が薄れたのか、リーフを含めた三人が近くにきていた。
「本当なんだ」
「便利だろう?」
「こうも早いと仮設の拠点にできそう」
全ての機能を教えたわけではない。
魔物を生み出す事と建物を作れる事。DPという具体的な制限は、今の段階では悩む必要が無い。
リーフの発想は遠征が基準のようだ。
人が建物を組み上げる場合は資材の運搬で苦労する。簡易的に組み上げる加工をしても物は消えない。遠征先で建材を調達できるとも限らない。
ダンジョンコアひとつで済むなら、時間も労力も節約できるはずだ。
開拓の最前線に使える。一か所に留まるには過ぎた性能を持つ。拠点を築いて魔物を仕向けさせる。防衛にも襲撃にも優れた能力だ。
「明日にでも村長に視察に来てもらおう」
「そうだな」
村長に説明したとはいえ、村を警戒させる関係にはなりたくない。最終的に防壁で囲むとしても、建物の高さや大きさは抑える予定だ。
「……防壁の補強や石材の提供も、候補にできそうだ」
「破壊された各地のダンジョンも原型を留めているみたいだけど、切り離した石材の強度は確認しておきたいね」
小部屋の外観は灰色だ。
無地の灰色。ダンジョンを形成する石質の建材は綺麗とは語れない。光神教としても、ダンジョン産の石材が流出するのは嬉しくないだろう。
緊急時や資金が枯渇した場合だけ。
石材を村に提供するのも、安全を高めるためだ。
実生活に活用できる存在と教えて、警戒を減らす。
知名度が少なければ、交易の品目にも加わらない。
こちらで制限する間は、変な騒動も起こらないだろう。
「部屋ひとつでは困り事も多いから、この後も少しだけ拡張する。構わないよな?」
「頼める? このままだと休憩小屋だから、定住にはつらいものがある」
「任せてくれ」
いずれ全員分の個室を用意する。
今は物置程度の小部屋を増やすべきだろう。野生の魔物も入り込めるためヴァイスも野ざらしにはできない。
生成したばかりの部屋に戻ると、既に迷宮酔いが感じられる。
ダンジョンとして機能しており、試しに壁を両手で包んでから覗くと弱い発光が見られる。夜でも最低限の明かりが保たれるはずだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、機能している」
隣に来たニーシアは、こちらを横切りダンジョンコアに触れる。
「やっぱり綺麗ですよね。……これ」
ニーシアがダンジョンコアを撫で下ろす。
すぐ後には、こちらの腕を引っ張ってきた。
ニーシアに誘導されてダンジョンコアに触れる。
ダンジョンコアから伝わるDPの数値が増加していた。
異常な増加だ。
全てを消費すれば村一つ分をダンジョンに収められる。大量の魔物を生み出して、都市に襲撃をしかける事も不可能ではない。
本来DPは連れ込んだ生物を殺した際に貰える。ダンジョンを成長させても自然増加が多くなるとしても、この瞬間に増加する要因が無い。
「秘密ですよ」
笑顔で答えたニーシアが外へ去っていく。
自分が扱ったことのない量のDPが示されている。
DPの値に余裕が生まれたのは、決して悪い状況ではない。ニーシアの意図は安全な時間を作ってから聞き出せばいい。
増やした部屋には小上がりを作り、棚も仮設する。村の一軒家に劣らない間取りが完成した後には、荷物を屋内に運び込んだ。
早めに夕食の準備を始めて、夜に備えた。




